第10話 副官が気づく
「……薬品庫が変わってる」
カルルが声を出したのは、誰もいないと思っていたからだ。薬品を補充しようと城の薬品庫に立ち寄ったのだが、扉を開けた瞬間に目に飛び込んできた光景に、思わず呟いてしまった。
棚がきれいになっていた。
数週間前に来た時は、薬瓶が雑多に並んでいた。どれがどこにあるか、正直言って毎回探していた。それが今は、品種ごとに整然と並んでいる。そして棚の上段には薄い冊子が一冊。手に取って開いてみると——在庫記録帳だった。品名、数量、入庫日、出庫記録の列。しかもここ一週間、毎日数字が記入されている。
「誰がこれを?」
廊下を通りがかった使用人を呼び止めて聞いた。
「侯爵夫人様が……整理されているようで」
「夫人が? 夫人がここで?」
「はい、毎日お越しになっていて」
カルルはしばらく薬品庫の中を眺めた。整理されているだけではなく、棚の端には補充計画らしき書き付けも貼られている。いつまでに何が必要か、という計算が小さな字で書かれていた。
「……変わった方だな、夫人は」
独り言だったが、使用人が「そうですねえ」と正直に相づちを打った。
カルルは薬品庫を後にして、執務棟へ向かった。
エドヴァルドは書類から顔を上げなかった。カルルが扉を閉めて部屋へ入ると、「報告か」とだけ言った。
「はい。本日の兵の状況と……それとは別に、一点ご報告が」
「何だ」
「薬品庫が整理されていました。在庫記録帳が作られていて、補充計画まで」
エドヴァルドの手が止まった。書類を見たまま、少し沈黙した。
「……誰がやった」
「侯爵夫人様です。毎日足を運んでいると、使用人から聞きました」
長い沈黙が続いた。カルルは何も言わずに待った。こういう時のエドヴァルドは、何かを考えている。急かしても意味がない。
「……そうか」
それだけだった。「そうか」というたった二文字だが、その声には珍しく何かが混じっていた。意外とも、驚きとも、別の何かとも取れる声だった。
「薬品庫以外はどうだ。食糧倉は?」
「そちらはまだ確認しておりませんが……」
「確認してきてくれ。帳簿も」
「承知しました」とカルルは答えて、頭の中で確認した。——侯爵が自分から食糧倉と帳簿の確認を命じるのは、珍しい。いや、珍しいどころか、初めてかもしれない。内務のことに自分から動くタイプではないはずなのに。
「カルル」
「はい」
「夫人は今どこだ」
「城下へ出ておられたようで、今しがた戻られたかと。薬師のところへ行かれていたと聞いています」
「薬師」
「ヘルダさんのところです。薬品の補充の相談に行かれたようで」
エドヴァルドがようやく書類から視線を上げた。何を考えているのか、表情からは読み取れなかった。ただ、いつもより少しだけ何かが違う顔をしていた。
「分かった。引き続き報告してくれ」
「はい」
カルルは執務室を出ながら、内心でひっそりと思った。——夫人は変わった方だ。でも「変わっている」というのは、あながち悪い意味ではない気がする。
城の廊下を歩いていると、遠くに夫人の姿が見えた。侍女を連れて歩いている、地味な亜麻色の髪の女性。今日も、特に目立つ様子はない。
ただ、薬品庫の棚を思い出す。整然と並んだ薬瓶と、丁寧に書かれた記録帳。
「……普通の夫人ではないな」
カルルはそう結論づけて、食糧倉へ向かった。




