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「エリス様!朝ですよ!」


 コンコン、とノックされた後に、メイドが部屋に入ってくる。メイドの声でエリスが目を覚ますと、隣で寝ていた狼姿のイリオも目を覚まし、くわぁっとあくびをした。


(良かった、狼の姿だわ)


「おはよう」


 そう言ってエリスがイリオに抱きつくと、イリオは嬉しそうに尻尾をブンブンと振っている。


「もうすっかり元気になりましたね。そろそろ森に返してきてください」

「あっ、……ええ、そうね。今日森へ行ってくるわ」


 エリスがそう言ってイリオから体を離すと、イリオは耳と尻尾を垂らしてクウンと小さく鳴いた。



 *



「それで、お前は俺をこの森に捨てるのか」


 朝食を食べてから、エリスは狼姿のイリオを連れて森に来ていた。森に到着し、周囲に人がいないことがわかると、イリオはすぐに人の姿になって開口一番そう言った。


「う、だって……傷がちゃんと治ったら森に返すって、メイド長と約束していたんだもの」

「そうかそうか、エリスは冷たいんだな。ここに置いて行かれた俺は、また死にそうになるかもしれないな。いや、今度こそ死んでしまうかもしれない」

「そういえば、なぜ死にそうになっていたの?」


 そもそも、どうして神獣ともあろう存在が、森の中で瀕死の状態だったのだろうか。エリスが不思議に思って尋ねると、イリオはニヤッと笑みを浮かべる。


「知りたいか?俺を屋敷で一緒に住まわせてくれるなら詳しく教えてやるよ」

「なっ……!意地悪ね」


 エリスはムッとしてからプイッとイリオに背を向ける。


(私だって、この森にイリオを置いて行ったとしてまた死にそうになってしまったら嫌なのに。でも、屋敷にまた連れて行ったら今度こそ怒られて、きっとお父様に言いつけられてしまう)


 しゅんとして地面を見つめていると、フワッと後ろからイリオに抱きしめられる。突然のことにエリスの心臓は大きく跳ね上がった。


(えっ、イリオ?)


「俺はお前と離れたくない。お前と一緒にいたい。お前は、俺と一緒にいるのは嫌か?」

「……私だって、あなたをここに置いていくのは嫌よ、心配だもの。でも、きっと屋敷の人たちが許してくれないし、お父様にもきっと言いつけられてしまうわ」


 エリスの言葉に、イリオはエリスを抱きしめる力を強くして、エリスの肩に頭を埋める。


「お前も俺と一緒にいたいんだな?だったら、問題ない。屋敷の人間のことは俺がなんとかする」

「なんとかって、できるの?」

「ははっ、俺は神獣だぞ。できないことなんてない」


 ククク、とイリオが笑うと、エリスの首元にイリオの息が当たってくすぐったい。


(う、なんだかくすぐったいし、恥ずかしい)


「なんだ、顔が赤いし体も熱いぞ。照れているのか?それとも風邪か?風邪なら早く屋敷に戻らないとな」


 そう言うと、イリオはエリスから体を少し離してからエリスを横抱きにする。


(えっ、ちょっと、なんで!?)


「イリオ!だめ!降ろして!誰かに見られたらどうするの!?」

「大丈夫だ、森の出口付近に着いたらちゃんと降ろす。それまではこのままだ」

「な、なんでこんな……!」

「俺がこうしていたいんだ。エリスに触れていたい」


(な、なんでそんな甘いこと言うの!?神獣って人たらしなの!?)


 エリスが顔を真っ赤にすると、イリオはククク、と楽しそうに笑う。そしてそのまま、ゆっくりと歩き出した。



 *



「どうしてまた犬がいるんですか?森に返してこなかったんですか!?」


 屋敷の玄関前で、メイド長が腰に手を当ててふんすと鼻息を荒くしている。近くにいた他の屋敷の人間も、みんな呆れたような顔でエリスを見ていた。


「ご、ごめんなさい……返そうとは思ったんだけど」

「言い訳は結構。今日はもうすぐ暗くなってしまいますから、明日はちゃんと森に置いてきてくださいね」


 メイド長がそう言った次の瞬間。


「ウ゛ー!」


 イリオが牙を剥き出しにして唸り声を上げる。イリオの周囲から黒々とした殺気のようなものが浮かび上がり、今にもイリオは飛びかからんと言わんばかりの状態だ。そんなイリオを見たメイド長も他の人間も、みんな恐怖で青ざめている。


(な、に?こんな恐ろしい姿にもなれるの?神獣だから?でも、なぜかしら、怖いはずなのに、私はイリオのこと怖くない)


「ひっ!わ、分かったから!お前はこのまま屋敷にいても構わないよ!だから噛みつこうとしたりしないでおくれ!しっしっ!近寄らないで!」


 怯えるメイド長がそういうと、イリオは牙をしまってフンッと大きく鼻で息を吐く。そしてエリスを見て耳をピンっと立てると、尻尾を盛大にブンブンと振った。






「あんなに恐ろしい姿もできるのね」


 エリスの部屋に戻ると、イリオは人の姿になり、そんなイリオにエリスは驚いた顔でそう言った。


「まあな、だが、お前は怖くなかっただろう?お前にだけは殺気を向けなかったからな」


(確かに、だからあの時怖くなかったのね)


 コクリ、とエリスが頷くと、イリオはエリスの手をとってベッドサイドへ連れて行き、エリスを座らせてすぐ隣に腰を下ろした。


「この屋敷で住めるようになったんだ、お前に聞きたいことがある。この屋敷の主人はお前だろう?なのに、どうして屋敷の人間はお前に偉そうな態度をとるんだ?それに、お前だけ食事が違うだろう。お前に世話をされていた時からずっと気になっていた。どうしてだ?」

「それは……」


 エリスが森で採取していたのは、エリスが自分で食べる用のキノコや野草だった。採ってきた食材をエリスは自分で調理して、毎日一人で食べていた。


「私は、訳あって国から断罪された身で、家の領地内の外れにあるこの屋敷に隔離されているの。使用人や使用人たちのための食材を送ってきてくれてはいるけれど、使用人は定期的に変わるし、私は使用人たちのための食材に手をつけることは許されていない。だから、私は自分で自分の分を調達して食べているのよ」


 眉を下げて悲しげに微笑みながらエリスは答える。そんなエリスを、イリオは眉を顰めながら見つめた。


「どうして国から断罪された?お前は何か罪を犯したのか?」

「それは……って、私ばかり話してる。今度はイリオの話を聞かせて。イリオはなぜあの森で死にそうだったの?屋敷に住めるようになったら教えてくれるって言ってたわよね」


 イリオの顔を覗き込むようにしてエリスは尋ねる。エリスのローズピンク色の瞳が照明の灯りに照らされてキラキラと光っているのを、イリオは純粋に綺麗だな、と思った。じっとエリスの瞳を見つめ、満足したイリオはふむ、と小さく呟いた。


「そうだな。俺は、ここから少し離れたイグニス領の山でひっそりと暮らしていた。神獣と言っても、今の時代の人間は神獣を信じていない。信じられることのなくなった神獣は、その力を徐々に失い、存在自体も認識されなくなっていく。だが、俺はそれもまた神獣としてのさだめだと受け入れていた。そんな時だ。この国の軍が突然やってきたのは」


 山に突然兵士たちがやってきて、イリオに攻撃してきた。イリオも力が弱りはしても神獣だ、最初は兵士たちを蹴散らしていた。だが、蹴散らしても蹴散らしても兵士は毎日のようにやってくる。次第に、イリオの力はどんどん弱くなっていった。


「元々存在意義が無くなってきていた上に、攻撃されて必要ないと定義されてしまったようなものだ。俺は力をほとんど無くし、山から逃げることしかできなくなっていたんだ」


 必死に逃げるが途中で瀕死の傷を負ってしまう。もう生きてはいられないと思ったのだろう、血だらけのイリオを見て兵士たちは嘲笑いながら帰っていった。イリオはボロボロになりながらエリスと出会った森で力つき、地面に倒れそのまま死ぬのを待っていた。


「だが、そこにお前が現れた。お前がやってきた時、周囲の精霊たちがやけに喜んでいて驚いた。精霊にあれだけ愛されている人間は珍しい。それに、お前が俺にかけてくれた治癒魔法にも驚いた。俺に通常の人間の治癒魔法は効かない。だが、なぜかお前の魔法は俺に効いたんだ。だから、お前は俺にとって特別な存在なのかもしれないとそう思った」


 そう言って、イリオはエリスの手をとって優しく口付ける。


「なっ!」


 エリスが驚いて声を上げると、イリオは妖艶な眼差しでエリスを見つめる。サファイアのような美しい青色なのに、チリチリと焦げてしまいそうなほどその眼差しは熱い。


「さて、俺の話はしたぞ。今度はまたお前の番だ。どうしてお前は国から断罪されたんだ?」


 エリスの手を握ったままイリオは尋ねる。握られたエリスの手は、ほんの少し震えていた。


「……私は、この国の第一王子をたぶらかした罪で追放されたの。私をこうして領地の外れに追いやることで、私の家はなんとか爵位の剥奪を免れた。私は、この国で表立って生きていくことができない人間なの」



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