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第31話 地下の再会と父の秘密

 地下牢の重苦しい静寂を破り、場にそぐわない冷徹な足音が近づいてきた。

 鉄格子の向こう側、松明の頼りない光の中に現れたのは、後宮のあらゆる事務を統括し、皇帝の影として恐れられる総管であった。


 彼は無残に壊された道具箱の残骸を、感情の失せた瞳で見下ろした。そして、片手の枷を外し、歯でヘアピンを噛み締めながらもう片方の解錠を試みていた蘭瑛ランエイの姿を認めると、低く、鼻で笑うような溜息をついた。


「……相変わらずだな。あの男の娘だけあって、諦めの悪さだけは一級品だ」


 蘭瑛は口からヘアピンを離し、泥に汚れた顔を上げて鋭い視線を向けた。

「李総管……。私を嘲笑いに来たの? それとも、玄天の指示で引導を渡しに?」


「勘違いするな。私は忙しい身だ。ただ、十三年も続いていた胸焼けを、いい加減に解消しに来たに過ぎん」

 李総管は、懐から古びた一片の布を取り出した。そこには、黒ずんだ血の跡と共に、蘭瑛が見慣れた父の筆跡で、家族の名前が走り書きされていた。


「蘭瑛。お前の母親は、お前の父親を『家族を捨てた無責任な男』と呼び、お前もそれを呪って生きてきたはずだ。……だが、真実はもっと滑稽で、残酷なものだぞ」


 蘭瑛の心臓が、喉元まで跳ね上がった。李総管の声には、後宮という泥沼で生き抜いてきた者特有の、冷ややかだが重い真実味が宿っていた。


「十三年前、お前の父親がスパイ容疑をかけられたのは、偶然ではない。玄天が仕組んだ罠だ。当時、あの男の才能を何よりも恐れていた玄天は、陛下に『あいつの奇術は呪術による暗殺の予行演習だ』と吹き込み、お前の父親を反逆者に仕立て上げた」


「……そんな。お父さんは、ただ人を喜ばせたくて……」


「あぁ、そうだ。あの男は馬鹿正直だった。お前の父親はその時、すでに『昇天の楼閣』の雛形を完成させていた。だが、玄天はその設計図を奪い取り、装置を『皇帝を圧殺するための処刑台』に作り替えるよう迫ったのだ。拒めば、妻であるお前の母親と、当時まだ幼かったお前の命はないと脅してな」


 蘭瑛の喉が、熱い塊を飲み込んだように詰まった。

 李総管は格子に手をかけ、闇の中にいる蘭瑛をじっと見据えた。


「お前の父親は、玄天に設計図を渡したように見せかけ、実はそこに『特定の手順を踏まねば自壊する』という致命的な欠陥を仕込んだ。しかし、父君が細工をしていた事実が天玄の耳に入ってな。自分の口から真実が漏れて家族に火の粉が飛ばぬよう、自ら毒を飲み、スパイとしての汚名を背負ったまま国師反逆の罪でこの牢で果てた。……自分の命を『目くらまし』に使い、お前たちの未来を買い取ったのだ」


「……守るためだったの? 私たちを……あんなにお父さんを憎んでいたお母さんまで?」


「そうだ。自分一人が悪人として死ねば、家族は『犯罪者の遺族』として蔑まれるが、少なくとも『反逆の共犯』として処刑されることはない。あの男は、最後の最後までマジシャンとして、自分自身の死という最大の手品で、お前をこの世に残したのだ」


 蘭瑛は、震える両手で顔を覆った。

 十三年間、自分を支えてきたのは「父への誇り」と、それ以上に「なぜ捨てたのか」という深い傷跡だった。その傷が今、李総管の冷徹な告白によって激しく疼き、同時に癒えていく。

 お父さんは、逃げたのではなかった。

 世界で一番孤独な、けれど世界で一番優しい「命がけの手品」を演じきったのだ。


「玄天は今、お前の父親が遺したあの不完全な設計図を使い、陛下を暗殺しようとしている。蘭瑛、あの男の最後の手品を完成させ、泥に塗れた汚名を返上できるのは、この世にお前しかいないのだ」


 李総管はそう言い捨てると、番人が戻る前に背を向け、闇の中へと消えていった。


 一人残された蘭瑛は、外れたばかりの自由な片手で、冷たい石壁を強く叩いた。

 涙が止まらなかった。けれど、その涙はもう絶望のものではない。自分を呪い、父を憎んでいた過去の自分への決別だった。


(お父さん……。ごめんなさい。貴方が命をかけて守ってくれたこの手を、私は……)


 蘭瑛は、再びヘアピンを口にくわえた。

 残るは、錆びついたもう一つの錠前。

 父が自らの命を小道具にしてまで守り抜いた、この指先。

 今度は自分が、父の遺した不完全な「昇天の楼閣」を、本物の奇跡へと変えてみせる。


 その時、地下牢の隅、父が刻んだ「幸運の紋章」の周囲に、わずかな月光が差し込んだ。

 蘭瑛は気づいた。その紋章は単なるサインではない。特定の角度から光が当たった時だけ浮かび上がる、ある「仕掛け」への誘導路であることを。


「……待ってなさい、玄天。お父さんのマジックを汚した罪、その命で償わせてあげる」


 蘭瑛の瞳に宿ったのは、十三年分の愛と怒りが混ざり合った、かつてないほどに静かで、激しい奇術師の輝きだった。


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