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第6話 聖女の“白”は、どこまで白い

聖女の“白”は、どこまで白い


 聖堂は、朝の光に満ちていた。

 私は“監査官”として正面から入る。

 エーヴァルトは無言で後ろに立ち、周囲の視線を凍らせる。


 聖女は白い衣で現れた。

 前回の指先の傷は、包帯で隠されている。


「まあ、罪人がここへ?」

 彼女は微笑む。作り物の優しさ。


「罪人かどうかは、監査が決めます」

 私は同じ台詞を返した。


 聖女の侍従長が前へ出る。

 昨夜の契約糸の持ち主。

 私は【契約監査】で糸を確認しながら、穏やかに言う。


「寄付金の契約札を確認します。第三期の分、全て」

「聖女様の御務めは神聖です。下賤な数字など――」

「数字を下賤と呼ぶなら、寄付も下賤ですね。寄付は金ですから」


 侍従長の顔が歪む。

 聖女が手を上げ、侍従長を止めた。


「よいでしょう。見せて差し上げますわ」

 聖女は笑う。「潔白であることを、神の前で示します」


 私は頷いた。

「では、契約札を」


 侍従が持ってきた札の束は、綺麗に整っている。

 ――整いすぎている。


 私は一枚ずつ触れ、糸を辿った。

 最初の十枚は“白”。

 次の十枚も“白”。

 ……そして二十一枚目で、糸が急に黒くなる。


(混ぜた)


 私は札を机に置き、静かに言った。

「聖女様。この札だけ、契約記録が“二重”です」


「そんなはず――」

 聖女が言いかけた瞬間、エーヴァルトが一歩前へ出た。


「嘘をつくな」

 彼の声は低いのに、室内全員が黙った。


 私は札に染みついた要点を読み上げる。

(表は寄付金受領、裏は王宮への“献上”名目で移送、受領者は宰相補佐ギルベルト)


 侍従長が顔面蒼白になる。

 聖女の笑みが、ほんの僅かに揺れた。


「……神への献上ですわ」

 聖女は持ち直す。「神殿の裁量で――」


「裁量なら、契約に書くべきです」

 私は首を傾げる。「書いてない。だから裏契約。つまり不正」


 聖女の指が机を叩いた。

「あなたは、神を疑うの?」

「いいえ。疑ってるのは人間です」


 私は札を束ね、封印紐で縛った。

「これ、押収します」

「許しません!」侍従長が叫ぶ。


 その瞬間。

 室内の空気が、冷たく割れた。


 エーヴァルトが剣の柄に手を置いたのだ。

 抜かない。だが、抜けると伝えるだけで十分。


「押収は合法だ」

 彼は淡々と言った。「妨害するなら、拘束する」


 侍従長が後ずさる。

 聖女は微笑んだまま、私を見た。


「……いいわ。持っていきなさい」

 その声は甘い。「ただし、あなたがそれを持ち出した瞬間――あなたは“神殿の敵”よ」


 私は笑って返した。

「敵で結構です。手早く決着をつけますから」


 聖堂を出たところで、エーヴァルトが私の腕を掴んだ。

「今の挑発は危険だ」

「危険なほうが、相手は動きます」


 私は言い、彼の手を見上げた。

「……でも、ちょっと強いです。腕、痣になります」

 エーヴァルトは一瞬だけ戸惑い、手を離した。


「すまない」

 謝るのか、この氷が。

 私は少しだけ、笑ってしまった。


 そのとき、遠くで鐘が鳴った。

 王宮からの急使。

 封筒には王太子の印がある。


『本日夕刻、評議会に出頭せよ。

 臨時監査官リディア・アルベール。――来なければ追放を即時執行する』


(本丸が、動いた)

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