8.王都
セレスティアへの告白から数日後、俺達は冒険者ギルドの支援組と合流し、タロー村を後にした。
村には、冒険者ギルドの復興支援チームがしばらく滞在することになった。
「ふう」
「やっと一息つけて、少しは安堵したか?」
「え? ああ、まあ……」
「少し驚いた」
「何故です?」
「エリスにも、少し人間らしいところがあるんだな、と思ってさ」
王都へ向かう道中、俺はエリスと同じ馬車での移動となった。
馬車が王都へ向かい出すや否や、エリスが大きなため息を吐いたものだから、少しだけ彼女をからかうことにした。
「それを言うなら、あたしこそ驚きです」
しかし、無策にエリスをからかうべきではなかったようだ。
「カイルさん、セレスティアさんにプロポーズしたんですって?」
「ぶーっ!」
ニヤニヤと笑うエリスを前に、俺は思い切り噴き出してしまった。
一体、彼女はどうして、そのことを知っているんだ?
「セレスティアさんご本人から聞きました。とても嬉しそうでしたよ?」
「……うるさい」
「あらあら、まあまあ。お可愛い反応だこと」
まさか、こんな強烈なカウンターを食らうことになるだなんて。
初めて会った時の印象から、なんとなくエリスは外交が得意そうだと思ったが……こんな感じでプライベートな話題も知られるとなると、今後もあまり下手な真似には出ない方がよさそうだ。
「……良かったですね、カイルさん」
「おい、からかうのもいい加減にしろ……よ」:
エリスに少し注意をしようと思ったが、目の前の座席に座るエリスは、優しく微笑んでいて、注意の言葉は引っ込んだ。
「あたしも少し、驚きました」
「なんで」
「だってカイルさん。出会ってからこれまで、ずっと難しい顔をしていたから」
まあ、そうだろう。
エリスと出会ってから。
いや、エリスと出会う前から……。
村民の陰湿な虐め。
父を失ったショック。
俺の人生は、セレスティアと彼女の両親との関係を除けば、困難の連続だった。
自傷行為に走りたいと思ったことだって、一度や二度ではない。
「……カイルさんも、そんな風に笑えるんですね」
微笑むセレスティアの放った言葉は、聞く人によっては挑発にも取れるだろうが、俺は違った。
「胸の奥にあったしこりが取れたような気分なんだ」
俺は静かに語った。
「多分、これまでの俺の人生は、満たされていなかった。不幸な目に遭ってきたから」
俺は首を横に振った。
「それだけが理由だと思ったが、最近、もしかしたら違ったのかもとも思っている」
「どうしてです?」
「……わからん」
その言葉に偽りはない。
ただ……わからないが、あの日、セレスティアに英雄になると誓った日。
父を失い、諦めたかつての夢を志すと決意したあの日。
止まっていた歯車。燻っていた気持ちが、再び、動き出した気がしたんだ。
「……王都に着いたら、忙しくなるな」
馬車の窓から外の景色をぼんやりと眺めながら、俺は呟いた。
俺達が王都に到着したのは、タロー村を出てから二週間後のことだった。
昔と全然変わらない城壁を見た時、真っ先に浮かんだ感情は喜びだった。
ようやく、冒険者ギルドの職に就き、英雄になる道を開けるから喜んだわけではない。
固い椅子に座り続けたせいで痛くなったお尻が、ようやく解放されることを喜んだのだ。
「相変わらず、すす臭い街だ」
そして、次に思ったことは、城門を過ぎた途端に香り出した異臭に対する反応だった。
黒煙立ち込める街を馬車が進む中、俺は具合が悪くなりそうで、鼻を摘まんでいた。
この匂いに慣れるには、もう少し時間を要しそうだ。
「それじゃあ、カイルさんの住む住居は、こちらが手配したこの部屋で」
ただ、王都で再び暮らすに向けての問題点は、匂い以外には特になかった。
俺は、王都に到着するや否や、既に冒険者ギルド側が手配してくれていた居住区に案内されたのだ。
「食事は、配給制度なんかもありますが。嫌なら依頼をたくさんこなして、お金を稼ぎましょ」
「ああ」
「衣類は使い古しですが、棚に入っていますので。自由にお使いください」
冒険者ギルドはかつて、父の死をぞんざいに扱った。
しかし、数年経ったことに加えて、職業人気ランキングでの人気凋落もあってか……どうやら新規加入者に対するサポートを手厚くする政策に打って出たようだ。
でなきゃ、何の実績もないこの俺に、衣食住を与えてくれるはずがない。
まあ、ほぼ無一文でここに来た俺にしたら、有難い話だ。
「それじゃあ、今日のところは、あたしはこれで」
「ああ。色々と助かった」
「いいえ。……あ、それで明日は、早速初仕事なので」
初仕事、と聞いて、俺は身構えた。
「そんなに身構えないで」
「身構えるだろ。……どんな仕事だって、この職は命がけだ」
「うーん。それはどうでしょう?」
エリスは顎に手を当て、少し考えた。
「ま。とりあえず明日、この地図に書かれた場所に来てください。冒険者ギルドの本部があるので、そこで仕事内容は説明させていただきます」
「わかった」
「じゃあ、お休みなさい」
エリスが部屋の扉を閉めると、室内は途端に静寂に包まれた。
いや、部屋の外から微かに話声が聞こえてくる。
窓を開けると、少し遠くに商店街の通りが見えた。さっき聞こえてきた話声は、どうやらそこから漏れ出たものらしい。
タロー村は、一言でいえば寒村だった。
作物の育ちもイマイチ。村民も少なく、文化的、立地的な優位性もあまりない……寂れた村だった。
しかし、静かな場所が好きな俺にとって、声がしても村民同士の雑談程度のあの村の静寂さは、丁度良かった。
「この街は、少し騒がしすぎる」
俺は、育ちのふるさとに想いを馳せた。




