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屋敷に戻ると、エリスは自室のソファに座りながらファシウスとの会話をぼんやりと思い出していた。
(ファシウス殿下、急にあんなことを言って、本気なのかしら?でも、嘘を言っているようには思えなかった)
追放を解かれても実家に帰ったところで居場所はない。だからといって、ファシウスとの婚約を受け入れるかと言われるとそれはどうも違う気がする。いくら考えても解決しないように思えてエリスは途方に暮れてしまった。そんなエリスの視界に、突然イリオの顔が入り込む。
「っ!びっくりした」
「さっき第一王子に言われたことを考えているんだろ?あの男は本気でエリスのことを自分のものにしようとしている。だが、そんなことは俺が絶対に許さない。あの男と一緒になってもエリスは幸せになんてなれないんだ。少し前に言ったことを覚えているか?」
「え?」
「俺と一緒に屋敷を出ようといっただろう。本当はもう少し時間をかけるつもりだったが、時間がない。エリス、俺とあの第一王子、どちらかを選ぶんだ」
イリオはエリスの両肩を掴んで真剣な眼差しで見つめている。綺麗な白銀の髪の毛をサラリと揺らし、サファイアのような瞳はエリスを捕らえて離さない。
(どちらかを選ぶ?今すぐに?)
エリスの瞳は動揺して揺れているが、イリオはそれを見てエリスの肩を掴む手を少しだけ強めた。
「まだ俺の力は完全には戻っていない。それでも、お前を連れて安全な場所で住むことはできる。お前を不安な思いにはさせないし、不自由もさせない。お前がいつでも笑顔でいられるように俺はなんでもしたい。なあ、エリス、俺を選んでくれ」
懇願するようにイリオはエリスをジッと見つめる。
(私は、……イリオと離れるなんて嫌だわ)
もしファシウスを選べば、きっとイリオと一緒にはいられないだろう。イリオは神獣で、なぜか国から命を狙われていたのだ。ファシウスにイリオの正体がばれれば、きっとまたイリオは狙われてしまう。
「私、イリオと一緒にいたい」
エリスがひとことそう呟くと、イリオは両目を大きく開いてから満面の笑みを浮かべた。そして、エリスをギュッと力強く抱きしめる。
「よかった。俺もエリスと一緒にいたい。もう二度と離れたりなんかしない、絶対に」
(もう二度と?)
イリオとは初めて会ったはずなのに、どういう意味だろうか?エリスは疑問に思ってイリオに尋ねようとするが、その前にイリオが口をひらいた。
「屋敷を出るのはなるべく早い方がいい。きっとあの第一王子はすぐにでも行動を起こすだろうからな。できるだけ早く準備をして婚約の申し込みが届く前にここを出よう」
「準備って、どうすればいいの?」
「最低限の荷物をまとめるくらいだな。あとは俺が何とかする。大丈夫だ」
体を離してイリオはエリスの顔を覗き込み、しっかりとうなずいた。イリオの顔は自信に満ち溢れている。その顔を見て、エリスはなんとなく心がほっとして安心するのを感じていた。
*
誰かが追いかけてくる。エリスは必死に走って逃げているが、後ろから誰かがどこまでもしつこく追いかけてくるのだ。
(ファシウス殿下?)
なんとなくファシウス殿下の気配のような気がしてそう思っていると、急に何かにつまずいてエリスは転んでしまう。
「痛っ」
早く立ち上がって逃げなければ。そう思った時にはすでに遅く、追ってきた気配がすぐそばにあるのを感じて顔を上げる。だが、そこにいるのはファシウスではなく、見知らぬ男だった。嬉しそうににんまりと笑うその顔は、ただただ恐ろしく思える。
「ようやく捕まえた」
そう言って、男がエリスに手を伸ばしてくる。
(怖い!)
エリスは、ギュッと目を瞑った。
「っ!!」
ハッとして目を開けると、目の前にはすやすやと寝息を立てるイリオの姿がある。きょろきょろと辺りを見渡すと、自室のベットの上だった。
(夢……)
この前も、まるで現実かのような不思議な夢を見たが今回もずいぶんとリアルすぎる夢だった。エリスの心臓はまだバクバクと激しく動いていて、血の気も引いている。
「……エリス?どうかしたのか?」
ついさっきまで寝ていたはずのイリオが、目を開けて神妙な顔でエリスを見ている。そっとイリオの手がエリスの頬を撫でると、エリスはイリオの手の温もりに安堵してイリオの手にすり寄った。イリオはエリスのちょっとした変化にすぐ気が付く。寝ていてもそれは変わらないのだと思うと、エリスは嬉しいような申し訳ないような複雑な気持ちになった。
「大丈夫か?」
「うん、起こしちゃってごめん。ちょっと怖い夢をみただけだから」
「怖い夢?どんな?」
「知らない男の人に、追いかけられる夢。最初、ファシウス殿下かと思ったんだけど、全然違う人だった。捕まりそうになるところで、目が覚めたの。すごく、リアルな夢で……怖かった」
エリスが言い終わるか終わらないかのうちに、イリオはエリスを抱きしめる。イリオの体温がダイレクトに伝わってきて、エリスはさらに安心感に包まれるようだった。
「大丈夫だ。それは夢で、今起こっていることじゃない。それに、何があっても俺が守る。だから、安心していいぞ」
「ん、ありがと……」
イリオの腕の中でエリスはだんだんと瞼が重くなっていく。さっきまで怖くて目が覚めてしまっていたのに、安心感からなのかもう眠くなっている。そして、いつの間にかエリスはすやすやと静かに寝息を立てていた。
「お前のことは俺が絶対に守って見せる。もう二度と、怖い思いはさせないから」
イリオは小さくそう呟いてからエリスのつむじにそっとキスを落とした。




