10
瀕死の状態で横たわるレイヴンの前に、大きな大きな白銀色の狼がゆっくりと歩を進めて現れた。普通の狼とは違う、なにかとてつもない力を感じて、レイヴンは体にビリビリと電流が走るかのような感覚を覚える。
(……でけぇ狼だな。しかも、なんだ?この言いようのない、圧倒的な力。俺は、食われるのか)
あっけない死に方だと思う。だが、レイヴンは特に後悔もしていなかった。自分の思うまま好きなように生き、好きなように死ぬ。それに、これだけの大きさの狼に食われるなら、自分のこの儚い命も少しは報われるような気がするのだ。
「なあ、狼さん、よ、ゴホッ」
ゼーゼーと荒い呼吸のまま、レイヴンは力を振り絞って狼に話しかける。狼は、レイヴンの声に気付いてレイヴンを静かに見下ろした。サファイア色の瞳がきらりと光る。
(綺麗な瞳だな)
「こんな、ボロボロの、カラスを食っても、ゲホッ、満足しないかもしれないけど、ゴホッ、俺のことを、食って、くれないか。こんなところ、で、朽ち果てるより、ガハッ、あんたみたいな、強くて、大きい狼に、食われるほうが、ゴホッ、よっぽどいい」
レイヴンは血を吐きながらそう言う。狼はレイヴンの話をただ静かに聞いていたが、フイッと空を見上げてしまう。
(食う価値もねぇってか)
それもそうだろう。これだけボロボロな、目の前の狼にしてみれば小さいか弱いカラスだ。こんなもの食べてもまずいだろうし腹も膨れない。レイヴンは自嘲気味に笑う。だが、空を見上げた狼はすぐにまたレイヴンを見下ろす。そして、そっと鼻先をレイヴンに向けた。
レイヴンの体がエメラルドグリーンに輝く。そして、みるみるうちにレイヴンの体のありとあらゆる傷があっという間に回復していった。
(は?え?どういうことだ?)
レイヴンの傷はすっかり治り、横たわっていたレイヴンは立ち上がる。どこもいたくないし、血も吐くことが無い。呼吸も正常だ。信じられない気持ちでレイヴンは狼を見つめると、狼はふん、と鼻を鳴らしてその場から立ち去ろうとする。
「ちょっ、待ってくれよ!一体どういうことだ!?あんた、俺を助けてくれたのか!?」
レイヴンが慌てて話しかけると、狼は振り返ってまたふん、と鼻を鳴らす。
――お前、仲間を助けてそんな状態になったのだろう。お前は普段から周囲のカラスとの調和を守り、自分のいる場所と仲間を守って来た。お前のようなカラスを失うのは惜しい。そう思っただけだ。ただの気まぐれだ、気にするな。あとは自由に生きろ
(俺の行動を、生き様を知っているのか?どうして?それに傷もあっという間に治っちまった。この狼、一体……)
レイヴンは唖然として狼を見つめていたが、狼は気にする様子もなく、その場を立ち去ろうとする。
「あっ、待ってくれ……!うわっ」
レイヴンが呼び止めようとしたその時、突然突風が吹いて目の前が見えなくなる。風が止んだ時には、もう狼は目の前からいなくなっていた。
*
――それからだ、レイヴンが俺のことをあちこち探し回り、見つけるたびに側においてくれとしつこく言ってきた
森の奥でイリオの背中に寄り掛かり、エリスはイリオの昔話を聞いていた。
『あんたは俺の命の恩人だ!あんたの側で働きたいんだよ、何でもする!だからあんたの側に置いてくれ!』
そう言って、レイヴンは来る日も来る日もイリオを探し見つけてはそう言ってイリオの周りを飛び回った。
――最初はそのうち飽きるだろうと思って無視していた。だが、飽きる様子もなく、何日も何か月もそれを続けるんだ
「レイヴンさん、ほんとうにイリオに感謝して、イリオのことが大好きになったのね」
エリスがフフッと嬉しそうに笑うと、イリオはワフッと小さく唸ってから自分の両手に顎をのせる。
――それで、仕方が無く従者にすることにしたわけだ
そう言って、イリオはまた昔を懐かしむようにサファイア色の瞳を細めた。
*
――お前は本当にしぶといな。いつまで続けるつもりだ
狼姿のイリオの前に、レイヴンはちょこちょこと周囲を歩きまわる。
「あんたが俺を側に置いてくれるまでだよ。俺はあんたの側で生きていきたい。あんたは命の恩人だ。それに、あんたは俺みたいなちっぽけでどこにでもいるただのカラスの生き様を、きちんと見ていてくれた。そんなあんただからこそ、俺はこの命をあんたのために使い切りたい」
レイヴンの黒い宝石のような瞳が月明かりに照らされてキラキラと光る。イリオはワフ……とため息のようなうめき声を鳴らすと、その場に座る。
――お前は諦めるということを知らないのか。まあいい。そこまで言うなら、お前を従者にしてやろう
「本当か!?」
――だが、俺はこの森の神獣だ。神獣の従者になるということは、お前の命は俺が全て掌握するということだ。お前の寿命も延びる。簡単には死ぬことは許されない。お前はこの森のために生き、働く。それでも、お前は俺の従者になりたいか?
イリオの言葉に、レイヴンはゴクリと喉を鳴らした。この大きな狼は神獣で、従者になればもう自分の意思で死ぬことも許されない。だがたとえ、そうだとしても。
「ああ、構わない。あの時、俺は一回死んだようなものだ。でも、あんたに助けられた。あの時から、俺の命はあんたのものだ。後悔なんてしない」




