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第17話 封印された三日間

 夜の後宮、総管の詰所は、かすかな香の煙と古びた紙の匂いに満ちていた。

 載淵サイエンが入り口に立ち、威圧感を持って周囲を下がらせる。部屋の中には、李総管と、彼を見つめる蘭瑛ランエイの二人だけが対峙していた。


「……いつかは来ると分かっておったよ。あの幻術師、蘭鳳ランホウの娘よ」

 李総管の枯れた声が、静寂を震わせる。

玄天ゲンテンが動いたということは、もう隠し通せる時期は過ぎたということだ」


 蘭瑛は、震えそうになる指先を袖の中で強く握りしめた。

「李総管、教えてください。父は……私の父は、なぜあの日、自ら命を断たねばならなかったのですか? 母は、父が借金に苦しみ、絶望して逃げたのだと言いました。でも、私の記憶にある父は……」

 蘭瑛の震える問いに、李総管は目を閉じ、重い沈黙の後に口を開いた。


「……あの日、蘭鳳殿は完璧に演じておられた。だが、舞台の裏で原因不明のボヤ騒ぎが起きたのだ。何かが仕掛けられていたのか、単なる事故だったのか……。結局、真相は闇の中だ。だが、陛下は激怒され、父君は術師としての資格を剥奪、三ヶ月の謹慎を命じられた」


 蘭瑛は息を呑んだ。

「事故……? でも、父がそんなミスを犯すはずがありません」


「私もそう信じたかった。だが、蘭鳳殿は反論の一つもせず、三ヶ月の謹慎期間中、ただ黙々と道具を磨いておられたよ。……私や数人の仲間も、力を貸すと申し出た。だが、父君はそれをすべて断り、三日目の夜、誰にも何も語らぬまま、静かに息を引き取られたのだ」


 李総管の枯れた声が、蘭瑛の胸を締め付ける。

「なぜ……? なぜ父様は、無実を訴えなかったのですか? 母様があんなに父様を責めたのも、父様が何も説明せずに死んでしまったからです。父様が、家族を捨てて逃げたのだと、今でも母様は信じているのに!」


「……わからんのだ、蘭瑛。あの時、舞台の責任者だったのは、若き日の玄天だ。奴が父君を陥れたのではないかという噂もあった。だが、証拠はどこにもなく、何より当の蘭鳳殿が、玄天を最後まで信じ、沈黙を貫かれたのだから……」


 蘭瑛の指先が、怒りと悲しみで小さく震える。

 母が言う「借金に負けた敗者」としての父。一方で、李総管が語る「不可解な沈黙」を選んだ父。

 父を慕っていたはずの玄天が、なぜ今、その娘である自分を消そうとするのか。すべての「タネ」が繋がっているようで、決定的な証拠だけが指の間から滑り落ちていく。


「父君は最期に、ただ一言だけ私に仰った。『李殿、いつかあの子がこの場所へ来たら、柳家の道具箱を渡してやってくれ。……それだけが、私の遺した唯一の答えだ』とな」


 蘭瑛は、父の形見である道具箱を強く抱きしめた。

 父は、マジシャンとして最大の「沈黙」という嘘をついた。それは、一体誰を、何を守るための嘘だったのか。


「……父様。貴方の『答え』、必ず私が暴いてみせます」


 入り口で聞いていた載淵が、静かに蘭瑛の隣に立った。

「……得られたのは、確かな証拠ではなく、より深い疑念だけか。……だが蘭瑛、それでいい。見えない糸を辿り、その先に潜む蜘蛛を引きずり出すのが、我々の仕事だ」


「……はい。載淵様。私は、父が沈黙を守ったその三日間に、何があったのかを突き止めます。……それが例え、父の誇りを汚す真実だったとしても」


 蘭瑛の瞳に、激しい葛藤と、それを飲み込むほどの覚悟が宿った。

 父の死という「最大の謎」を解くための、孤独な挑戦がここから始まる。


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