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第一王子をたぶらかした罪で追放されたというエリスの話を聞いて、イリオは盛大に顔を顰める。
「それは本当の話か?俺にはお前が第一王子をたぶらかせるほどの技量も度胸もあるとは思えないが」
「ふふっ、まるで私には魅力がないって言ってるみたい。でも、その通り。私は実際は第一王子をたぶらかしてなんかいないわ。本当は、第一王子の婚約者が私を気に入らなくて、私に第一王子がたぶらかされたと吹聴して私を追放したの」
たまたま、第一王子がエリスを見て「可愛い」と言ったことが原因だったらしい。
第一王子は今まで婚約者以外の令嬢を褒めることは一度もなかったそうだ。それなのに、なぜかこの時だけはうっかり口を滑らせてしまい、それを横にいた婚約者が聞いていて、腹を立てた婚約者が嘘の噂をでっち上げ、王城内に流した。
第一王子は驚いて最初は否定しようとしたらしいが、自分の婚約者が嘘をついたと知られたら、第一王子の婚約者に相応しくない人間だと言われてしまうだろう。第一王子は婚約者のことをとても愛していたので、婚約者を庇うためにエリスに犠牲を強いたのだ。
『ちょっとの間、追放されていてほしいんだ。ほとぼりが冷めたら戻ってきてくれればいい。どうせ噂なんてみんなすぐに忘れる』
第一王子はエリスにそう言った。その時、隣にいた第一王子の婚約者は詫びれる様子も無くむしろ気味がいいと言わんばかりの顔でエリスを見ていた。あの顔は、忘れたくても忘れられないほど強烈だった。
エリスの話を聞いていたイリオは、人の姿なのにグルグルと唸り声を上げている。イリオの周囲からは禍々しいほどの怒りが発せられ、出ていなかった獣の耳と尻尾がいつの間にか出現していた。
「この国は王も王子もその婚約者も揃いも揃ってバカでクズだな。お前をそんな目に合わせたその第一王子、今から殺してきてやろうか」
「ま、待って、そんなことしたら国から狙われていたイリオがまた狙われてしまう」
殺気を纏ったイリオに、エリスは慌てて止めに入る。するとイリオは耳と尻尾をしゅんと下げた。
(人間の姿の時には出ていないけど、感情が昂ると耳や尻尾が出てしまうのかしら?)
「いいのよ、イリオ。私、意外とここでの生活が気に入ってるから。それに、あなたともこうして出会えたでしょう?童話の中でしか見たことのなかった神獣と出会えるだなんて、奇跡みたいだもの」
フワッと嬉しそうに笑ってそう言うエリスを見て、イリオの耳はピクッと動き、尻尾は盛大に振られている。
「エリス、俺はお前に魅力がないなんて思ってない。お前は魅力的だ。俺が言うんだ、間違いない」
そう言って、エリスの頬に手を伸ばし、優しく撫でる。急に頬を撫でられてとても恥ずかしいはずなのに、なぜかエリスはとても心地よく感じていた。
(イリオの手、大きくて温かい)
イリオの手にエリスがすり、と擦り寄ると、イリオはまた耳をピクッと震わせ、尻尾はさらに大きくブンブンと振られている。
「それにしても、追放されたとはいえ冤罪なのはお前の家の人間だって知っているんだろう?それなのに、お前にだけ食糧が別なのはおかしくないか?なぜお前の家の人間はお前をぞんざいに扱う?」
「それは……私が魔女の子だからだと思う。お父様は、結婚していたにも関わらず、魔女だったお母様と出会って私を授かったそうなの。お父様は義母様に、魔女にたぶらかされたって言って許してもらったそうよ。だから、今回私が第一王子をたぶらかしたのも、冤罪じゃなくて本当なんじゃないかって家の人たちはみんな疑ってる」
本当は、出張で訪れていた国でエリスの本当の母親と出会い、父親の方から声をかけたらしい。
結婚していることを隠してエリスの本当の母親と結ばれ、エリスが生まれる。だが、仕事が終わり屋敷に帰る頃になるとエリスの父親は結婚していたことを打ち明け、ショックを受けたエリスの母親は、その後徹底してエリスの父親とエリスを拒んだ。
流石にまだ幼いエリスをそのまま置いていくのは気が引けたのだろう、エリスの父親はエリスを連れて屋敷に帰り、家族には魔女にたぶらかされたと言い張ったのだった。エリスの父親の話を聞いた義母はひどく怒ってエリスにきつく当たった。エリスの父親と義母との間にはそもそも子供がいたので、家ではエリスは娘というよりも侍女のような扱いを受けていた。
エリスの話を聞きながら、イリオはウーッと唸っている。怒りにまかせて何かに噛みつきたくて仕方がないが、噛みつく相手が無くてひたすらに我慢しているように見える。それから、グルル、と小さく唸ってからチッと舌打ちをした。
「はあ、どいつもこいつも、人間はクソばかりだな。だが、合点は入った。お前の治癒が俺に効いたのは、お前の母親が魔女だからだ。おそらく、お前の母親は元聖女だろう。国によっては、聖女の役目が終わると街に降りて魔女として生活することもある。元聖女の娘であれば、神獣である俺に治癒魔法が効くのも、森の精霊たちに愛されているのも当然だ」
(そういうものなの?知らなかった)
きょとんとした顔でイリオを見るエリスに、イリオはフッと微笑む。
「やはりお前は俺にとって特別な人間のようだな。よし、そうとなれば話ははやい。俺の力が戻ったら、ここを出るぞ」
「……へっ?」
「お前はこの国でぞんざいな扱いを受けている。家の人間もお前を娘としてちゃんと扱っていない。お前は、このままここで暮らしていて満足か?たとえ追放が解けて実家に戻ったとしても、お前の居場所はないのだろう?だったら、俺と一緒にこの屋敷から出ればいい」
(え……出て行く?イリオと一緒に?って、どこへ?)
イリオの言葉に、エリスはただただ唖然とすることしかできない。
「どこに行くのかという顔をしてるな。俺の力が戻れば、どこにだって行ける。どこにだって住める。おれは神獣だ。お前を幸せにすることくらい造作もない。心配するな、お前は俺が幸せにしてやる」
それとも、と急に静かな声音でイリオはエリスの顔に近づく。鼻先が触れ合うほどの距離でイリオは止まった。
「俺と一緒は嫌か?」
目を細め、まるで何かを探るようにエリスを見つめている。
「嫌、じゃないけど……あまりに急すぎてよくわからないわ」
エリスがきゅっと目を閉じてそう答えると、イリオは二カッと笑ってエリスの頭を豪快に撫でた。
「まあ、確かに急すぎたな。よし、俺の力が戻るまで、考えてみてくれ。強制はしない。エリスが望むことを俺は叶えたい」
「……ん、わかった。ありがとう、イリオ」
エリスがホッとした顔でそう言うと、イリオの尻尾は盛大にぶんぶんと振られ、イリオはすぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。そんなイリオを不思議そうな顔でエリスが見ると、イリオはそっとエリスの後頭部に片手を添えた。
「その話はいったん保留だが、エリスは俺が嫌なわけではないのだろう?だったら、まずは契約を結ぼう」
「けいやく?」
「ああ、人間のお前と神獣である俺がずっと一緒にいるために必要な契約だ。俺はエリスをどんな時でも守りたい。お前がこばまないのであれば、どんな時でも何があっても、お前の側にすぐに駆け付ける。どうだ?」
(私、今まで誰かがすぐに駆けつけてくれたり、守ってくれることなんて一度もなかった)
何があってもすぐに駆けつけると言うイリオの言葉がくすぐったくて嬉しい。イリオだったら、本当にどんな時でも駆けつけて守ってくれそうだなとエリスは思った。
「イリオがどんな時でも守ってくれるなら、嬉しい」
エリスが控えめに、でも嬉しそうに呟くと、イリオはニッと口の端を大きく上げて頷く。
「よし、決まりだな」
そう言うと、イリオはすぐに片手をエリスの肩に、もう片手をエリスの後頭部に手を回し、エリスに顔を近づける。
(え?イリオ?)
随分とイリオの顔が近いな、なんて思っていたら、いつの間にかエリスの唇はイリオの唇によって塞がれていた。




