第5話 王宮の“部屋割り”は監査より恐ろしい
近衛騎士団の宿舎は、王宮の東翼にある。
私は半ば拉致のように連れてこられ、部屋の前で鍵を渡された。
「ここだ」
エーヴァルトが指した扉の札には、『客室二』とある。
その隣の扉には、『団長室』。
「……本当に隣?」
「壁一枚だ。声が聞こえる」
「最悪……」
「安全だ」
安全、という言葉は、時に牢屋と同義だ。
私は荷物を置くと同時に、机に帳簿を広げた。
狙われた。つまり、当たりに近づいている。
夜、廊下の灯りが落ちた頃。
部屋の窓が、ほんの少しだけ開いた。
風じゃない。人の手だ。
私は【契約監査】を起動した。
契約糸が、窓辺でひらひらと揺れる。
――そこに、“誓約の匂い”がある。
侵入者がいる。
けれど、侵入者は“契約”を持っている。
つまり、ただの暗殺者じゃない。王宮の誰かの手先。
私は机の引き出しから、昼間の二重契約札を取り出した。
これが狙いなら、奪われる前に“罠”にする。
扉の向こうで、微かな足音。
次の瞬間、窓から黒装束が滑り込んできた。
「その札を渡せ」
低い声。顔は布で隠れている。
「嫌です」
私は即答し、札を見せびらかした。「これ、あなたの雇い主が困るやつでしょ」
「なら――」
黒装束が飛びかかる。
私は机の上に札を叩きつけた。
「発動。――“返却条項”!」
二重契約札に、わざと仕込んでおいた。
契約魔法は“条項”を嫌う。条項が多いほど、嘘が通りにくい。
札が光り、黒装束の腕に糸が絡みついた。
彼が掴んだ瞬間、契約が“所有者”を判定し、引き剥がす。
「なっ――」
黒装束の手から札が弾かれ、床に落ちた。
同時に、壁一枚向こうから扉が破られる音。
エーヴァルトが現れ、黒装束の首元に剣を突きつけた。
「――誰の命令だ」
氷の声。
黒装束は歯を食いしばって黙る。
私は【契約監査】で、黒装束の身体に絡む契約糸を読む。
糸は薄い。短い。使い捨て。
契約の要点が、胸の奥に冷たく流れ込む。口封じ、証拠隠滅。対価は金貨十枚。
契約者の名――“聖女侍従長”。
私は笑うのをやめた。胸の奥が冷える。
「……黒幕は聖女側ね。エーヴァルト、今すぐ侍従長を押さえて」
エーヴァルトの目が細くなる。
「今ここで?」
「はい。証拠は動きます。動く前に、こちらが先に動く」
彼は一度だけ頷き、黒装束を床に押さえつけたまま近衛へ短く命じた。
「侍従長を確保しろ。逃がすな」




