22.嫌な奴
依頼主へのクエスト完了の報告後、俺達は王都へと帰還した。
ニトロコングとの格闘は一夜にして行われた。結果的に、俺達が王都に帰還したのは、王都出発から翌日の昼頃のことだった。
「あれ、二人とも、まだニトロコングの討伐に行っていなかったの?」
冒険者ギルド本部に行くと、偶然、パラボラと鉢合わせした。
「違うわ。もう倒してきたの」
「……エリス、さすがにそれはやりすぎ」
パラボラはエリスの言葉に呆れた様子だった。
「あたしは、カイルさんを英雄に仕立て上げるためなら、多少の誇張表現は仕方がないと思うよ? でも、やらせは駄目。やらせが招くことは、結局は身の破滅だよ」
「はい。これ」
エリスはニトロコング討伐のクエスト完了用紙を、パラボラに見せつけた。
クエスト完了用紙には、クエスト受注日と完了日が記載されている。
「うぇぇえっ!?」
パラボラは目ん玉が飛び出すくらいに驚いていた。
「も、もしかしてエリスが協力を!?」
「してない。あたしが非戦闘員であることは、あなたも知っているでしょ」
「……は、はは」
パラボラは乾いた笑みを浮かべた。
「……これが英雄の才能か。こわ」
俺達はまだ帰還してまもない身であるものの、善は急げとパラボラに今回のクエストの取材をしてもらうことにした。
おおよそ三十分、俺は彼女の質問に真摯に答えた。
「まったく。カイルさんはどうしてそういつも、捻くれた言い方をするのかな?」
パラボラの怒声が、冒険者ギルド本部の酒場に響く。
どうやら俺自身は真摯に答えたつもりでも、パラボラには捻くれた言い方に聞こえたらしい。
「ま。今回はとりあえずこれでいいや。記事はなんとか書けそうだし」
パラボラはメモ帳を閉じて言った。
「そうしてくれ。取材の対応は、魔物を討伐する以上の重労働なんだ」
「もう。いい加減慣れてよね」
パラボラは身支度を整え出した。
「それじゃあ、行きましょうか」
エリスも取材が終わったことを見て、身支度を始めた。
「二人とも、何してるんだ?」
俺は尋ねた。一体二人は、どこに行くつもりなのだろう?
ああ、二人で夕食を食べに行くのか。そりゃあそうだ。特にエリスなんて、クエスト期間、食事は碌にしていないのだから。
「カイルさんも早く準備してください」
「ん?」
「これから、敵陣に乗り込むんです」
「敵陣?」
「今の時間なら、まだいるはずです」
エリスはいつになく悪い笑顔をしていた。
その笑顔を見て、俺は察した。
「アースの奴に、目に物を見せてやるんでしょ?」
「……そうだったな」
俺は立ち上がり、まもなく二人に続き、酒場を出た。しばらく王都を歩いて、着いた先は先日アースといざこざを起こした大衆食堂。
「おらあ、アースはいるう!?」
扉を開け放ち、奇声を発したのはパラボラ。
「ちょっとパラボラ、なんであなたが先陣を切っているの?」
「こういうの、一回やってみたくて」
エヘヘ、とパラボラが頭を掻いた。パラボラが威勢よく乗り込んだせいで殺気立つ食堂内部と違い、二人の雰囲気はほんわかしていた。
「パラボラ、何の用だ?」
そんな二人のほんわかムードが一変した。
大衆食堂の奥から、アースが姿を見せたのだ。
あいつの顔を見た瞬間、俺の中の怒りの感情がふつふつと沸き始めた。しかし、また喧嘩をすることは色んな人に迷惑がかかる。俺は感情を必死に抑え込んだ。
「おお、英雄候補生じゃないか」
「……カイルだ」
「なんだお前、まだニトロコングの討伐に向かってなかったのか」
……どうやら、俺の名を呼ぶ気はないらしい。
「終わったのよ」
エリスがアースにこれでもかと敵意の視線を向けながら言った。
「終わった? ……はは。あはは!」
アースがおかしそうに高笑いを始めた。
「馬鹿言え。昨日の今日だぞ? さすがにまだ……」
「ん!」
エリスがアースに突きつけたのは、パラボラにした時と同様に、今回のクエスト完了用紙だった。
アースは、クエスト完了用紙を見て、微動だにしなくなった。
「これでわかった? カイルさんの実力が!」
怒声を発するエリス。
「……へぇ」
そんなエリスのことは気にせず、アースは俺に好奇な笑みを向けた。
「カイル・ドゥラン。お前、ニトロコングを僅か二日で討伐したのか」
アースの言葉に。
「あのニトロコングをたった二日で!?」
「アースさんでも一週間はかかったのに」
「馬鹿言え。それは二年前の話。今ならその時以上に早く討伐出来るさ!」
「……でも確か、最短記録でもあの英雄、ナイル・ドゥランの四日だった……よな?」
大衆食堂の面々は、気持ちよいくらいの反応を示してくれた。
「どんなインチキを使ったんだ?」
「……俺がインチキを使ったと思っているのか?」
「思っている」
アースはこちらがいら立つ暇すら与えない程、明確かつ即座に言い放った。
「……何故なら、今の俺でも、ニトロコングは単独で二日で討伐は出来ない。自分が出来ないことを、ひよっこ冒険者が出来るだなんて、信じられるはずがないだろ?」
……確かにその通りだ。
「今回の功績をインチキなしで成しえたこと、お前はどうやって証明する?」
アースの問いは、中々に意地が悪い問いだと思えた。
何故なら、現場に立ち会っていなかったこいつに、俺がインチキなくニトロコングを単独二日で成功した旨を証明する術など、あるはずがないのだから。
過去の成果で、俺の実力をこいつに証明する手立てはない。
「なら、これからの俺の功績を見て判断しろ」
何故なら俺は、これからなりたくもない英雄になる男なのだから。
それより明確で、それより単純な証明方法など、ありはしないと思った。
「……ふっ」
アースは小さく微笑んだ。
「……この前の非礼を詫びよう。カイル・ドゥラン」
「……何?」
「俺の負けだ」
アースは意外にもあっさりと自らの非を認めてきた。
「コラムにも書くといい。お前の偉大さ。そして、俺の愚かさを」
正直、拍子抜けだった。
「そんなことをしたら、俺の評価は上がり、お前の評価は下がることになるが?」
「そうだな」
「そうだなって……お前、それでいいのか?」
「ああ、問題ない」
アースは肩を竦めた。
「お前の実績が事実なら、俺の非礼は実際に詫びるしかないからな」
……ああ、そうか。
「ただ、もしお前が偽証行為を行っていたのなら、お前はこの街に入れなくなる」
こいつ、言葉とは裏腹に、認めていないんだ。
俺が単独でニトロコングを二日で討伐したことも。
俺が英雄候補生となることも。
「だから、証明してくれよ。俺だけでなく、この国の人間、全員に」
アースは踵を返した。
「お前の英雄っぷりをな」
……はぁ。
「あいつ、本当に嫌な奴だな」
俺は怒りの感情を抑えながら、暴言を吐いた。
結局その日、俺は大衆食堂で飯を食うことはなく、一人自室で済ませることにしたのだった。




