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イリオが出現させた屋敷で、エリスとイリオは二人の寝室となる部屋のソファに座り、くつろいでいた。エリスは辺りをきょろきょろと見渡す。
(どこをどう見ても普通のお屋敷だし、普通のお部屋だわ。でも、ここは今までいた世界と違う世界なんだよね。神獣の住む、清らかで争いのない、平和な世界……)
ふと、今までいた世界のことを思い出す。イリオは、自分が世界からいなくなれば国はいずれ滅ぶと言っていた。それはすなわち、あの国に住まう人々全てが滅んでしまうということだ。
(ファシウス様やイリオを殺そうとした国王様が報いを受けるのは当然のことだと思う。けど、他の人たちは別に何も悪いことしてないのに、ファシウス様たちのせいで滅んでしまうの?)
「エリス?」
エリスの顔が曇っていることに気付いたイリオが、心配そうにエリスの顔を覗き込む。
「どうかしたのか?こっちに来たんだから、もう何も心配いらない。安心していいんだぞ」
「うん、それはわかってるんだけど……。あっちの世界にいる国の人たちは、みんないずれ滅んでしまうの?」
エリスが不安そうにそう言うと、イリオは少し顔を顰めてはーっと大きくため息をついた。
「神獣という存在そのものを失った国は、早かれ遅かれ滅ぶことになっている。それはあちらの世界のあの国の決まり事だ。古くからの契約で国の中で代々そう受け継がれてきたはずだった。それを、人間側がいつの間にかおろそかにして、あげくの果てに俺を殺そうとしてきたんだ、当然の報いだろ」
「それはそうだけど……でも、国民の人たちは知らないことだよね?国の偉い人たちがその契約をおろそかにしてしまったのはいけないことだし、国王様やファウス様のしたことは絶対に許されないことよ。でも、それに国民が巻き込まれるのはなんだか、違う気がして……」
ただの偽善かもしれないし、そんなの知ったことではないと言われてしまえばそれまでだ。それでも、エリスの心にはなにか嫌な感じのするものがひっかかっていて、取れないでいる。
「お前は、あの国で家族からも見放され、屋敷の人間にも良い扱いを受けなかった。あんな国、滅んでしまえと思ってもいいくらいだぞ?」
「それは、そうかもだけど。でも、私に対して酷い扱いをしてきたのは一部の人間だし、全ての人がそうってわけではないでしょう?だから、関係ない人たちまで巻き込まれるのはなんだか、違うよなって思うの」
エリスが戸惑いながらもそう言うと、イリオは目を細めてエリスを見てから、またふーっとため息をつく。
「まあ、エリスならそう言いそうだとは思っていた。……レイヴン」
「はっ、お呼びでしょうか」
イリオの呼びかけに、レイヴンの声がしたと思うと突然部屋の中に黒い煙が上がり、レイヴンが現れた。
「あの国の第二王子は国王やファシウスよりはいくぶんまともだったか」
「はい、ファシウスや国王がイリオ様へ兵を向かわせた時も、第二王子だけは神獣の必要性を感じ、異を唱えていたそうです。そもそも身勝手なファシウスよりも頭脳も人柄も共に良く、貴族からの人脈も厚かったとか。そのせいで国王たちに邪険にされ、王政から遠ざけさせられていた様子。ですが今回のファシウスの件で、第二王子はファシウスと国王に反旗を翻し、王位継承を奪還しようとしているようです」
レイヴンの話を聞きながら、イリオは顎に手を当ててふむ、と小さく唸った。
「第二王子があの国の次期国王となるなら、話し合いをしてもいいかもしれないな」
「それって、あの国が滅びなくても良いかもしれないってこと?」
エリスが目を輝かせると、イリオはフッと優しく微笑む。
「まあ、第二王子次第というところだ」
「……よかったぁ」
嬉しそうに笑うエリスに、イリオとレイヴンは目を合わせて微笑む。そしてレイヴンは小さくお辞儀をすると、黒い煙になってその場からいなくなった。
「そんなことよりもエリス。よくあいつの楔を打ち砕いたな。まさか、エリス自身が楔を砕けるとは思わなかった」
イリオはそう言ってじっとエリスを真剣な眼差しで見つめる。
「あれは……私もどうしてできたのかわからないの。でも、あのままじゃいけない、私は絶対に断ち切って見せるって思ったら、できちゃった」
胸に手を当てて、エリスは目を瞑り微笑む。
「楔を打ち砕いたおかげで、こうして一緒にこちらの世界に来ることができた。あいつも、もう二度とエリスには近寄れない。魂の縁を立ち切ったんだ。本当に、よかった」
そう言って、イリオはエリスをぎゅっと抱きしめた。
「……イリオは、私の魂がリーリアさんの魂と同じだってわかってたの?」
「最初は全然わからなかった。でも、ほぼ失われていた力が復活してきてから、だんだんとそうじゃないかって思い始めた。そして、やっぱりエリスはリーリアだとわかって、もう二度と失いたくない、そう思った」
ぎゅうっとエリスを抱きしめる力が強くなる。
「イリオは、私がリーリアさんだから私と一緒にいたいと思ったの?」
エリスの問いかけに、イリオは驚いたようにエリスから体を離してエリスを見つめる。イリオのサファイアのような美しい瞳には、複雑そうで不安げな表情をしたエリスが映っていた。
「それは違う!たとえ魂がリーリアと同じだとしても、エリスはエリスだ。今生きているのはエリスだろ。俺はエリスだから一緒にいたいと思ったんだ」
「そう、なんだ……。私、自分がリーリアさんだとわかった瞬間、当時の記憶が頭の中に流れ込んできて、驚いたの。リーリアさんは本当にイリオのことを愛していて、イリオもリーリアさんのことを愛していて……でも、自分のことのはずなのに、なんだかちょっと胸がモヤモヤするというかなんというか……」
「もしかして、嫉妬したのか?リーリアに?」
くすり、とイリオが小さく笑いながらそう言うと、エリスはムッとするがすぐに寂しそうな顔をしてうつむく。
「そうなのかも。私はまだイリオと出会って間もないし、一緒に過ごした時間だってリーリアさんには敵わない。それに、イリオはもしかしたら私にリーリアさんを重ねてるのかもしれないなって思ったら、なんだか胸がモヤモヤして苦しくて」
「それは違う。俺はエリスにリーリアを重ねたりなんかしない。魂が同じだったとしても、リーリアとエリスはそもそもが違いすぎる。何より、エリスは今エリスとして生きているんだろ。自分でもファシウスにそういってたじゃないか」
(そう、私は私として今を生きてる。私は私として、イリオが好き)
「俺は、あの時エリスがファシウスにそう言ったことが嬉しかった。そして、その強い気持ちがあいつの楔を打ち砕けたんだと思う。だから、エリスは何も不安がる必要はない。俺は、そんなエリスがエリスとして好きだ。信じてくれ」
イリオの真っすぐな瞳はエリスを射抜く。サファイア色の美しい瞳の奥には、まるで熱い炎がメラメラと燃えるように揺らめいているようだ。
(イリオは、私が好き)
エリスはイリオの瞳を見つめながら、小さく息を吐く。そして、嬉しそうに微笑んだ。
「私も、私がイリオを好き」
「ああ、わかってるよ。今回は絶対に離れたりしない。誰にも奪わせない。俺たちは、ずっと一緒だ」
イリオがそう言うと、エリスは嬉しそうに目を輝かせて微笑む。そんなエリスにイリオは顔を近づけると、頬を優しく摺り寄せる。そして、二人は幸せそうに微笑みながら唇を重ね合わせた。
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