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なりたい職業ランキングで『冒険者』が一位から陥落した  作者: ミソネタ・ドザえもん
第一章:冒険者

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6.幸せ

 セレスティアの自宅に向かう前、大量の血が飛び交う環境に身を置いていたことを考慮して、俺は一旦自宅に戻って、体を洗うことにした。


 シャワーを浴びていると、体を伝って流れる水は、赤く変色していた。

 知らず知らずの内に、やはり体に血が付着していたようだ。


「さっぱりした」


 俺は手早く衣類を着替えて、セレスティアの家に向かった。

 彼女の家は、村の外れに位置している。それが幸いし、今回のゴブリンの襲撃で、セレスティアの両親は負傷こそしたものの、命は助かっていた。今は二人とも、村の診療所で治療に専念している。


「セレスティア、いるか」


 彼女の家の扉をノックするが、反応はない。


「入るよ」


 扉を開けると……家の中は静寂に包まれていた。

 ……この静けさは、一体どうしたものか。

 まさか。

 嫌な予感が頭を過って、俺は慌てて彼女の家を隅々まで探り始めた。


「セレスティア……」


 幸い、セレスティアは自室にいた。自傷行為に走ったような形跡も、確認は出来ない。


「どうしたんだ、そんなに暗い顔をして」


 ベッドに座ったまま俯きセレスティアは……生気がなく、人形にでもなったかのようだった。


「セレスティア、いつもみたいに読み書きの練習でもしないかい」


 彼女に読み書きの練習をつけ始めたのは、今から約三年前から。彼女、そして彼女の両親が、文字を読み書き出来る俺に頼み込んできたため、始めたことだった。


「君が気落ちするのも無理はない。だから今は、いつもと同じことをしてみないか。そうしたら、少しは気晴らしになるかもしれない」

「……なの」

「え?」

「ふとした拍子に、思い出すの」


 セレスティアの声は、掠れていた。


「ゴブリンに攫われた後、親友のキャンディが……奴等に弄ばれる姿を」


 多分、さっきまでずっと……泣いていたのだろう。


「喉が潰れるんじゃないかと思うくらい、泣き叫ぶ姿を……」


 俺は、彼女にかける言葉を見つけられずにいた。


「騒がしいから、とゴブリンに喉を潰され、息絶える姿を」


 何を言って励ませばいいのか、わからなかった。


「……思い出してしまう。あなたの言う通り、いつも通りの生活を取り戻したい。あたしは幸い、両親も生きているから余計にそう思っている。……でも、出来ない」

「……セレスティア」

「……目があったの」

「え?」

「喉を潰され、たくさんの血を流すキャンディと……彼女が息絶える直前、目があったの」

「……」

「あたしは、思わずキャンディから目を離した」

「……そうか」

「その後、少ししてもう一度キャンディを見た。彼女は、あたしを見ていた。あたしを見たまま……死んだの」


 セレスティアの語る話は、この寒村で農民として暮らしてきた彼女が体験するものとしては、あまりに壮絶で、悲惨だった。


「……あたしには、どうすることも出来なかったの」


 彼女のトラウマの前には、俺の言葉は詭弁にしか聞こえない気がした。

 だから、結局俺は、彼女に励ましの言葉もかけることが出来ず、彼女の家を後にした。


 実に情けない気持ちだった。


 確かに俺は、この村周辺にあるゴブリンの巣窟を葬ったはずなのに……。

 この村の若い男は大半が死に絶え。

 若い女もゴブリンに弄ばれ、弄ばれずとも、心に深い傷を負い……。


『俺には今の状況は……命を救われたのではなく、延命処置をされただけのように思えて仕方がないよ』


 ……生き残った村民は、救われたはずなのに、誰も笑っていなかった。

 そして、この惨状を引き起こしたのは……この村で長らくゴブリン襲撃の抑止力となっていた俺が、自らのエゴで村を離れたため。


「エリス、少しいいか」


 村に夕暮れが沈み始めた頃、俺は簡易キャンプで職務にあたるエリスに声をかけた。


「はい。なんでしょう、カイルさん」

「……あー、仕事中だったか?」

「え? ああ、まあ。今回のタロー村での一件を王都の冒険者ギルド本部に連絡していました。視察団は全滅。ただし、ゴブリンの脅威は既に去っていて、一人、新しい冒険者の勧誘に成功した、と」

「……そうか」

「カイルさんの方は? セレスティアさんのこと、ちゃんと励ませましたか?」

「……その件で、少しいいか?」


 机に向かっていたエリスは、俺の方に体を向け直した。


「なんでしょう?」


 そして、優しく微笑みかけてきた。


「……今後の俺の仕事についてだ」

「仕事の?」

「これから俺は、冒険者ギルドの加入にあたって、一度王都へ行くんだよな?」

「そうです」


 エリスの顔は、露骨に怪訝そうなものに変わった。多分、俺がこれから何を言うか、おおよそ検討がついたんだろう。


「冒険者の仕事は、相談者からの依頼をこなすことやダンジョン攻略が主。その認識で合っているな?」

「そうですね」

「ただ……中には地方で事件が遭った際の復興支援。他にも、自警団的な仕事もあったはずだよな?」

「そうですね。その認識で合っています」


「……なら、俺をこの村の復興支援に当たらせてくれないか?」


「駄目ですね」


 即答だった。


「……どうしてもか?」

「ええ、どうしてもです」


 一切のよどみなく、エリスが言う。


「何故なら、あなたはただの冒険者ではないから。あなたは、次世代の英雄候補生です。次世代の英雄になるために必要なものはなんだと思います?」


 エリスはため息を吐いた。


「実績。そして、知名度です」


 そして、今度は肩を竦めて見せた。


「こんな寂れた村の自警団を務める人間に、英雄と呼ばれる程の知名度が備わると、あなたは思いますか?」

「……そんな言い方はないだろ」

「事実じゃないですか」


 エリスは淡々と言った。


「さっき、村長さんがなんと言っていたか、あなたは覚えていますか?」


 村長の言葉は、忘れられるはずがなかった。


「この村は、きっともう駄目でしょうね」


 二人きりの状況で、一切の遠慮が不要だからか……エリスはハッキリと告げた。


 否定の言葉は出なかった。

 正直に言えば、俺もそれは同意だったから。


 辛い目に遭った。

 深い心の傷が残された。

 でも、生き残ったのだから、死んでいった人のため、努力を惜しんではいけない。


 生きなければならない。


 そんな言葉は、上辺だけの綺麗事に過ぎないのだ。


 ……でも。


「でも、ここは俺が育った村だ」


 つい、俺は声を荒げてしまった。


「たった一つの俺の居場所なんだ」


 こんなセリフは、エリスの言動に対する反論でもなんでもない。


「……大切な人がいる場所なんだ」


 論理性もなければ、ただの我儘でしかないのだ。


「カイルさん。今後、二度とそんな駄々はこねないでください」


 エリスは、これまでで一番、厳しい視線を俺に向けていた。


「何度でも言います。あなたは英雄候補生です。英雄には英雄らしい言動、態度がある。今のあなたの……その幼児みたいな甘えた我儘は、英雄に相応しくない。だから、二度とそんなことは言わないでください」

「……なら」

「なんです。冒険者を辞める、とでも言いますか?」


 俺は、自分が言おうとした言葉を奪われ、黙った。


「……図星ですか。呆れた。今、あなたが冒険者を辞める、と言ったら、セレスティアさんはどう思うと思いますか?」

「……知らない。そんなことは」

「わからないんですね。まったく……」


 エリスは頭を抱えた。



「彼女、きっと余計に苦しみますよ」



 俺は、息を呑んだ。

 今のセレスティアは、目の前でキャンディを助けられず亡くしてしまったことに精神的トラウマを負った。無力感に苛まれた。そんな中、冒険者という一般的に誉れ高い仕事に就けたのに、その座を俺が捨てると言い出せば、優しい彼女ならば、自分が弱いせいでそうなった、と考えてしまうはず。


「カイルさん、事件からまもない今は、あなたの気持ちが落ち着かないのは当然です」


 エリスは、この会話を締めくくるつもりのようだ。


「先程の冒険者ギルドとの連絡で、あたし達の旅立ちの日は、今日から丁度一週間後に決まりました」

「……一週間」

「えぇ。冒険者ギルドから遠征隊がやってきます。復興支援担当者も、その中には含まれています」

「そうか」

「……だから遠征隊の到着まで、しばらく落ち着いて考えてみてはどうですか?」


 先程まで厳しい顔つきだったエリスは、優しい笑みを浮かべて、机の方へ向き直った。

 エリスとの会話を終えた後、俺は帰路についた。

 考えたらどうか、とエリスには言われたものの、至るところに血の匂いがこびりついたこの村では、おちおち思考を巡らせるのも簡単な話ではなかった。


 それでも、荒れた自分の畑の整備の合間に、ゆっくりと考えてみることにした。


 俺は今後、どうしたいのか。

 どうするべきなのか。


 ……正直、現状ではまだ何も決められない、と言うのが本音だ。


 突然、王都から冒険者ギルドの人間がやってきて、英雄だった父と同様に英雄になれ、だなんて言われるだけでも処理不足なのに、その上、この村が半壊させられるだなんて……考えがまとまらなくて当然ではないか。


 確かに俺は、成人を迎えた十五歳の人間だ。でも、まだまだ成熟には程遠い……未熟者なんだ。


 そんな未熟な自分が、自分で嫌になる。

 自傷行為に走りたいとさえ思う。


 ……でも、そんな行為に、きっと意味はない。


 誰も救われない。たくさんの村民の命を奪ったゴブリンの命を奪っても、誰も救えなかったのだから、それも当然の話だ。



 冒険者ギルドの遠征隊がやってくる一日前。



 俺は、セレスティアの両親の見舞いに向かっていた。

 手にする花束は、村から程ない場所にある草原に生えていたものを摘んできた。幸い、血の匂いはしない。


「こんにちは」


 セレスティアの両親のいる部屋に入る直前、正直、少し怖かった。


 彼らは、俺のことをどう思っているのか。

 それが気になって……仕事を言い訳に、見舞いを今日まで引っ張ってしまったのだ。


「ああ、カイル君」


 少し拍子抜けだった。

 セレスティアの両親は、元気そうな様子で、俺を快く迎えてくれたのだ。


「おじさん、おばさん。体調はどうですか?」

「大丈夫だよ」

「カイル君こそ、調子はどう?」

「……大丈夫です」


 俺は自然に微笑んでいた。

 そういえば、ゴブリン襲撃以降、こうして微笑んだのは、初めてだった。


「そうかいそうかい。そういえば聞いたよ。ゴブリンをやっつけてくれたの、君らしいね」


 さっきまで微笑んでいられたのに、俺は思わず、身構えてしまった。

 一体、おじさん達は俺にどんなセリフを浴びせるのだろう。やっぱり罵詈雑言だろうか?


 ……おじさんは。


「ありがとう」


 身構えている俺に向けて、優しく微笑んだ。


「……どうして、お礼なんて」


 俺の声は、震えていた。


「俺は果たして、皆を救うことが出来たんでしょうか?」


 固めた右手は、強く握り過ぎたせいか、血が滴っていた。


「ある人に言われました。俺がした行いは、救いではなく、延命処置だと。正直、同感だった。客観的に見て、この村はもう……」

「まあ、僕達以外の人は、中々君に感謝の念も抱きづらいかもしれないね。僕達は幸い、娘が無事だったこともあるし……元々、この村へは移住してきた身だから。生まれ育ったわけではないこの村に、深い愛着があるわけでもないことも、素直に君にお礼を言えた理由だろう」

「……俺はどうするのが正解だったんでしょうか」

「うーん」


 おじさんは顎に手を当てた後、苦笑した。


「多分、正解なんてなかったんじゃないかな」

「え?」

「だって、仮に君の前に百人の人間がいるとしたら、百人が全員、同じことを望んでいるはずがないだろ? むしろ、百人いたら、百通りの考えがあるはずだ。全員の望みを叶えるなんて、到底不可能だよ」

「なら」

「だから、君は君のやりたい通りにするといい」

「……」

「一番大切なことは、君がどう思って、どうしたいと思ったか。じゃないかな」


 俺がどうしたいと思って、どうしたいと思ったか、か。

 思えば俺は、これまでの自分を人生を鑑みると、自発的に行動を起こしたことはあまりない。

 いつだって受動的に、行動を起こしてきた。最たる例が、父の死から、この村にたどり着くまでの生活だ。


 あの頃の俺は、常に世界を憎んでいた。


 英雄だった父を失い、行く宛のない俺を冷遇した社会を。

 身銭のない俺を助けてくれなかった非情な行為を。

 移住先で、俺に冷たい視線を向ける人間を。


 ……ずっと。

 ずっと、ずっと……っ。


 ……憎んできた。


 殺したい程、憎んできた。


 ……そんな俺が、この世に遺す大切な人は、数少ない。


 セレスティア。おじさん。おばさん。

 それだけだ。


 ……ゴブリンの夜襲を、この村から遠い森の中で悟った時、俺は全身の血が沸き立つ感覚に襲われた。

 頭の中にある考えは、ただ一つ。


 セレスティア達は、無事だろうか。

 セレスティアが攫われたと知った時、俺の脳裏に浮かんだ考えも、ただ一つ。

 セレスティアを救わなければ。


 それだけだった。


 ……これまで。そして、これからの人生で、俺は幾多の選択を迫られる。

 その時、俺は……何を思って、そうしたいと思う?

 答えは、明白だった。


 ……俺が望むこと。

 それは、セレスティアが笑顔なら、それでいい。

 それだけで良かった……。


「おじさん。おばさん。……俺、実は、冒険者になりました」


 おじさん達は、一瞬驚いた顔をした。


「そうかい。栄転だね」


 しかし、すぐに喜んでくれた。


「でも、今……冒険者になるかどうか、悩んでいます」

「どうして?」

「……怖いんです」

「何が?」

「セレスティアが、どう思うか」


 俺は項垂れた。


「おじさん。おばさん。……教えてほしいです。俺が冒険者になると彼女に伝えたら、彼女は一体……どんな反応をするでしょうか?」


 おじさん達の顔は見れなかった。


「喜んで、くれるでしょうか……?」


 それとも……。


「それとも、この村から出ていく裏切り者と……俺を罵るでしょうか?」


 おじさん達は、今度は呆気に取られた顔をした。

 しかし、すぐにふふっと苦笑した。


 何がおかしいのか。俺にはわからない。


「ごめんごめん。ただ……若いな、と思って」

「若いんです」

「そうだったね。でも君は若いのに、僕達よりも全然、賢いはずなのにね」

「皮肉ですか?」

「違うよ。……ああいや、そうかもしれない」

「ね。だって、そんなの簡単なのにね」


 二人は顔を見合わせて、笑っていた。


「……教えてください。セレスティアは一体、どう思うでしょうか?」

「カイル君」

「はい」

「それは、直接セレスティア本人から聞くべきだと思う」

「……はい」

「ただ……」


 おじさんは微笑みながら続けた。




「セレスティアがいつも一番に願っていたのは、君の幸せだよ」

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