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「今日はこのくらいにしておこうかな。森の恵みに感謝しなくちゃ。いつもありがとう」


 そう言って、淡い紫色の髪の長い毛をふわりと風に靡かせ、ローズピンク色の瞳を周囲に向けて小さくお辞儀をするのは伯爵令嬢エリス・ファミルトン。両手には薬草やキノコ、食べられる植物などが入ったバスケットを持っている。エリスが自分の住む屋敷に戻るため森の中を歩いていると、前方に白銀のモフモフの塊を見つけた。


(なんだろう?生き物?)


 小走りで駆け寄ると、その塊はどうやら犬に見える。あちこち怪我をしていて、血だらけになっており、呼吸も荒い。今にも息が絶えてしまいそうでエリスは慌てて犬のそばにしゃがむ。


「大変!一体どうしたの!?」


 エリスは両手をかざし、治癒魔法をかける。少しずつ、怪我が治っていくが、深い傷は完全には塞がらないようだ。


(どうしよう、完全には治ってないみたいだし、こんな森の中に放置してたら他の生き物にやられてしまうかも……本当はダメだけど、やるしかないわよね)


 エリスはよし、と気合を入れて、また両手をかざす。すると、今度はエリスと犬の周囲に大きな魔法陣が浮かび上がった。エリスが集中すると、魔法陣は青白く光輝き、その光が消えるとエリスたちの姿は無くなっていた。



 *



(よし、転移魔法完璧!)


 屋敷の玄関ホールに着くと、エリスたちに気づいたメイド長が慌てて走り寄ってきた。


「エリス様!その生き物はどうなされたのですか!?しかも転移魔法なんて使って、本家にバレたら大変です」

「ごめんなさい、でもこの子、見捨てておけなくて。治癒魔法をかけたのだけど、まだ完全に傷が塞がってない所もあるから、屋敷で休ませてあげたいの」

「……はあ、エリス様はそうやってすぐ傷ついた生き物を拾ってくる。小さいものなら仕方ないと思いますが、今回はちょっと大きすぎるのではありませんか?」

「う、ごめんなさい。完全に治ったらちゃんと森へ返すから」

「当たり前です!」


 メイド長が呆れたようにいうと、エリスは肩をすくませてから犬を見る。傷を治したときに汚れを綺麗にする魔法もかけたが、白銀の毛並みはふわふわとして見るからに美しかった。すやすやと眠る顔はまだ幼く、とても可愛らしい。


(あんな所でどうして死にそうになってたんだろう。そもそも、あの森に野生の犬なんていたかしら?もしかして、捨て犬?)


 だとしたら可哀想だ。もしそうならいっそのことこの屋敷で……と思ったが、おそらくメイド長が許さないだろう。


(とにかく、まずは傷を完全に治してあげないとね)


 エリスは微笑みながら、犬を優しく撫でて上げた。


 

 *



 翌日、犬は目が覚め、エリスや屋敷を見て驚き錯乱する様子を見せたが、エリスが辛抱強く寄り添うことによりすぐに落ち着きを取り戻した。


「あなたの瞳、サファイアみたいでとっても綺麗!」


 エリスが目を輝かせてそう言うと、犬はベッドの上で横たわったまま耳をピクリ、と動かし、尻尾をブンブンと振った。


(フフッ、思うように動けなくても、感情の表現はできるのね)


 その後、エリスは献身的に世話を焼いて、拾った時点では瀕死の状態だった犬はみるみる回復していった。そして、エリスが犬を拾ってきてから数週間後。


「傷もほとんど塞がったし、そろそろ森に返してもいい頃ね。でも、あの森に犬なんていないはずなのに。あなたはどこからきたの?」


 エリスの問いかけに、なぜか犬は耳と尻尾を下げてワフッと不満げに唸っている。


「あなたとおしゃべりできたらいいのに。でもそんなことできないものね。そろそろ寝ましょうか」


 そう言って、エリスがベッドの中に入ると、犬は当然のようにエリスの横に寝そべる。エリスが世話を焼いている間、エリスは犬を自分のベッドに寝かせてどんな時でもそばにいた。


「最初は、あなたが傷の痛みに苦しんだりしたときにすぐに対処できるようにってそばにいたけれど、今はすっかりここが定位置みたいになってるのね」


 フフッとエリスが笑って優しく撫でると、犬は当然だという顔で撫でられている。そんな様子を見てエリスは苦笑すると、ベッドの中で横になって目を閉じた。


「おやすみ。また明日」







 エリスが寝返りを打つと、手が何かに当たる。それは人の体のようなものに感じられてエリスは不思議に思う。


(んん……何かにぶつかった?あの子はもっとモフモフなはずなのに)


 なんだろうとうっすら目を開けると、そこには見知らぬ男がすーすーと寝息を立てて寝ていた。エリスは寝ぼけながら目を擦り、もう一度目の前をよく見るが、そこには犬ではなくやはり見知らぬ男がいる。しかも男の上半身はなぜか裸だ。視界に映らない下半身が裸かどうかについてはわからないし、正直言ってわかるのが怖い。


 とにかくその状況にエリスの思考回路はストップし、ただただ目の前の男をじっと見つめる。綺麗な白銀の髪の毛に、目を閉じていても見るからに美しいだろうと分かるほどの見た目だ。年齢は自分と同じくらいか、少し上だろうか。


(えっ、誰?……夢?ああ、これは夢か、そうよね、夢じゃなきゃおかしいもの)


 そうだそうだ、これは夢だ、夢に決まっている。エリスはそう自分に言い聞かせて目を閉じた。だが、横から男が動く気配がする。そして、エリスの体に何かが絡まった。


(んん!?何!?)


 驚いて目を見開くと、目の前の男も起きたようで眠そうな目をこちらに向けている。瞳は拾った犬と同じサファイアのような綺麗な色をしていた。さっき体に巻きついた何かは、どうやらその男の腕のようだ。


「……おはよう、エリス」


(ひっ!喋った!)


 思わず叫びそうになり、エリスは両手で自分の口元を塞いだ。そんなエリスを見て、男は不思議そうな顔でエリスを見つめている。


「どうした?」


 少し低めの良い声でそう聞かれ、エリスは両目を見開く。そんなエリスの両手をそっと口元から外して、男はエリスのローズピンクの髪の毛を優しく撫でた。


「ようやくこうやってエリスを撫でてあげられる。いつもは俺がしてもらってばかりだったからな。これはお礼だ」


 フッ、と優しく微笑むと、男はまたエリスを優しく撫でる。


(お礼?って何の?えっ?っていうか、すごいイケメンに頭撫でられてる……?)


 突然のことでエリスはキャパオーバーになり、そのまま気を失ってしまった。




 


(んんん、あれ、私、寝てた?)


 ふと目が覚めて目を開くと、また見知らぬ男がいた。


(まだいる!?まさか、夢じゃなかったの!?)


「な、なんで……?あなた、一体誰なんですか?どうしてこんな、私のベッドの中に?しかもなんで上半身裸?」


 混乱するエリスを見て、男はふむ、と呟いてから体を起こして指をパチンと鳴らす。すると、男の体に服が現れた。


「これでいいか?それに、なんでってエリスが俺をベッドの中に入れてくれたんだろう」

「えっ?私が?そんな、あなたのことなんて知りません」


 エリスも体を起こして慌てて否定すると、ああ、と男は少し笑って、また指を鳴らした。すると、ポンっとその場に煙が上がって、そこには世話をしていた白銀の犬の姿があった。


「えっ?どうして?どういうこと?」


 あの犬がさっきの見知らぬ男ということだろうか?エリスが驚いていると、またポンッと煙が上がり、またさっきの男の姿になっていた。


「これで分かっただろ?」

「そんな、本当にあのワンちゃんなの……?」

「あ、そうだエリス。俺は犬じゃない。狼の神獣だ。名前は色々あるが、まぁそうだな、イリオと呼べ」

「……えっ、オオカミ?」


 男に言われてエリスは首を傾げる。すると男は眉を盛大に顰めた。


「お前まさか狼を知らないのか?」

「いえ、知ってますけど、実物を見るのは初めてで……それに神獣?あの、童話に出てくる?」


 エリスに言われて、イリオは盛大にため息をついた。


「今の時代では神獣は童話扱いか。まあ、人間との関わりが昔よりずいぶん薄くなってしまったから仕方ないといえば仕方ないが」


(私、神獣様を拾ってしまったということなの?本当に?でも、現に変身する姿を見てるわけだし信じないわけにもいかないわよね)


「あの、それで、イリオ様は神獣、なんですよね?えっと、もしも無礼なことをしていたらお許しください。神獣様だとは知らなかったので」

「別に気にすることはない。そもそも俺はエリスに助けられた。あのまま死んでも良かったが、お前に助けられて力も回復している。それに、お前の側は居心地がいい」


(え?死んでも良かった、って言った?)


 エリスが困惑したような顔でイリオを見つめると、イリオはフッと微笑んでエリスの髪に手を伸ばす。


「エリス、俺に敬語は必要ない。お前は俺の恩人だ。それにお前が俺を世話していた時と同じように接してほしい。お前は人間だが、対等でいたいんだ」

「えっ、そんな……」

「お前が嫌がるなら、……そうだな、これは命令だ。これなら納得せざるを得ないだろ?」

「う……わかりました、じゃない、わかったわ」


 エリスがそう返事をすると、イリオは満足そうに頷いた。


「よし、まだ朝までは時間がある。それまで寝よう」


 そう言ってエリスを抱きしめると、ベッドの中にモゾモゾと入り込む。


(いや、ちょっと待って、抱きしめられてる!?ええ!?)


「えっ、いえ、ちょっと待って!このまま寝てたら、メイドたちが起こしに来たときに驚いてしまうでしょう」

「ああ、それもそうか。チッ、せっかく人の姿になれるようになってエリスを抱きしめて寝れると思ったのに、仕方ない」


 そう言うと、イリオはポンッと狼の姿になる。その姿を見て、エリスはなんだかとても安心した。


(ああ、良かった。可愛い犬、じゃなかった、狼の姿だわ)


 エリスはホッとして狼姿のイリオを抱きしめると、そのふかふか具合に安心したのか、すぐに寝息を立て始める。


 ――全く、狼の姿だと簡単に心を開くんだな


 クゥ、とイリオは小さく唸ってから目を閉じた。



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