第13話 家令の妨害
「夫人、少しよろしいですか」
翌朝、ガストンが私を呼び止めた。食堂を出たばかりの廊下だった。ミレイが一歩後ろで立っている。
「何でしょう」
「単刀直入に申し上げます。夫人の帳簿確認は、越権行為にあたる可能性がございます」
私は黙って聞いた。
「城の財務記録は、長年私どもが管理して参りました。外部の方——失礼ながら、夫人のように最近おいでになった方が、その記録に自由にお手をつけることは望ましくございません」
「侯爵夫人の権限として、家計管理は含まれると認識しております」
「それは解釈の問題でございます。侯爵がそのようなお考えかどうか、まずは確認が必要かと」
「ご懸念があれば、侯爵にご確認をお取りください」
ガストンの目が少し細くなった。
「侯爵は多忙でいらっしゃいます。余計なお手を煩わせるべきではない——それが私の考えです。夫人も、その点はご理解いただけると思いますが」
忙しい人を口実にする。それは前世でもよく使われた手段だった。上の判断を仰がせないようにして、現状を維持する。
「分かりました」と私は言った。「では帳簿室には参りません」
ガストンの表情に、かすかな安堵が浮かんだ。
「ご理解いただけて幸いです。城の管理については、どうぞ私どもにお任せを」
「はい」
礼をして、先を歩いた。
ミレイが早足で追いかけてきた。
「夫人、本当にやめてしまうのですか?」
「帳簿室には入りません。そう言いました」
「でも……」
「帳簿室に入らなくても、確認できることはあります」
ミレイが「え?」という顔をした。私は歩きながら答えた。
「食糧倉に、納入業者からの控え書きが残っているはずです。業者は納品の際に控えを残します。それと帳簿の発注記録を照合すれば、数字の差が分かります。帳簿室に入らなくても」
「……それって、つまり」
「差があれば、問題の証拠になります」
ミレイがしばらく黙った。
「夫人、すごいですね」
「ただの照合作業です」
「いや、それだけじゃないと思いますけど……」
その日の午後、倉の担当者の協力を得て、業者の控え書きを見せてもらった。麦の納入記録。薬品の納入記録。数字を書き写して、帳簿の記録と並べる。
差がある。
複数の項目で、帳簿の発注記録より業者の控えの方が少ない金額になっている。つまり帳簿には多く払ったことになっているが、実際には少ない量しか届いていない。
差額はどこへ行ったのか。
まだ断言はできない。記録の誤りという可能性もゼロではない。ただし複数の項目にわたっていて、かつ一定のパターンがある。
その夜、ミレイが少し青い顔で戻ってきた。
「夫人、少し聞いてもいいですか。……ガストン様が、使用人数名に「夫人の動きに注意するよう」と言っていたのを耳にしました」
「そうですか」
「監視されているということですよね」
「そう見てよいと思います」
「怖くないんですか……」
私は少し考えた。
「怖い、というより、予想の範囲です。問題のある場所ほど、変化を嫌います。それは前世でも同じでした」
ミレイは「前世って……」と呟いてから、「とにかく、気をつけてください」と言った。
「ありがとうございます。気をつけます」
数字は揃ってきている。あとは、どこへ持っていくかだ。




