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第8話 王太子府の“優しい牢屋

王太子府は豪奢だった。

 絨毯は厚く、壁は絵画で埋まり、香が甘い。

 そして空気は、息苦しいほど管理されている。


「ここが、お前の机だ」

 案内役の側近が言う。

 机は窓際。見張りやすい。

 書類棚は空。――つまり、情報は渡さない。


 私は椅子に座り、ペンを回した。

「結構です。欲しいのは書類じゃなくて、契約記録なので」


 側近が顔をしかめる。

「契約記録は王太子殿下の許可が――」

「じゃあ許可をもらいます」

「無理だ」

「なら、殿下が“許可せざるを得ない状況”を作ります」


 私は微笑んだ。監査官の笑みは、大体脅迫だ。


 その日、王太子府で最初に目をつけたのは“支出”だった。

 豪奢な生活。

 そして不自然なほど、備品費が高い。


 私は【契約監査】で支出契約を読む。

 糸は太い。太いのに、宛先が曖昧。


(備品調達契約あり、品目は神殿用“聖油”、納入は月二回、金額は寄付金から充当)


(……王太子府が、神殿用の聖油を?)


 私は側近に言った。

「聖油の納入先はどこですか」

「神殿だ」

「なら納品証明を。契約は“納品”がないと完成しません」


 側近が黙る。

 黙った時点で、だいたい黒。


 私はペンを走らせ、王太子宛の申請書を書いた。

『臨時監査官として、聖油調達契約の納品証明および契約記録閲覧を求む』

 そして最後に、こう一文を添える。


『未提出の場合、寄付金横領の可能性あり。評議会へ報告する』


 側近の顔が引き攣る。

「脅しだぞ」

「監査です」


 夕方。

 エーヴァルトが迎えに来た。王太子府でも、彼だけは自由に入れるらしい。

 彼がいるだけで、側近たちの顔色が変わる。


「今日の成果は?」

「聖油」

 私は短く答える。「寄付金が“聖油”に化けてます」


 エーヴァルトの目が鋭くなる。

「偽物か」

「たぶん“聖油の名目”で金を動かしてる。

 でも、契約には納品が必要。納品証明を作ってる人がいるはず」


エーヴァルトが言った。

「夜に動く」


「……王命は?」


「ない。王太子府は勝手に踏み込めない」


「じゃあ――」


「だから例外だ」

  彼は私を見下ろす。

「お前が死ぬほうが困る」


 困る、の言い方がずるい。

 私は頷いた。


 夜。王太子府の倉庫へ。

 鍵は側近が持っているはずなのに、扉は開いていた。

 ――誘いだ。


 私は【契約監査】を起動し、扉の契約糸を読む。

 そして、背筋が凍った。


(入室許可契約あり、条件は監査官を“事故”として処理、関与者は王太子側近、聖女侍従長)


「……罠」

 私が言った瞬間、背後の扉が閉まった。

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