4
「んっ!んんっ!」
イリオはエリスの唇を何度も何度も啄む。次第にエリスは息が苦しくなって口を開くと、イリオはエリスの口の中に舌をねじ込んだ。濃厚なキスと共に、エリスの体の中に得体の知れない、不思議な何かが流れ込んでくる。
(な、に?これは一体……)
イリオに執拗にキスされた後、イリオが唇を離すとエリスは顔を赤らめながらぼんやりとした顔でイリオを見つめた。呼吸が苦しくて、はあはあと息を整える。そんなエリスを見て、イリオは妖艶な笑みを浮かべながら舌なめずりをする。
「どうして、イリオ、こんな突然……」
「俺の力をエリスの体に流し込んでおいた。契約するにはまず俺の力に慣れる必要があるからな。それにしても……随分と蕩けた顔で魅力的だな」
フッと微笑みながら、イリオの耳は小刻みに動き、尻尾は盛大に振られている。
(イリオの力?神獣の力ってこと?)
まだ頭がぼーっとしてはっきりせず、エリスはただぼんやりとイリオを見つめている。だが、イリオはそんなエリスを見て嬉しそうに微笑み、エリスの首元に顔を近づけた。
(?)
「少しだけ痛むかもしれないが、すぐに終わる」
そう言って、イリオはエリスの首元にガブッと噛みついた。イリオの犬歯がエリスの首に食い込む。牙が自分の肉に刺さった感触がして、エリスは大きく目を見開いた。
「やっ!」
痛くてエリスが小さく悲鳴をあげると、イリオはすぐに牙を抜き、噛みついた所を舌でぺろぺろと舐め始めた。ざらざらした舌の感触がして、エリスは思わず身をよじるが、イリオが逃がさないと言わんばかりにエリスの腰に手を回して固定する。
(んっ、なんだか、こそばゆい)
痛かったのに、今度はなんだかくすぐったくて、感情も感覚も右往左往して忙しい。
「これでいいだろう」
イリオが首元から顔を離すと、噛み付いた場所に紋様が浮かんで光る。だが、すぐにその紋様は消えていった。
「契約は終了だ。これでお前は俺のもの、俺はお前のものだ。俺たちを引き離すものはどこにもない。俺は何があってもお前の元に駆けつけ、お前を守る」
そう言って、イリオはつーっと指でエリスの首元をなぞった。
「んっ、またくすぐったい!」
イリオにキスをされて噛みつかれてから、体がぽかぽかと温かくてジンジンするし、触られるだけでくすぐったい。神獣の力を流し込まれるとこうなってしまうのだろうか。
「お前はさっきから随分と可愛い反応をするな。そんな姿、俺以外に見せるなよ、絶対に」
そう言って、グルル、と小さく唸りながらイリオはふわりと優しくエリスを抱きしめた。
*
ーー……ア!死ぬな!俺を置いて死ぬなんて許さないからな!
目の前に、イリオの顔がある。イリオは、ボロボロと大粒の涙をこぼして泣いていた。イリオの背後には、木々が生い茂っているのが見える。見慣れない森のようだが、一体どこだろうか。
(あれ?私、地面に寝てるの?どうしてイリオは泣いているんだろう?それに、イリオが名前を呼んだきがしたけれど、誰のこと?)
――たとえお前がいなくなっても、俺はまた絶対にお前を見つける。お前が違う姿になっても、俺は絶対に、お前を見つけるから。だから……
ハッ!とエリスの両目が開かれる。目の前には、人の姿をしてすやすやと寝ているイリオの姿があった。
(あれ?もしかして、夢?)
なぜ夢の中でイリオはあんなに泣いていたのだろう。それに、イリオが呼んだ名前もエリスではなかった。でも、その名前も思い出せない。所詮夢なのだから、深い意味はないのだろう。
(でも、なんだかすごくリアルな夢だった)
イリオから流れ落ちる涙が自分の頬につく感触、イリオの腕の温もり、木々の爽やかな匂い。まるで、本当にそこにいたような夢だった。
ふう、と小さくため息をついて、エリスはそっと寝ているイリオを見つめる。
(っていうか、イリオったらもう人の姿で寝るようになっちゃったな。今もイリオに抱きしめられてるし)
日に日にイリオの力は回復し、朝メイドが起こしに来た時は瞬時に狼の姿に変身できるから問題ないとイリオは言い張っている。実際、メイドたちにイリオの人間の姿を見られたことは一度も無い。
イリオは意外としっかりとした体つきをしていて、がっしりとエリスを抱きしめている。簡単には腕から逃れられそうもない。イケメンに抱きしめられてドキドキしないわけはないのだが、なぜかドキドキするのと同じくらい安心感がある。ホッとして、いつの間にか寝てしまうのだ。
「ん、……どうした?」
イリオがうっすらと目を開けてエリスに尋ねる。
「あ、ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いや、別にいい」
そう言って、イリオはエリスの顔をまだ眠そうな瞳で見つめている。
「?」
エリスが不思議そうにイリオを見つめ返すと、イリオは突然エリスの額にチュッとキスをする。そのまま、エリスの顔のあちこちにキスを降らせてきた。
「やっ、くすぐったいってば!」
「ふふ、愛しいエリスを愛でてるだけだろ。本当に可愛いな」
そう言って、イリオはぎゅっとエリスを腕の中に閉じ込めた。甘い。砂糖を煮詰めたように甘い。契約後、イリオはとにかく甘いのだ。そういう行為までにはまだ至っていないが、とにかくイリオは甘く、隙があればいちゃいちゃしてくる。
(心臓がいくつあっても足りないんだけど……)
顔を赤らめながら、エリスはイリオの胸に顔を押し付けた。
*
「第一王子が城に来いと言ってるだ?」
その日、エリスは王城から届いた手紙を読み、その内容を知ったイリオはグルル、と唸り声をあげた。
「手紙にはそう書いてあるの。なんだろう、私は追放されているのに、わざわざ城に来いだなんて……」
別に目立った行動は何もしていない。目立たないように、ずっとひっそりとここで暮らして来た。それなのに、今更どういうつもりだろうか?
(イリオが実は神獣だってことも、誰にも知られていないはずだし……)
屋敷内ではエリスが狂暴な狼を拾ってきてしまい、狼がエリスに懐いていて屋敷から出て行かない、ということになっている。
「エリスにありもしない罪を着せて追放したくせに、今更何の用だ、胸糞が悪いな。無視すればいい、そんなもの」
グルル、とイリオは忌々しそうにうなっている。
「第一王子からの命だから、無視はできないわ。行くしかないのよ」
エリスが困ったようにそう言うと、イリオはムッとしてから顎に手を添えてふむ、と考え込む。
「それなら、俺も一緒に行こう」
「えっ、狼は王城には連れていけないわよ!」
「誰が狼の姿で行くと言った?人間の姿で、お前の護衛か付き人のフリしていけばいいだろ」
「な、なるほど。でも、大丈夫?突然第一王子に食って掛かったりしない?」
イリオはこの国の兵士たちに突然攻撃され、瀕死になった。それに、エリスの話を聞いて第一王子に対しても良い印象を持っていない。なんなら殺してやろうかという物騒な言葉まで出たのだ。エリスは心配そうにイリオを見つめる。
「この国も王も第一王子も大嫌いだ。だが、お前の前で誰かを殺したりするような真似はしない。それに、お前の立場が悪くなるようなこともしたくはないからな」
腕を組んでふん、と言うイリオを見て、エリスはホッとして胸をなでおろす。
(イリオはなんだかんだいってちゃんとしてるのよね。神獣だからなのかしら、怒りやすいように見えて、実際は落ち着いているし)
「ありがとう、イリオ。それなら安心ね。それにイリオが一緒なら私も心強いもの」
自分の都合だけでいとも簡単に人を追放してしまうような王子だ。それに、第一王子に会うとなるとその婚約者にも会う可能性がある。また難癖をつけられてしまう可能性だってあるのだ。一人で行くには心細すぎる。
「ああ、任せろ。俺がどんな時でもお前を守る。大丈夫だ」
そう言って、イリオは優しくエリスを抱きしめた。




