第11話 侯爵の調査
食糧倉の記録帳が軌道に乗ってきた頃、エドヴァルドに廊下で出くわした。
軍の棟と城の居住区を繋ぐ、石造りの長い廊下だ。私が医療記録の整理を考えながら歩いていると、向こうから彼が来た。副官のカルルが一歩後ろに続いている。
私は足を止めて礼をした。エドヴァルドも歩みを緩める。そのまま通り過ぎると思っていた。
「……調子はどうだ」
声をかけてきた。短い、四文字の言葉だ。
「はい、問題ありません」
「そうか」
それだけで、すれ違った。
廊下を歩きながら、少し考えた。忙しい方なのに声をかけてくださった。珍しい。もしかすると誰かから何かを聞いたのかもしれないが、詮索する必要もないだろう。
後ろでカルルが「では食糧倉の件は……」と言い始めるのが聞こえた。それから声が遠くなった。
自分の部屋に戻って、食糧倉の記録帳を広げた。
一方、その頃の執務室では——。
「夫人が毎日足を運んでいるという話だが、薬品庫だけか」
「いえ。食糧倉でも記録整備をされているようです。ここ数日で、入出庫の記録帳が作られていました」
「食糧倉も」
エドヴァルドがカルルの報告書を見た。食糧倉の記録整備、薬品庫の在庫記録帳、補充計画。そして下段には帳簿について尋ねている、という情報。
「なぜ妻は俺に何も言ってこない」
「分かりません。ただ、使用人の話では「侯爵夫人の内務管理権の範囲」として静かに進めておられるようで」
「……」
「侯爵」
「なんだ」
「夫人は帳簿についても何か気づいておられる可能性があります。食糧倉の記録と帳簿の照合を試みているという情報もあって」
エドヴァルドが書類から顔を上げた。カルルの顔を見た。
「帳簿の何が気になるんだ、あの方は」
「それが……まだ確認できていないのですが、もしかすると——数字の差異に気づいている可能性があります」
沈黙が続いた。エドヴァルドが窓の外を見る。辺境の空は今日も雲が多い。
「引き続き調べてくれ。妻が気づいていることを、俺も把握したい」
「承知しました」
「それから、カルル」
「はい」
「妻の邪魔をするな。誰かが妨害しているようなら、報告しろ」
カルルは少し驚いた顔をしたが、すぐに「承知しました」と答えた。
廊下に出てから、カルルはひっそりと思った。——侯爵が「妨害するな」と言うのは珍しい。よほど関心があるのか、それとも——。
いや、今はまだそれを考える段階ではない。
ただ一つ分かるのは、侯爵が初めて「妻の仕事」に積極的な関心を示したということだ。
カルルは、それを密かに面白いと思った。
* * *
その日の夕方、ミレイと廊下を歩いていたら「さっき侯爵様が、何か確認されていたみたいで」と言われた。
「何を確認していたのですか」
「薬品庫のことを、担当の人に聞いていたような……」
私は少し考えた。「そうですか」と答えて、先を歩いた。
侯爵が確認している。なぜだろう。薬品庫の変化に気づいたのかもしれない。それならそれで構わない。私の行動は侯爵夫人の権限内だし、問題を放置するよりはるかに良い。
ただ、何かを言われるとすれば——越権行為と判断されることだろうか。
でも。問題があれば、放置できない。それだけの話だ。




