7.旅立ち
セレスティアの両親の見舞いを終えた後、俺はセレスティアの自宅へ向かった。
彼女の家に到着すると、扉をノックした。しかし、反応がなかった。
「セレスティア?」
扉を開けながら尋ねるも、彼女からの返事はなかった。
しばらく俺は、彼女の家の中を探したが、いくら探しても彼女の姿はなかった。
「まさか……」
焦った俺は、村中を駆け巡って彼女を探した。
「……いた」
セレスティアが墓地にいた。
一つの墓の前で、手を合わせていた。
……最悪の想定をしたが、その行為に走った形跡はない。
「セレスティア、今晩は冷えるよ」
俺は平静を装って、彼女に声をかけた。
「さ、そろそろ帰ろう」
「……今回のゴブリンの襲撃で、たくさんの友達が旅立ってしまった」
セレスティアは、静かに語り出した。
「キャンディもそうだけど、リンも。ミオも。皆みんな、旅立ってしまった」
「セレスティアのせいじゃない」
「……ゴブリンの襲撃の翌日にね。皆で、ピクニックに行こうって言っていたの」
俺は何も言えなかった。
「行きたかったな。ピクニック」
覚悟が揺らぎそうになる。
「酷いよね、皆。……今頃、あたしをのけ者にしてピクニックを楽しんでいるんだと思う」
そう思うなら、どうしてセレスティアは墓地に来たのだろう。
彼女達を弔う場所に来て、手を合わせていたのだろう?
「カイルは、いなくならないよね?」
心臓が締め付けられた気がした。
「皆と違って……あたしをのけ者にしないよね?」
セレスティアをのけ者にしない。
彼女の前から、立ち去らない。
この村を去らない……。
呪いのような言葉だな、と思った。
彼女は今、どんな思いで、この言葉を口にしたのか。
わからない。
でも、俺の中で今後に対して、どうするかの答えは出ていた。
彼女の両親と会話をすることが出来たおかげで、固まったのだ。
「……セレスティア」
「……」
「俺は、冒険者になる」
「……」
「そのために、王都へ行く」
正直、これまで何度も悩んできた。
冒険者になるとセレスティアに伝えた時、彼女がどんな反応を示すか、は。
結局、今日まで……彼女にそのことを告げられたことはなかった。
彼女が失意の中だから、と言い訳をしてきた。
でも本心は違った。
ただ、俺が怖いだけだった。
多分、エリスは気付いていたんだ。俺の弱い心を。
だから、あんな厳しい言葉を浴びせたんだ。
彼女がどう思うか。
その答えを知るのは簡単だ。彼女に尋ねれば、それで全てが明るみになる。
でも、出来なかった。
やっぱり俺は臆病だった。
……だからさっきも、本人ではなく、本人の親に間接的に尋ねてしまった。
答えは出なかった。
先延ばしにしてきた。
そのツケなのだろう。
この最悪のタイミングで、彼女にこのことを告げることになったのは。
「そう……」
エリスの返事は意外なものだった。
優しい彼女なら、きっと祝福してくれると思ったから。
トラウマに苦しむ彼女なら、俺を罵ると思ったから。
こんな憔悴しきった返事が返ってくるとは、思っていなかった。
「旅立ちはいつ?」
「明日」
「そっか」
冷たい一陣の風が吹き荒れた。
その風は俺達の間を通り過ぎ……まるで、俺達の冷え切った関係を示すかのようだった。
どうして冒険者になろうと思ったか。最初はそれを、セレスティアに伝えるつもりだった。
そして、納得してもらうつもりだった。
でも、今となってはそんなこと、口が裂けても言えそうもなかった。
彼女も興味がないだろう。こんな裏切り者の言葉など。
「……小さい頃の俺の夢は、父と同じ英雄だった」
でも、俺は語り出した。
「父さんはすごい男だった。強くて、たくましくて、優しくて。賢くて。そんな父さんは、俺の憧れだった。だから冒険者になって、英雄になりたいと思った」
彼女が聞きたくないとか、関係なかった。
「でも、父さんが死んだ後、俺はその夢を一度捨てた」
俺がエリスに知ってほしかった。
「前までは憧れた職だけど、俺は今や、冒険者になる奴は全員、愚か者だと思っている」
どうして俺が、冒険者になりたいと思ったか。
「誉れのために命を賭けるなんて、馬鹿のすることだと思ってる……っ!」
どうして俺が、英雄になりたいと思ったか。
「その考えは、今でも変わらない」
「なら、どうしてカイルは冒険者になるの……?」
セレスティアの声は、涙ぐんでいた。
声色を聞いているだけでわかる。
セレスティアは言っている。
そんなことを言うくらいなら、この村から立ち去らないでくれ。
自分の傍にいてくれ。
その気持ちは……痛い程、伝わってきた。
「君を励ましたいからだ」
でも、だからこそ俺は冒険者になろうと思った。
「多分、この村で俺が君を励ますことは出来ない。君の深い心の傷を、今の俺では癒すことは出来ないんだ」
だから……。
「だから、俺は冒険者になる」
それが、俺が冒険者になろうと思った理由。
「冒険者になり、有名になる。そうして、このタロー村にも……仮に君がこの村から去ってしまっても、必ず俺の功績が届くような活躍をする」
セレスティアは、涙を流していた。
「そうしていつか……英雄になる」
俺も、いつの間にか涙を流していた。
「だから……」
自分でも驚きだった。
「だから……っ」
だって、そうだろう?
「……だからぁ」
父を亡くして以降の俺は、自分で言うのもなんだが、皮肉屋だった。
「だから、俺が英雄になった暁には、結婚しよう」
そんな俺が、こんな歯が浮くようなセリフを並べて、感極まって涙を流すなんて……。
「結婚しよう、セレスティア」
本当、驚きだ……。
俺は、もうこれ以上は声を絞り出すことが出来なかった。
涙のせいで。勇気を振り絞りきったせいで……うまく喉を使うことが出来なくなったのだ。
……セレスティアは。
「うん」
ゆっくりと頷いた。
「うん。……うん。うんっ」
「じゃあ……」
呆気に取られた俺の前に、唐突に立ち上がったセレスティアの顔が迫っていた。
「待ってるね」
そして、セレスティアは俺の唇を、優しく奪った。
「必ず、英雄になってね。カイル」
「……うん」
口づけの名残惜しさを感じつつ、俺は力強く頷いた。
「うん。待っててくれ、セレスティア……!」
翌日、俺はセレスティア達に見送られて、タロー村を去った。
胸の中は、なんだかつっかえが取れたようで、少しだけ晴れやかだった。
でも、その時の俺は……思ってもいなかった。
まさかその後、俺達が再会する日が二度とやってこないだなんて。




