3.英雄
その日は朝から騒がしい一日となった。
昨晩は新品の蝋燭が手に入ったため、少しだけいつもより夜更かしをしていた。畑仕事も予定がなく、いつもより遅い時間まで寝ているつもりだったが、窓の外が騒がしく、仕方がなく目を覚ました。
「うわぁ……」
舗装されていない道路には、長蛇の列を成す馬車。
この村の住人も、まるでこれからこの村で祭りでも始まるのかとでも言うよりに、楽しそうな笑みを浮かべて談笑をしていた。
「あ、カイル。おはよう」
セレスティアだった。
「おはよう。セレスティア。……これは一体?」
「ほら、この前、ゴードンが言っていたでしょ?」
「何か言っていたっけ?」
「もう。今度、王都から冒険者ギルドが視察団を派遣してくるって話だよ」
「……ああ」
そういえば確かに、そんな話もあったかも。
「もう。……それで、さっき視察団が到着したみたいでね」
なるほど。
それで、この馬車群……というわけか。
「それにしても、視察団は随分と大所帯でここまで来たんだね」
「そうだね。なんでも、この辺の村を転々と巡ってきているみたいだよ?」
「そうなんだ」
今更ながら、俺は少しだけ違和感を覚えた。
どうして冒険者ギルドの視察団は、わざわざこんな面倒なことをしているのだろう?
冒険者という仕事は、この国でも屈指の人気職のはずだ。
つまりは、こんな視察団なんか形成せずとも、冒険者になりたい人材が向こうからやってくるはずではないか。
それなのに、どうして辺鄙な地にある村を、こんな群衆を率いて巡っているのだろう?
「おう、いたか。カイル」
俺の思考を妨げるように、ゴードンが姿を現した。
「……何よ、ゴードン」
「この前の命令、覚えているか?」
ゴードンは下衆な笑みを浮かべていた。
「……一応、覚えている」
「そうか。なら、話が早い。行くぞ」
「……いや、勘弁しておくよ」
ゴードンの言い振りは、言葉が少なすぎるが……彼の態度から察するに、これから村のどこかで模擬戦でもやるのだろう。
悪いが、その模擬戦に参加する気は、毛頭ない。
「駄目だ」
「ゴードン、君にそんなことを決める権限があるのか」
「俺にはない」
「だろうな」
「だが、村長にはある」
「……何?」
「さっき、村長と冒険者ギルドの視察団の連中が話をつけた。これから、村の若い男全員での模擬戦をやることに決まった」
「なんだと?」
「勘違いするなよ。この模擬戦は、俺が実父である村長に告げ口したから成されるわけじゃない。何なら父は、俺が冒険者になることに反対している。当然だ。何せ俺は、あいつの一人息子。俺が王都に行くことは、跡継ぎがいなくなることを意味するからな。実にくだらないことだが」
「……なら、どうして?」
ゴードンはニヤリと笑った。
「視察団の要望だ」
理解が追い付かなかった。
「だから行くぞ。ちなみに、冒険者ギルドは国営部隊。命令に背けば、極刑は免れないだろうぜ」
ゴードンは、また下衆な笑みを浮かべていた。
「大丈夫だ。お前が冒険者ギルドの目に留まることはないんだから。まあ、俺に殺されちまうかもしれないけどな」
有無を言わせぬまま、セレスティアと話す間もなく、俺はゴードンに続いて、模擬戦会場である村長宅の前までやってきた。
そこには、この村の若い男が十余人集まっていた。
不安そうな顔をする者。
自分こそ冒険者に相応しいと堂々とする者。
無気力そうに、早く立ち去りたそうにしている者。
この場で立ち竦む連中の姿は、様々だった。
……そんな中俺は、さっき語った無気力そうに、早く立ち去りたそうにしている者、に該当している。というか、その分類に該当するのは、多分俺だけだ。
……一体、いつまで待たせるんだ。
早く始めろよ。
「タロー村の男性一同、この度はご足労いただきありがとうございます」
内心で悪態を突いていると、俺達の前に、一人の女性が立っていた。
物腰柔らかい物言い。
金色に輝く長髪。
端正な顔立ち。
美しいプロポーション。
「初めまして。あたしは冒険者ギルド視察団リーダー、エリスと言います」
エリスと名乗る女性は……とても冒険者ギルドに属しているとは思えない、美しく華奢な人だった。
「早速ですが、これから皆さんには模擬戦を実施していただきます。最後まで立っていた一人には、誉れ高き冒険者ギルドへの参加可否を決める面接をさせていただきます」
「エリスさん」
ゴードンは不服そうに挙手をしていた。
「はい。なんでしょう?」
「模擬戦で終わりじゃないのか?」
「はい」
「なんでだ。この中で一番強い男が冒険者ギルドに入れる。それじゃあ、駄目なのか」
「当たり前です」
エリスの口調は相変わらず優しいが、有無を言わさぬ迫力のようなものがあった。
「冒険者に一番必要なもの。それは品位です。誰よりも強くても、その力を悪事のために使われては困るのです。当然でしょう?」
「……ぐ」
つまりは、いくら強くても、よそ者を血祭にあげようと企んでいた人間では冒険者ギルドには入れない、というわけだ。
まあ、エリスの言う通り、当然の話だ。
「……安心してください。面接内容は簡単なものなので」
「本当か?」
「ええ」
ゴードンはホッとした様子だった。
「それじゃあ、あまり時間をかけても申し訳ないので……はじめてください」
言葉早くそう言い切ったエリスは、手をパンっと叩いた。
一瞬、集められた男たちは、それが模擬戦開始の合図だとは気付かなかった。
目を丸くして、ニコニコ笑うエリスを見て……。
「うおおおおおっ!」
砂埃をまき散らせながら、殴り合いを始めた。
「カイルッ! 安心しろ、お前を屠るのは最期にしてやるよ!」
血気盛んに村の男を殴り出したゴードンの笑い声が聞こえてきた。
馬鹿な奴だ。
そういう態度を表に出すな、とエリスは言っていたんだろうが。
……さて。
「あら」
背後に足音が聞こえた。
「もしもし。あなたは模擬戦に参加されないんですか?」
……俺は、模擬戦が開始するや否や、地べたに座り込んだ。
さっきの声色から察するに、俺に話しかけてきたのは、エリスだろう。
「はい。俺は……冒険者には興味はないので」
「そうですか」
少し意外だった。やる気を出せ、ともっと怒られると思っていたからだ。
「……エリスさん。質問いいですか?」
「なんでしょう?」
「あなた達は今日まで、ここら辺の村でも同じように冒険者ギルド参加のための模擬戦を実施してきたんですよね?」
「そうですね」
「……それじゃあ、これまでの合格者は?」
「……ふうん」
「ちょっ」
砂埃が少し遠くで舞っている中、今にも肩が触れそうな程の近い距離に、エリスは腰を下ろしてきた。
「あら、ウブな反応。こんな村だと色恋沙汰くらいしか娯楽はないでしょうに」
「……馬鹿にしやがって。娯楽なら他にもいっぱいありますよ」
「例えば?」
「読書」
「あら、文字が読めるのですね」
……しまった。余計なことを言った。
「宗教革命以降、国内での識字率は上昇傾向です。でも、それは王都に限った話。こんな寒村だと、文字を読める人間なんて村長くらい。しかも、村長でも簡単な文字しか読めない程度の教養のはず」
「……それは」
「もしかしてあなた、王都で生活していた経験があるのでは?」
……心臓が鷲掴みにされたような衝撃が襲った。まさか、娯楽が読書と言っただけで、そこまでバレるとは。
「あなた、お名前は?」
「……名乗る義理はない」
「ふうん。そうですか」
チラッとエリスの顔を覗くと、彼女は模擬戦に取り組む村の若い男達の様子をニコニコしながら見守っていた。
「……申し訳ないですが、俺の質問の答えをいただいても?」
「あら失礼。確かに、答えていませんでしたね」
さっき俺がした質問は……この村に来るまでの間、他の村の人間の合格率。
「ゼロです」
「……何?」
「ゼロ。あたしのお眼鏡に叶う人は、これまで巡った村ではただの一人もいませんでした」
……意味がわからない。
ならば、どうして連中は……こんな群衆を率いて、こんな辺境の地までやってきたのだ?
「カイルゥゥゥ!」
理解に苦しんでいる俺を他所に、どうやら模擬戦の結果が出たらしい。
叫ぶゴードン。
そして、ゴードンの周りで顔を歪めて倒れている男達を見れば、その結果は一目瞭然だ。
「後はお前だけだ、カイル!」
「……いいや、お前の勝ちだ。ゴードン」
「何ぃ!?」
「この人がさっき言っていたことを忘れたか」
「あぁぁあ!?」
エリスがさっき言っていた、この模擬戦のルール。
「最後まで立っていた一人が、冒険者ギルド参加可否を決める面接へ進める」
確かにエリスは、さっきそう言っていた。
「俺は既に立っていない。今、この村の住人で立っているのは、お前一人」
俺はゴードンを指さし、続けた。
「つまり、冒険者ギルド参加可否の面接に進めるのはお前だ、ゴードン。良かったな」
「うるせええええええぇぇぇ!」
さっきまで戦闘に勤しみ、頭に血が上っているのか、ゴードンは俺の方へ突進を仕掛けてきた。
……本当、馬鹿な奴だ。
戦意を失っている俺への攻撃を仕掛けるなんて、エリスがさっき言っていた『品位』という言葉を、もう忘れたと言うのか。
実に馬鹿な奴だ。
そして、愚かだ。
「おらあっ!」
こうして俺を蹴り上げたところで……。
こうして他の村民を殴り倒してところで。
ゴードン。
お前が、冒険者ギルドに入れる可能性は、万に一つもないというのに……。
「カイルっ!」
蹴り飛ばされた俺の耳に、セレスティアの声は聞こえてきた。
「大丈夫? カイル?」
俺を抱き寄せたセレスティアは、半泣きだった。
「どけっ! セレスティア! 俺はそいつを倒さなきゃならねえ!」
「何言ってるのよ! もうカイルは倒れているじゃない!」
「うるせぇ! ……退かないって言うなら、てめえも一緒に殺してやる!」
「殺してやる、ですか」
セレスティアとゴードンの間に入ったのは、エリスだった。
……頭に血が上り過ぎたことを察したのか、ゴードンの顔はみるみる青くなっていった。
「……素晴らしい殺意ですね」
エリスは以前、微笑みを崩さない。
「あなた、お名前は?」
「……ゴードン」
「ゴードンさんですか」
「……はい」
ゴードンは項垂れた。今頃になってようやく、エリスとの会話を思い出したのだろう。
「あのっ! え、エリスさん! ……俺、冒険者になりたいんだ」
手を振るわせて、ゴードンは嘆願した。
「頼む。頼むよっ! 俺を冒険者ギルドに入れてくれっ! た、確かに俺、今は少し言い過ぎた」
「言い過ぎただけ?」
「……や、やり過ぎた」
「そうですね」
「ち……ちょっと頭に血が上っただけなんだ。いつもはこうじゃない。いつもはこうじゃないんだ。村長の息子として、この村の次期リーダーとして、いつもは……こうじゃないんだ」
「……嘘つき」
セレスティアの声は、彼女に抱きかかえられている俺くらいにしか聞こえなかっただろう。
「ゴードンさん」
「……はい」
「合格です」
「……へ?」
「合格。合格です。素晴らしい戦闘力です。あなたを冒険者ギルドの一員として迎え入れます」
……しばらく、ゴードンはエリスの言葉の意味を理解出来ないようにしていた。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
しばらくして、ゴードンは雄叫びをあげた。
「冒険者! 俺はついになったんだ! 冒険者になったんだ!」
村の住人も、ゴードンの雄姿を称えるように……鳴りやまない拍手を送った。
「……嘘」
セレスティアは絶望したような声をあげた。
少しだけ、俺も意外だった。
ゴードンが戦意のない俺を蹴り上げた行為。そして、恫喝ともとれるあの発言。
あれらはどう取り繕っても……エリスの言った、『品位』からは乖離していた。
……あれらの発言を差し引いても、彼の戦闘力の高さを買ったのか?
いや、そんなはずはない。
……一体、何を企んでいるんだ? あの女。
「ゴードンさん、この後、少しお話をいいですか?」
「え? あ、はい」
ゴードンは素っ頓狂な声をあげた。
「一体、何を?」
「契約書にサインをしてもらいます」
「契約書? そんなの別に……」
「駄目です。最近は、無資格な人間が魔物に挑み屠られ、冒険者ギルドの責任問題を問われるケースも増えているんです」
「はあ、なんだかお役所仕事っすね」
「そうですね。それでは……少し、あなたの家で待っていてもらえますか?」
「はい!」
ゴードンが血気盛んに叫んだ後、彼の周りには村の住民が集り始めた。
「やったな、ゴードン!」
「ゴードンさん! さすがです!」
「この村から冒険者が輩出されるのなんて、四半世紀ぶりだよ!」
村の住民は、手放しにゴードンの快挙を称えた。
「大丈夫ですか? 『カイルさん』」
そんな連中には目も暮れず……エリスは、俺の元に近寄ってきた。
「……俺、あなたに名乗りましたか?」
「いいえ、新たな冒険者の一員や、あなたのガールフレンドが教えてくれましたよね」
未だに俺を抱き寄せるセレスティアは、恥ずかしいのか、頬を染めて俯いた。
セレスティアの叫び声を聞いて、俺の名前を知るとは……目ざとい女だ。
「それじゃあ、治療をしますか。あたし、ヒーリング魔法を使えますよ?」
「不要です」
「え、カイル。折角なら、してもらいなよ」
「大丈夫だ」
セレスティアの身から離れながら、俺は言った。
「でも……」
「まあ、不要でしょうね」
「え?」
「カイルさん、あなた、さっきの蹴り、咄嗟にいなしましたね?」
俺は衣類についた土埃を手で払った。
「あぐらの姿勢から、腹部を蹴りこまれることを察知して、足が当たるとほぼ同時に身を引いた。まるで曲芸です」
「……エリスさん」
「蹴りを入れた相手は……頭に血が上っていたこともあるでしょうが、蹴りをいなされたことにさえ気付いていない。本当に、素晴らしい身のこなしです」
……本当に、この女は。
「これまでもそうして、幾多の攻撃からやられた振りを続けてきたんですか?」
「……あんた、一体?」
「カイルさん。さっきあたし、あなたの質問に答えましたよね?」
「え?」
「これまで、幾多の村を巡り……新たな冒険者を一体、何人誕生させてきたか。答えは、ゼロです、と」
「……ああ」
「どうしてゼロだったと思います?」
「……簡単だ」
「ほう」
「冒険者になるには、欠如していたんだろう」
「何が?」
「戦闘力。そして、あなたが言っていた……『品位』」
「惜しいっ」
「何?」
俺は顔を歪めた。
「一体、俺の答えのどこに間違いがあったんだ?」
「あたし達がこうして視察団を形成して色んな地を巡っていた理由。それは、とある男を探すため」
「……とある男?」
「はい」
エリスは、未だ笑みを崩さぬまま……頷いた。
「その男は……かつては王都に暮らしていた。父は冒険者。しかし、とあるクエストで殉死。身よりのない少年は、その後、王都を去り……行方知らず。当時は小さな少年だったことを考えると、もしまだ存命だったら、丁度あなたくらいの年のはず」
「……きっと、どこかで野垂れ死にしただろうさ」
「でも、もし生きていたら……?」
「生きていたか。死んでいたか。そんなことにどうしてそこまでこだわる?」
「簡単です」
「……」
「その子の父が、偉大な冒険者だったから」
「……っ」
「父の名は、ナイル・ドゥラン。献身的で、勇敢で、類まれなる戦闘力を持っていて……かつては英雄と呼ばれた男です」
エリスは、笑っていた。
「カイルさん。質問です」
「答える義理はない」
「いいえ、あります」
「ないね」
「あります。何故なら……あたしの方が、多く質問に答えているから」
「数えていたのか?」
「数える必要もないですね」
「……で、質問は?」
俺が考える質問じゃないことを祈りつつ、震える声で、俺は尋ねた。
「あなたの名前は、カイル・ドゥランでは?」
しかし、不運なことに……エリスは俺が一番望んでいない質問を投げかけてきた。




