5.延命処置
タロー村のゴブリンの襲撃から一夜明け、村では生き残った村民達で今回の被害状況の確認作業が進められた。
村の被害は甚大だった。
若い男性のほとんどがゴブリンに屠られ、女性は……心に深い傷を負った。
「……酷い有様だ」
そんな絶望的な状況の中、村長は奇跡的にゴブリンの襲撃から逃げ切ったらしい。
「村長、ご無事でしたか」
俺の隣にいて、一緒に村内の被害状況を確認していたエリスが、少しだけ嬉しそうに言った。
しかし、嬉しそうなエリスとは対称的に、村長は返事をしなかった。煙草をくわえて、呑気に煙を吐いていた。
「凄惨な状態ですね。ただ、あなたが生きていて良かった」
「……良かったか」
村長は自嘲気味に鼻で笑った。
「……ご子息は残念でした。ただ、今回の一件を沈めてくれたのは、今、あたしの隣にいる……カイルさんです」
「カイルが?」
「ええ、勇敢なる彼の命がけの特攻で、ゴブリンは全滅。今朝方、巣窟内も調査してきましたが、ゴブリンの全滅は確認済みです」
「そうか。そういえば昨日言っていたな。英雄の息子なんだもんな……」
どうやら昨日模擬戦の最中のエリスとの会話を、村長にも聞かれていたようだ。
「余計なことをしてくれたな」
「え?」
「若い男はほぼ死に絶え、畑は荒らされ、復興は絶望的。こんな状況に陥るくらいなら、このままこの村に滅んでもらった方がマシだったよ」
「そんなこと言わないでください。命あるだけマシじゃないですか」
「命あるだけ、ね……」
村長は吸い終わった煙草をその場に捨てた。
「俺には今の状況は……命を救われたのではなく、延命処置をされただけのように思えて仕方がないよ」
達観した村長の物言いは、妙にしっくりきて、しばらくの間脳裏にこびりついた。
「それにしても驚きでした。まさか、視察団が遠征している間に、この村がゴブリンに襲撃されるだなんて」
村長と別れた後、再び村の被害状況を確認し始める中、エリスが口を開いた。
「ゴブリンの知能は、五歳児相当はあると言われている。そんなゴブリンが、冒険者ギルドの視察団という、こと戦闘においてのエリート集団がいる中、夜襲を仕掛けるなんて……」
「しかし、奴等の夜襲は見事成功した」
「……巣窟を調査しに行った際、あなたが屠ったゴブリンの遺体を見てきました。小柄のゴブリンの遺体の中、ひと際大きな個体を確認しました」
「……ああ、危険個体だと思って、背後から奇襲で殺した」
「その判断は正解です。あの個体はオーク。知能はゴブリンと同等ですが、戦闘能力は人間を優に超えています」
エリスは呆れたため息を吐いた。
「オークの討伐は、冒険者十人が目安とされています。……そんな相手を、奇襲を仕掛けたとはいえ、一人で討伐するなんて……前代未聞です」
「……そうか」
「……本当、こんな遠方まで足を運んで正解でした。やっぱりあなたは、次世代の英雄にうってつけの人材です」
エリスは少し興奮気味に言った。
村民の鮮血がそこいらに飛び交うこの村の中で、よくもこんな上機嫌な会話が出来るもんだ、と少し感心した。
「……ここ最近にオークが誕生したから、この村の制圧くらい余裕だと判断して、奴等は夜襲を仕掛けてきたんだろうか?」
そんなエリスの興奮気味な言葉を無視して、俺は言った。
「そうかもしれないですね」
エリスが答えた。
「……ただ、少し疑問点があるんだ」
「それは?」
「俺はこの村で滞在をし始めて五年近くになるが……昨晩まで、一度だってこの村にゴブリンが攻撃を仕掛けてきたことがなかったんだ」
「ただの一度も?」
エリスは、おかしい、と言わんばかりに唸り出した。
「何が疑問なんだ?」
「……冒険者ギルドが次世代の英雄探しの視察団を結成する際、遠征先の事前調査は入念にしてきたのですが、この村は古くからゴブリンによる誘拐や作物泥棒が頻発していたんです」
「なんだって?」
そんなバカな。
じゃあ、俺がここに来てからの五年間、どうして一度もゴブリンが襲撃を仕掛けてこなかった?
たまたま、ゴブリンの世代交代でもあったのか? そんなバカな話、聞いたことがない。
「……なるほど」
エリスは納得したようだった。
「ゴブリンが、あなたがこの村に来てからの五年間、一度も襲撃を仕掛けてこなかった理由……どうやらそれは、抑止力があったからみたいですね」
「抑止力?」
「あなたです。カイルさん」
……しばらく俺は、エリスの言葉の意味を考え、そして納得した。
「あなたの戦闘能力は、ゴブリンから見ても脅威だった。村に侵入するまでもなく、あなたの異質さをゴブリン達は感じ取ってしまった。だから村を襲うのをやめた。ゴブリン達は本能的にあなたからの報復を恐れたのです」
「……報復、か」
「そして、昨日はたまたま……あなたは、村の外に出た。ゴブリンは、今がこの村を襲うまたとないチャンスだと思った。オークがいる以上、視察団なんて目じゃなかった。奴等は夜襲を決行した」
語り終えた後、エリスは肩を竦めた。
「ただまあ、結局は奴等の見通しは甘かった。その結果、あなたがすぐに村に帰還し、逃亡する間もなく報復され、全滅される未来を辿ってしまったというわけです」
「……そっか」
エリスの説明に、うまい返事は出来なかった。
胸中は複雑だった。
……エリスの仮説が合っているとしたら、この村が半壊してしまったのは、他でもない俺のせい、ということになる。
男達が屠られ、女達が心に深い傷を負った理由を作ってしまった原因が、俺にある、ということになる……。
「カイルさん、気を病まないでください」
「無理だろ」
「でしょうね」
エリスは他人事のように笑っていた。
村長に対する態度や今の反応。さっきからこの女は……人の心がないのだろうか。
「……ゴブリンに屠られた人間。ないがしろにされた人間には、同情しますよ」
エリスは続けた。
「ただ幸い、あなたの一番大切な人は……ギリギリ、あなたのおかげで何もされずに済んだ」
「……」
「でも、目の前で繰り広げられたセンセーショナルな光景に、気を病んでいる」
「……セレスティア」
「あなたまで落ち込んでどうするんです、カイルさん」
どうやらエリスは、激励してくれるつもりらしい。
「あなたは気丈に振舞って。そして、彼女を支えてあげてください」
「……そうだな」
「それじゃあ、後の調査はこちらでやります。あなたは彼女のところに行ってください」
今更ながら、俺がこうしてエリスに付き添い、この村の被害状況を確認しているのは……冒険者ギルドに加入した俺の、初仕事でもあった。
いや、初仕事はゴブリンへの報復だから……これは二番目の仕事か?
「……すまない」
「いいえ」
エリスは首を横に振った。
「あなたはもうすぐ、冒険者ギルド本部のある王都へ向かうことになるんですから……残り僅かとなったこの村での生活期間、しっかりと彼女を支えてあげてください」
……そして、冒険者ギルドに加入した俺には、まもなく次なる仕事が舞い込んでくる。
それは、この村から去り、王都へ向かうこと。
そして、王都で……冒険者として、仕事に明け暮れることだった。
「……行ってくる」
俺はセレスティアの家に向けて、歩き出した。




