9.遅刻
翌朝、俺はいつも通りの時間に目を覚ました。
手早く身支度をして、家を出た。
向かった先は、エリスの指定した冒険者ギルド本部。
家を出て程なくして、冒険者ギルド本部にたどり着いた。
「おはようございます。カイルさん」
冒険者ギルド本部では、既にエリスが待っていた。
「おはよう。昨晩も遅かったのに、仕事熱心だな」
「えへへ。そんなに褒めても何も出ませんよ?」
「それで、初仕事の内容を教えてくれるか?」
「ああ、そうでしたね」
エリスは本部の奥に俺を通した。
エントランスを過ぎて少し歩くと、本部の建物内には酒場が併設されていた。
「さ。こっちです」
「え、酒場に?」
「はい」
「……というか、なんで本部内に酒場があるんだ」
「うふふ。当然の疑問ですね」
エリスは得意げに腕を組んだ。
「はて、なんででしょうね?」
「知っている人の雰囲気を醸し出してたじゃないか」
思わず、俺はツッコんだ。
「ごめんなさい。冒険者ギルド本部に酒場がある理由は、冒険者からの希望があったためです」
「希望?」
「ええ。まあ、冒険者なんて言ってしまえば、荒くれ者の集いじゃないですか」
「言い方」
「そういう連中は、とにかくパーっと騒ぎたいものなんです」
「……それで、酒場、か」
まあ、確かに。
冒険者は仕事以外の時間は酒場で酒を飲んでいる印象があるのも事実。
しかし、冒険者の要望で建てられたにしては、酒場は随分とその……繁盛していない。
「元々は、優良店が入ってたんですけどね。前の酒場のオーナーは経営難で夜逃げしてしまって。次に入った酒場は、どうにも経営にやる気がないらしく」
「値段、高すぎるだろ」
商品メニュー札に書かれた金額を見ていたら、相場の二倍はありそうな金額が書かれていた。
「安心してください。味もイマイチです」
「安心出来るか」
「とりあえず座って」
エリスに促されるまま、俺は酒場の椅子に腰を下ろした。
……なんで座らせた?
エリスの奴、今さっきとてつもなく否定的な言葉を並べた酒場の椅子に、どうして俺を座らせた?
「まさか、俺の初仕事って……閑古鳥が鳴いているこの酒場のお客になれって話か?」
「え? ああ、違います違います。そんな酷いことするわけないじゃないですか」
この酒場のお客になることを、酷いことって言いましたか、この人……?
「この酒場の椅子は、あくまで借りただけです」
「はあ」
「今日のカイルさんの仕事、それは座って行う仕事です」
……座って行う仕事?
一体、どんな命がけの仕事をさせられるのか、と構えていたが、もしかしてアテが外れたか?
「どういうことだ?」
「まだピンと来ていませんか」
どうやらエリスは、俺になんとか初仕事の内容を当ててほしいらしい。
……いや別に、俺が当てなきゃいけない理由も、別になくないか? という疑問はさておき、このままだと埒が明かない気がしたため、俺は真剣に考えることにした。
座って行う仕事、か。
「掃除、は立ってないと出来ないもんな」
「そうですね」
「書類整理とか?」
「冒険者がやる仕事ではないですね。ただ惜しい。座って行った上で、机が必要なことも合っています」
「ふむ……」
「わかりませんか?」
「……実を言うと一つ、これじゃないかと思っている仕事がある」
「ほう」
「しかし、これが当たっているとは、到底思えない」
「でも、とりあえず言ってみたらどうです?」
……言うだけ無駄な気もするが、彼女がそういうのであれば仕方がない。
「まず、あなたの言い振り的に、今日の俺の仕事は机に向かって座っていないといけない仕事、ということになる」
「そうですね」
「机に向かって座ってやる仕事、と言えば……書き物が思い付く」
「ふむふむ」
「しかし、あなたの言い振りでは、書類整理ではない、と来た」
「それで?」
「冒険者らしい仕事。それでいて、書き物が必要な仕事。次に注目したのは、場所。ここは酒場。お客がリラックスしながら飲料片手に雑談を交わらせる場所だ。だとすると、喋りながら書き物をする仕事が思い付くが……生憎俺は、そんな器用なことは出来ない」
「……」
「ただ、ここが雑談を交わらせる場所だと考えたら、会話には二人以上の人間が必要だということに気が付いた」
「一人で会話を楽しむ人もいるかもしれませんよ?」
「そんな狂った人間がいてたまるか。とにかく、会話に二人以上の人間が必要だと考えると、一つの光景が頭に浮かんだ」
「どんな光景です?」
「それは、質疑応答に答える人の姿。そして、質疑をしながら、メモを走らせる人の姿だ」
エリスは黙って微笑んでいた。
「エリス。あなたが今日、俺にさせようとしている仕事は……インタビューの仕事ではないか?」
具体的には、俺がインタビューを受ける人。エリス……か、もしくはこれから来る誰かが、インタビュアーだ。
「ねえ、カイルさん」
「なんだ」
「あなたはさっき、インタビューの仕事を言う前に、自分が考えが当たっているとは到底思えない、と言っていたじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「どうしてそう思ったんです?」
「……そりゃあ、思うだろ」
俺は俯いた。
「そもそも、インタビューをする相手、というのは、インタビューをされるだけの注目を集める人間でないといけない。俺はまだ冒険者見習い。というか、王都での初仕事さえ碌にこなしていない身だぞ。そんな人間をインタビューして何になる。インク代と記者の時間の無駄だ」
「ふむ」
「だから、脳裏にその仕事が浮かんだが、違うと断定したんだ」
「……カイルさん」
エリスは呆れたようにため息を吐いた。
彼女のその反応を見て、俺は察した。
どうやら、俺が考えていた通り、今日の俺の仕事はインタビューの仕事ではなさそうだ。
まあ、当然の話だ。
そういうのは、もっと実績を積んでからされるべきだ。
「正解です、カイルさん」
「……へ?」
「だから、正解。大正解です。いやあ、素晴らしい洞察力ですね。今日のあなたの仕事、それはインタビューを受けることです」
俺は開いた口が塞がらなかった。
「なんで?」
しばらくして、俺は怪訝な目でエリスを見た。
「さっきも言っただろ。俺はまだ、冒険者としては何の実績もない。そんな男をインタビューして、一体何になる?」
「なりますとも。というか、そもそもあなたは、既に冒険者としての実績十分じゃないですか」
「……そんなバカな」
「黎明の『ナイル』」
エリスに父の二つ名を呼ばれ、俺は黙った。
「あなたの父は、あのナイル・ドゥラン。英雄と呼ばれた男の息子が冒険者となった。陰鬱としたこの時代に誕生した、そんな輝かしいダイヤの原石を見せつけられたら、誰だって興味関心が沸くでしょ?」
「……父を商売道具にしろと言うのか?」
「何か問題でも?」
「ああ、ある」
「具体的には?」
俺は黙った。
「ナイル・ドゥランの名を使っての売名行為に顰蹙を覚えたのは、あなたの個人的な問題。具体的な問題は特に思い付かないですよね?」
確かにその通りだ。
「むしろ、あなたの父の名を使っての売名行為は、英雄になる上で絶対に欠かせません!」
ぐうの音も出ない。
「何故なら、英雄になる上で一番大切なことは民意ですから」
ただ、なんだろう……。
……この女は時々、合理的なあまり、人の気持ちを平気で踏みにじってくるところがある。
「カイルさん。それに、むしろこれは、一つの名誉回復になるのでは?」
「名誉回復?」
「一部界隈では、英雄になった後、戦地で倒れたあなたの父を敗北者、だとか、史上最低の英雄、だと卑下する輩がいます」
そういう存在がいることは、さすがの俺でも知っていた。
というか、俺が王都を去る原因の一つになったのは、そういう連中から浴びた壮絶な暴力だ。
「ナイル・ドゥランの息子が冒険者になり、父にも負けない圧倒的才能で英雄となる。そうなれば、あなたの父をなじった連中も、あなたの父を見直すきっかけになるかもしれない」
「……なるほどな」
確かにそれは、総合的に判断し、悪い話ではない気がする。
……何より、かつて父を散々なじった連中が、俺が台頭していく様を見て何を思うかを考えたら、是非するべきだとさえ思い始めていた。
「わかった。インタビューの仕事、受けるよ」
「ありがとうございます」
さっきまで怒りはどこへやら、父への名誉回復と言われたら、インタビューの仕事に対する高いモチベーションが沸いてきた。
「……そういえばさ」
俺は周囲をキョロキョロと見回した。
「インタビューを受けることにしたのはいいものの……インタビュアーはどこにいるんだ? まさか、エリスがしてくれるわけではないんだろ?」
「……あはは。そうですね」
エリスは少し気まずそうに笑っていた。
「あのですね。少し言いづらいのですが……」
思えば、エリスのこんな気まずそうな顔を見るのは、初めてな気がする。
「……遅刻です」
「ああ……」
「お手数ですが、もう少しお待ちください」
エリスはペコリ、と頭を下げた。




