第11話 真冬の牡丹(前編)
「――三日後。この雪が降り積もる中庭に、大輪の牡丹を咲かせなさい」
麗妃の言葉に、その場にいた女官たちは凍りついた。
外は、吐く息も白く凍る仲冬だ。本来、春に咲くはずの牡丹を、雪の中で開花させるなど、神仏でもない限り不可能である。
だが、麗妃の瞳は真剣だった。その視線の先には、道士・明覚が恭しく跪いている。
「……龍神様の加護があれば、不可能ではございません。しかし、そのためには莫大な祈祷の供物と、そして――」
明覚が、チラリと傍らに立つ蘭瑛を冷笑した。
「不吉を呼ぶ『疑い深き者』を、儀式の生贄として捧げねばなりませぬ。さもなくば、花は枯れ、麗妃様にも災いが降りかかるでしょう」
明覚の狙いは明白だった。前回の屈辱を晴らすため、麗妃を唆し、蘭瑛を「失敗の責任」という形で処刑台へ送ろうというのだ。
もし花が咲かなければ、現場にいた蘭瑛が「呪いの元」として首を跳ねられる。
「蘭瑛。……できるかしら?」
麗妃が、試すような、あるいは楽しむような目で蘭瑛を見る。
小翠は隣で顔を真っ青にし、ガタガタと震えていた。
だが、当の蘭瑛はといえば――。
(……牡丹。あの幾重にも重なった花弁、どうやって一瞬で展開させようかしら。薄絹を使う? いえ、それじゃ質感が偽物っぽくなるわね)
蘭瑛の脳内は、処刑への恐怖など微塵もなく、「真冬に牡丹を咲かせるマジック」の設計図で埋め尽くされていた。
「蘭瑛、聞いてるの!?」
小翠の悲鳴のような囁きに、蘭瑛はようやく現実へ引き戻された。
「あ、はい。……麗妃様。花の『タネ』、いえ、花の種が、三日で芽吹き、大輪を咲かせる奇跡……私なら、道士様よりも『美しく』お見せできるかと存じますわ」
蘭瑛は、あえて明覚の目の前で、不敵な笑みを浮かべてみせた。
その様子を影から見ていた載淵が、音もなく蘭瑛の隣へ歩み寄る。
「……正気か。失敗すれば、私の権力をもってしても、公衆の面前での処刑は免れんぞ」
載淵の声は低く、苛立ちを孕んでいた。蘭瑛が自分に相談もなく、死の賭けに乗ったことが気に入らないのだ。
「載淵様、失礼ですが。……マジシャンは、舞台の上にいる時が一番安全なのですわ」
蘭瑛は、載淵にしか聞こえない声で囁き、彼の衣の裾を軽く指先で弾いた。
「真冬の牡丹なんて、最高に贅沢な嘘だと思いませんか? 観客である貴方に、最高の一等席をご用意しますわ」
載淵は、蘭瑛の狂気すら孕んだプロ意識に、深く溜息をついた。だが同時に、その瞳には抗いがたい期待が宿る。
「……三日だ。三日後、貴様が首を跳ねられるか、あるいは私が貴様の嘘に跪くか。楽しみにしているぞ」
蘭瑛は、自室へ戻るなり、道具箱をひっくり返した。
命がかかった三日間。
彼女が考えていたのは、遺言でも脱出経路でもない。
「いかにして、雪の白に、最も鮮やかな赤を咲かせるか」
ただ、その一点だけだった。




