第12話 真冬の牡丹(後編)
三日後の夜。中庭には、麗妃を筆頭に後宮の有力者たちが勢揃いしていた。
深々と雪が降り積もり、空気は刃のように冷たい。庭の中央には、蘭瑛が指定した通り、雪がうず高く積もった不自然な「円丘」が作られ、その周囲を道士・明覚が仰々しく祈祷の炎で囲んでいた。
「さあ、時だ。蘭瑛! 花を咲かせてみせよ。さもなくば、その首、龍神への供物とならん!」
明覚が勝ち誇ったように叫ぶ。
蘭瑛は、いつものボロボロの道具箱を傍らに置き、載淵の隣に静かに立っていた。
載淵は、蘭瑛の凍えた指先をじっと見つめ、低い声で囁く。
「……死ぬ準備はできているか」
「いいえ。……最高のカーテンコールの準備なら、できておりますわ」
蘭瑛が指をパチンと鳴らした。
それが、奇跡の合図だった。
円丘を覆っていた雪が、内側からボコボコと沸き立つように震え始めた。
(……実際には、月光に雪を溶かす熱なんてない。けれど、こうして『氷のレンズで光を集める儀式』を見せつければ、人は勝手に『光の力で雪が溶けた』と錯覚してくれる)
本当の主役は、雪の下に隠された「排煙路」だ。
この中庭の地下には、建物を温めるための床暖房(地炕)の煙道が通っている。蘭瑛は数日前から、掃除を装ってその通気口を改造し、本来は外へ逃げるはずの「熱い煙と湿り気」を、円丘の真下に集中させるように土を掘り、空洞を作っていたのだ。
さらに、熱を効率よく伝えるため、蘭瑛は道具箱から「銅製の古鍋や盆」を数枚取り出し、それを雪の中に埋め込んで「熱の通り道」を作っていた。
地下を流れる熱気と、氷のレンズによる視線誘導。
急激に地下から温められた雪が、白い蒸気となって立ち上る。
その蒸気のカーテンを割って、現れたのは――。
鮮やかな、血のような紅。
雪の白さの中で、大輪の牡丹が、まるで呼吸をするように一斉にその花弁を開いたのだ。
「……おおっ……!」
麗妃が感嘆のあまり、椅子から立ち上がる。
一つ、また一つ。蘭瑛が仕込んだ「特殊な和紙と薄絹」の花が、地下からの熱気で形状記憶合金のように展開し、本物の牡丹と見紛うばかりの芳香(蘭瑛が事前に調合した香油)を周囲に振りまいた。
「バカな……! 真冬に花が咲くなど!」
明覚が腰を抜かし、祈祷の杖を落とす。
蘭瑛は、蒸気の中からゆっくりと歩み出ると、麗妃に向けて優雅に一礼した。
「麗妃様。これが、龍神様ではなく、私が貴女のために仕立てた『最高の嘘』にございます。……神の奇跡はございませんが、私にしか作れない春は、ここにございますわ」
静寂が庭を包み、次の瞬間、麗妃の拍手が夜の静寂を破った。
「見事……! 実に見事だわ、蘭瑛! 道士の不気味な呪詛よりも、あなたのこの『温かい魔法』の方が、ずっと私の心に響くわ」
狂乱が去り、深夜の回廊。
載淵は、満足げに道具を片付ける蘭瑛の背後に立っていた。
「……地中からの蒸気と氷のレンズか。貴様の頭の中には、一体どれだけの法則が詰まっている」
「種も仕掛けもございます、とお伝えしたでしょう? 載淵様」
蘭瑛が振り返ると、載淵は彼女の頬に触れ、そのまま耳元の髪を指で遊ばせた。
「……だが、あの大輪の紅。雪の中に咲いたあの光景だけは、論理だけでは語れぬ美しさがあった。認めよう。貴様の腕は、私の想像を遥かに超えている」
載淵の瞳には、かつてないほどの熱い称賛、そして――彼女を自分だけの暗室に閉じ込め、その才能を独占したいという狂おしいほどの情動が宿っていた。
「蘭瑛。貴様のその指。……誰にも触れさせるな。貴様の嘘を、私だけに永遠に捧げろ」
載淵は、蘭瑛の手首を強く引き寄せ、その指先に、誓いを立てるかのように深く、刻印を刻むような接吻を落とした。
「……御意に、私の最高の『パトロン』様」
蘭瑛は不敵に微笑み返し、彼の胸元から、いつの間にか奪い取っていた玉佩をひらひらと見せて笑った。
二人の知恵比べは、また一歩、危険で甘い領域へと踏み込んだ。
※ このトリックの正体は「お城の床暖房をハッキングしたこと」です!
• 地下のボイラー
当時の中華宮廷には「地炕」という、床下に熱風を流すハイテクな暖房がありました。
蘭瑛は掃除のふりをして、その熱風をこっそり庭の雪山の下へ引き込んだんです。
• 熱々のスチーム
雪の中に銅の鍋(熱を通しやすい!)を埋めておき、地下の熱を効率よく雪に伝えました。だから、ボコボコと蒸気が上がって雪が溶けたのです。
• パッと開く仕掛け
雪の下には、和紙で作った「ニセモノの牡丹」が隠されていました。この花は、熱い蒸気を浴びるとバネの力でパッと開く仕組み。そこにいい香りの油を塗っておけば、もう誰も本物と区別できません。
蘭瑛は「氷のレンズで月光を集める」というそれっぽい嘘を見せることで、みんなの目を「地下の床暖房」から逸らしたわけです。




