7
エリスがファシウスから婚約話を持ちかけられた翌日。エリスは屋敷から出るために荷物をまとめていた。
(とりあえずこんな感じでいいかな)
イリオは最低限の荷物でいいと言っていた。屋敷から出るとなると本来であればもっと本格的に荷物を持つべきなのかもしれないが、いつファシウスが追いかけてくるかわからない。荷物は軽い方が動きやすいだろうとリュックに背負えるものだけに収めた。
「準備はいいか?」
「うん、もう大丈夫。イリオは何か持っていくものはないの?」
イリオを見ると、荷物は何もなく手ぶらだ。
「俺はそもそも何も持たないでエリスに拾われた。それに俺は欲しいものは自分で生み出すことができる」
腰に手を当てて自信満々に言うイリオを見て、エリスは神獣とはそういうものなのかと感心していた。
「エリス様、どちらに行かれるのですか?」
屋敷を出ようとすると、メイド長がエリスたちに気が付いて声をかける。
「えっと、いつものように森に食料調達へいこうかなと」
えへへ、とエリスが笑いながら言うと、メイド長は怪しむような顔で首をかしげる。
「それにしてはいつもより荷物が多くありませんか?」
「それは……いつもよりもちょっと遠出をするつもりだから。大丈夫、気にしないで。それじゃ、行ってきます」
「あっ、エリス様!お待ちください、って、ひいっ!」
メイド長がエリスを引き留めようとすると、狼姿のイリオがメイド長に牙を向けてうなる。メイド長がひるんだすきに、エリスたちは走り出した。
*
「はあ、なんとか出て来れたね」
エリスたちは屋敷を出て、森の入り口まで到着した。エリスが立ち止まって息を整えていると、狼姿のイリオはエリスの近くまで来て頬を寄せる。
「それにしてもイリオ、出会った頃よりずいぶん体が大きくなったんじゃない?」
イリオが森で倒れていた時には中型犬くらいの大きさだったのに、今では大型犬よりも大きいサイズになっている。乗ろうと思えばエリスがイリオの背中に乗れるくらいの大きさだ。
――力が戻ってきているからな。本来の姿に近くなってきているんだろう
(すごいな、どこまで大きくなるんだろう。でも、ふわふわのモフモフでこれはこれで可愛い)
エリスがイリオの首に腕を巻き付けすりすりとほおずりすると、イリオは尻尾を盛大に振って嬉しそうだ。
「カアアアア!」
その時、急に頭上からカラスの大きな鳴き声がする。エリスが驚いて上を見上げると、イリオはフンッと鼻を鳴らした。
――どうした、レイヴン
イリオがそう言うと、カラスは地上に降り立つ。降り立つ瞬間に黒い煙が現れて、カラスはいつの間にか人の姿に変身していた。
「えっ!?人になった!?」
風に靡くと太陽の光を反射して青や紫色に変化する艶やかな長い黒髪を一つに束ね、濃い紺色の瞳、スラリとした体は真っ黒な服に身を包んでいた。その男は胸に手をあてて、お辞儀をする。
「イリオ様、お久しぶりです。この姿でこうしてお話できるとは、感無量でございます」
――俺の力が戻ったことで、お前とも問題なく会話をすることができるというわけか
イリオがワフッと小さく鳴くと、レイヴンは嬉しそうに微笑んでからエリスに視線を向けた。エリスはそのレイヴンの妖艶な雰囲気に、ドキッとする。
(うわあ、なんかすごい不思議な空気感を纏った人。って、人じゃないのかもしれないけど)
「あの、お二人は、お知り合いなのですか?」
「初めまして。といっても、俺はあんたを森のなかでよく見ていたけどな。俺はイリオ様の従者、レイヴンだ」
イリオに対しての丁寧な口調から一転して、急に砕けた口調でエリスに挨拶をする。
「え、あ、そうなんですね。エリスです、よろしくお願いします」
エリスが挨拶すると、レイヴンはまるで興味がないといった顔をしてからすぐにイリオに視線をうつした。
――それで、わざわざこうして現れたということは、何かあるんだろう
サファイアのような美しいイリオの瞳がきらりと光る。
「はい、イリオ様たちを狙った輩がこちらへ向かっているようです」




