23.形見
ニトロコング討伐後、王都に帰還して最初の朝、自室の扉がノックされた。
「はい」
扉を開けると……。
「あ、カイルさん。おはようございます」
そこにいたのは、エリスだった。
「朝から何の用だ?」
「ここでは何なので、お部屋に上がらせてもらっても?」
「えー……」
「お邪魔しまーす」
有無を言わさず、エリスは室内に入ってきた。
「あ! もう! こんなに散らかして!」
エリスは自室の中を見るなり、怒りだした。俺が部屋を汚していたせいだろう。
「仕方がないだろ。クエストで忙しかったんだから」
「はいはい。とりあえず掃除をしましょう。生活の根幹は、清潔な環境から生まれます」
専属アドバイザーエリスに言われるがまま、俺は彼女の助力も借りつつ、部屋の掃除を済ませた。
見違えるように綺麗になった部屋に感嘆の声を漏らした後、俺は思い出した。
「で、あなたは今日、何しにここへ?」
「ああ、そうでした」
エリスは今日の用事を忘れていたのか、パンと手を叩いた。
「カイルさん、武器を購入しましょう」
「武器?」
「そうです。この前のウィンドワーウルフ。今回のニトロコング。あなたの戦いぶりを間近で見ていたのですが、実は少し違和感を覚えたんです」
違和感、か。武器を買おうと言い出したことも踏まえると……なんとなく予想はつく。
「ズバリ! 今のあなたにはあなたを象徴するアイテムが不足している!」
「……はぁ」
「あ。それは何のため息ですか!?」
「なんのだと思う?」
「この女、またしょうもないこと言い始めた、のため息です」
「ズバリ。正解です」
「はいはい。じゃあ話を戻しますよ」
エリスは頬を膨らませていた。
「とはいえ、所詮これはイメージ戦略なのですが、冒険者って各々、特注の武器を所持していることが多いじゃないですか。何故、特注の武器を用意するのか。それは、特注の武器の方が自らの手に馴染むことも一つの理由でしょうが、冒険者個人のイメージ付けのために持っている部分もあると思うんですよね」
「要は、短刀を持つ武闘派女剣士とか、ハンマーを振り回す屈強な大男。みたいな、人物の記号化を、俺にも当てはめたい、と」
「そうです、そうです! いやあ、カイルさん、英雄というものをなんとなくわかってきましたね」
「わかりたくもないけどな」
俺はため息を吐いた。
「武器は要らない」
「えー。どうしてそんなことを言うんです?」
「手入れが面倒だから。後、メンテ費用が意外と高くつく」
「うわっ、実に現実的な考え」
「散々俺に、利益重視の方針を示してきたあなたが言うか?」
「わかりましたよ! じゃあ、武器を使う必要はありません。戦闘時はこれまで通り、素手で良いです」
「は?」
「ただ、あなたの目印になるような飾り剣は持っていてください! それがせめてもの条件です」
……飾り剣、ね。
正直、エリスの提案に乗っかってやる義理はないのだが……ふと、頭の奥底に沈めていた記憶を思い出した。
「わかった」
「いいんですか?」
「ああ」
「やった! じゃあ、早速武器屋に……」
「行かない」
「ええっ!?」
「エリス、付いてきてくれ」
俺達は部屋を後にした。
向かった先は……。
『出たな魔物めっ!』
かつて俺の遊び場だった、街の外れにある枯れ木の林。その林の最深部に、不格好な四角い石が埋められていた。
「ここは?」
「父の墓だ」
父の墓は、王都にはない。遺骨がないためだ。
だからこの墓石は、俺が王都を旅立ったその日に、俺自らが作ったものだ。
その辺で拾ってきた大きめの石を地面に埋めただけの簡素な墓。これが英雄の死を弔うための墓だとは、誰も思うまい。
「掘ろう」
王都を去る日、遺骨がない中でこの墓石を立てた時、俺は二つのものをこの墓の下に埋めた。
一つは、黒装束から受け取った父の冒険者認識票。
そして、もう一つは……。
「……剣?」
「父の、予備の剣だ」
実家に眠っていた父の予備の剣。当時は父が入念に手入れをしていたが、今では地面に埋めていたこともあり、鞘から剣を抜くことさえ困難な程、錆びついているようだ。
「この剣を、俺の飾り剣にすることにする」
「……どういう心変わりですか、カイルさん」
エリスの声は、どこか少し寂しそうだった。
「多分、あなたはお父さんのことが好きなんだと思います。でも多分あなたは……英雄である父のことは、嫌っているはずです」
「……」
「その英雄である父の象徴である剣を手に戦う気になった理由は一体、何故?」
……何故、か。
「この剣は、英雄である父に選ばれず予備として保管された剣。ただ最終的に使われることなく、錆びついてしまった剣。つまり、英雄に相応しくなかった剣というわけだ」
鞘を無理やり引き抜いたら、剣先は茶色く錆びついていた。
「……英雄出来損ないの俺に、ピッタリだろ?」
剣の錆びついていない鈍く光る部分に、俺の自虐的な笑みが写った。
「そうかも、しれないですね」
エリスの同調に、返事はしなかった。
「……今は」
「え?」
「確かに今は、その剣はまだ、英雄出来損ないの剣かもしれません」
俺はゆっくりとエリスのほうへ、振り向いた。
「でも、あなたが英雄になったその時、その剣は英雄の剣ということになる。誉れ高き英雄の愛剣となる」
彼女は微笑んでいた。
その微笑みは優しく、今の言葉が本心から言っているものだと、嫌でもわかった。
「なあ、エリス」
「なんですか?」
「この剣に、名前をつけてくれないか?」
「……名前を?」
「そう。名前を」
俺は苦笑した。
「英雄が持つに相応しい、カッコいい名前をつけてくれ」




