第12話 数字の異常
「家計全体の予算管理のため、帳簿室の記録全体を確認させていただきたいのですが」
ガストンに申し出ると、彼は予想通りの反応をした。
「……夫人、それはいささか広い範囲ではございませんか。先日の食糧関連の帳簿でご確認いただけたかと存じますが」
「食糧倉の記録だけでは全体の収支が把握できません。薬品の発注、物資の調達、全ての支出と収入を照合する必要があります」
「そのような管理は、これまで私どもが担当して参りました」
「ええ。ですが侯爵夫人として家計の状況を把握することは、私の職責と認識しております。ご懸念があれば、侯爵に確認をお取りいただければ」
ガストンの目が少し細くなった。
「侯爵は多忙な方です。余計なお手を煩わせるわけには参りません。……帳簿については、侯爵のご許可が出るまで保留とさせていただきます」
「分かりました」
私は礼をして、その場を後にした。
廊下を歩きながら、状況を整理した。ガストンは保留という形にした。つまりエドヴァルドへの判断を委ねた。エドヴァルドが「見せなくていい」と言えばそれまでだし、「見せてやれ」と言えば開く。今は待つしかない。
ただ——待っている間にも、別の方法がある。
部屋に戻って、入手できている記録を全て広げた。食糧倉の帳簿から書き写した数字、在庫の実数、私が作成した記録帳の数字。これらを並べて照合する。
計算を始める。
食糧発注の記録では、先月麦が百二十袋購入されたことになっている。しかし倉の入庫記録には百袋と記されている。差は二十袋。金額にすれば、今の市場価格で計算すると——かなりの差だ。これが一か月の差なら、一年では相当な額になる。
「……やはり」
数字は正直だ。どこかで、何かが起きている。
その夜、カルルが珍しく書斎に顔を出した。——いや、書斎ではなく、廊下で声をかけてきた。
「夫人、少しよろしいですか」
「はい、何でしょう」
「帳簿の閲覧について、ガストン様から保留にするとの話があったと聞きました。侯爵がそちらについては把握しておりますので、そのうち何らかの判断があるかと思います」
「承知しました。ありがとうございます」
カルルが少し間を置いた。
「夫人は、帳簿に何か問題を見つけておられますか」
私は少し考えた。
「数字の照合を試みているところです。まだ確認が必要です」
「……分かりました」
カルルは何か言いたそうにしていたが、それ以上は聞かなかった。礼をして廊下を去っていく。
部屋に戻って計算を再開した。発注記録と実際の入荷の差。薬品の消費記録と帳簿の払い出し記録の差。数字が揃えば揃うほど、問題の輪郭が見えてくる。
ただし感情的になっても意味がない。数字として形にすることが先決だ。誰かを告発することよりも、問題を可視化することの方が、長期的に見て確実に解決につながる。
前世でも同じだった。感情で動くより、データで動く方が速い。
あとは、帳簿全体を確認できるかどうかだ。




