9
エリスとイリオが森の奥で休んでいる頃、レイヴンはカラスの姿で空を飛びながら、森の手前にあるだだっ広い荒地で点呼を取っている兵士たちを眺めていた。
(あれで全部か。それなりの人数だが、大した数ではないな)
レイヴンは軽やかに地上に降り立つと、黒い煙と共に人の姿になる。兵士たちはレイヴンに気が付いて身構えた。
「なんだ貴様!」
「お前たちをここから先は通すわけにはいかない。大人しく尻尾を撒いて逃げるんだな」
「貴様、あの狼の手先か!そこをどけろ!さもなくば……」
「さもなくば、何だ?」
レイヴンの背中に大きな大きな翼が広がり、その翼からたくさんの数の羽根がわかれてレイヴンの周りを浮遊する。そしてその羽根は次第に形をかえカラスの姿になり、いつの間にかレイヴンの周りには数えきれないほどのたくさんのカラスが翼を広げて浮いていた。
「カーカー」
「ガー」
「ガアッ!」
黒い集団はその美しい羽を艶やかに光らせながら、けたたましい鳴き声を辺り一面に鳴り響かせる。
「ひっ!カ、カラスがあんなに!?」
「な!い、いや、怯むな!所詮はカラスだ、蹴散らしてしまえば問題ない!切り捨ててしまえ!」
兵士の一人がそう言うと、レイヴンは笑みを浮かべながらも眉ピクリと動かす。
「所詮はカラス、だ?」
レイヴンがそう言った瞬間、レイヴンの周りにいた真っ黒な集団は一斉に兵士たちへ襲い掛かった。
「ひいいい!」
「ガアー!」
兵士たちは一心不乱に剣を振り回すが、兵士一人に対して何十羽ものカラスたちが取り囲む。鋭い爪は兵士の体に食い込み、嘴は肉を食いちぎろうとする。あまりの激痛に兵士たちは叫び声をあげていた。
「どうした?所詮はカラスなのだろう?どうだ、カラスに痛めつけられる気持ちは。お前たちのような下品で頭の悪い下等な生き物より、よっぽど頭が良くて聡明な生き物なのだよ我々は。そして神獣であるイリオ様はもっと素晴らしいのだ!お前たちごときが束になっても敵うようなお方ではない!」
レイヴンは腕を組み、ふふん、と鼻で笑う。だが、レイヴンの言葉は兵士たちの耳には全く入っていないようで、兵士たちはただただ喚きバタバタとのたうち回っている。
「ええい、撤退!撤退だ!引け!ひけええええ」
兵士の一人がそう言ってその場から逃げようと走り出すと、他の兵士たちも皆一斉に走り出す。その後をカラスたちは飛びながら追いかけていった。
「ふん、弱すぎる。あれでよくもまぁイリオ様を殺そうなどと思ったものだ」
レイヴンはそう吐き捨てると、空を見て目を細めた。艶やかな黒髪は風に靡き、太陽の光を反射して青や紫色に美しく変化している。
「あの方はどこまでもお強く、どこまでもお優しい方だ。またこうしてあの方のために働けることを誇りに思おう。今度こそ絶対に、あの方を守って見せる」
*
それは、エリスがイリオと出会うよりも何百年も前。当時まだただのカラスだったレイヴンは、森の中でボロボロな姿で地面に横たわっていた。
たまたま、オオタカに狙われた仲間を助けようとして逆に自分が狙われてしまい、なんとか逃げることはできたものの、瀕死の傷を負って森の中に落ちたのだ。
(全く、俺様としたことがこんなところで死ぬ羽目になるとはね)
レイヴンは他のカラスからいつも優しすぎると言われていた。集団の中で順位は低くないものの、餌が少ない時はなるべく順位の低いカラスにも餌がいきわたるようにと自分が食べる量を減らしたり、天敵に狙われた仲間がいればなんとか助けようとする。レイヴンはそんなカラスだった。
『お前は優しすぎるんだよ。カラスらしくなさすぎる。その優しさがいつか命取りになるぞ。お前は頭も良いし能力だって高いんだ、もったいない。もっと貪欲に、カラスらしく生きてみろよ」
「ははは、カラスらしくねぇか。ま、俺みたいなカラスが一羽くらいいてもいいだろ」
順位の高い仲間のカラスに忠告されても、レイヴンはそう言って軽く笑って流していた。そんなことを言われても、自分は自分でしかいられない。カラスらしくないと言われたところで、それじゃあとカラスらしくなろうとは思えなかったのだ。
(忠告通りになっちまったな)
ぜえぜえと荒かった呼吸が、だんだんと弱くなっていく。ふと、近くで何か気配がした。だが体は悲鳴を上げるだけでもう一ミリも動かない。視線だけゆっくりと気配のする方へ向けると、驚くほど大きな白銀色の狼がゆっくりと近づいてきていた。




