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「エリスはどうしたい?」
片手を差し出しながらイリオに尋ねられたエリスは、イリオをただジッと見つめていた。淡い紫色の髪の毛が風にふわりと靡き、ローズピンクの瞳は戸惑うように揺れている。
(もう、こっちの世界には戻れない。戻れなくても私はいいのかな、イリオと一緒に神獣の住む世界で私は生きていけるのかな)
あちらの世界がどんな世界なのかもわからない。ただ、イリオの口調だとエリスが快適に過ごせる場所ということはなんとなくわかる。
(こっちにいたところで、そもそも私には居場所が無かった。私が私でいられるのは、イリオの側でだけ)
こちらに残って、ファシウスと結婚しこの国の王女として生きていくという選択肢だってある。だが、それを考えるとなぜか胸のなかにもやもやしたものが浮かび上がり、ファシウスの笑顔を思い出しただけで気持ちが悪くなる。どうしてそうなってしまうのかはわからないが、恐らくファシウスのことを信用していないからだろう。
なによりも、この国はイリオのことを殺そうとしたのだ。きっと、ファシウスだって同じだろう。そんな国に、そんな世界にいて果たして自分は幸せなのだろうかと疑問になる。
(私は、もう決めていたんだもの。決めていたからこそ、ここまでイリオと一緒に歩いてきた)
胸の前で片手をぎゅっと握り締め、エリスはイリオを真剣な眼差しで見つめる。さっきまで揺らいでいたローズピンクの瞳は、すっかり固い意思を持った瞳に変わっていた。
「私は、イリオと一緒に行く。イリオとずっと一緒にいたいもの」
エリスの言葉を聞いて、イリオは両目を見開き、嬉しそうに微笑む。それから、エリスの手を取って引き寄せ、抱きしめた。
「絶対に幸せにする。今度こそ、エリスを守って見せる」
(今度こそ?)
そう言えば、イリオは今までも何度かそういう言葉を口にしている。エリスは不思議に思って尋ねようとするが、それを待たずにイリオはエリスの手を取って大きな木の穴の前に立った。
「ここを通れば、あちらの世界だ」
イリオに言われて、エリスは向こうの世界を見つめる。そして、そっと穴の中に手を伸ばした。
バチン!
エリスの指先が光と共にはじかれる。はじかれた衝撃でエリスは倒れそうになるが、イリオがエリスの背中をキャッチした。
「大丈夫か?」
「う、うん、ありがとう」
エリスを跳ね返した世界の入り口は、さっきまで見えていたあちらの世界の景色がゆらゆらと揺れ、消えてしまう。突然のことにエリスは驚いて目を見開いていると、エリスの胸元が突然赤紫色に輝き、すぐにその光は消えていった。それを見てイリオは顔を顰めて唸る。
「……やはりエリスの魂に打ち付けられた楔をどうにかしないとだめか。あちらの世界に行ければそのまま勝手に消えると思ったが、考えが甘かったな。まさか拒否されるほどのものだったとは……チッ」
「楔?魂?」
イリオは悔しそうに舌打ちをする。そんなイリオを見ながらエリスは首をかしげた。だが、イリオは何処かを見たままずっと唸っている。
「それにしてもあいつ、エリスの魂にこんなにも強力な楔を打ち付けやがって……!世界の入り口が拒否するなら、俺の力でも完全に消すことはできないかもしれないな。そうなると、やはりファシウスを殺すしか方法はないか。説得したところであいつは同意しないだろう。むしろエリスを攫う気満々だろうしな。あいつの魂が消えれば、おそらく楔も……いやだがだめだ、魂は消せない。くそっ、とにかく何とかしなければ」
(え!?ファシウス殿下を、殺す?)
突然ファシウスという知っている名前が出てきて、しかも殺すと言われてエリスは驚き困惑する。いったい、どういうことなのだろうか?
エリスは世界の入り口に拒否されてしまった。それには理由があるようだが、楔とか魂とかエリスには全然わからないことだらけだ。
「イリオ、あの、いったいどういうことなの?楔ってなに?ファシウス殿下が何か関わっているの?」
戸惑うエリスに、イリオは決心したかのような眼差しをエリスに向ける。イリオの美しいサファイア色の瞳は澄みきっていてあまりにも美しく、エリスは感動するのを通り越して怖いとさえ思う。
「エリス、これから話すことはエリスにとってとても大切なことだ。最初は信じられないかもしれないが、真実だから、よく聞いてほしい」




