第2話 追放先は王宮の墓場
翌朝、私は牢ではなく王宮の回廊を歩いていた。
両腕を拘束されることもない。代わりに、背後にひとり――影みたいに歩く男がいる。
近衛騎士。黒銀の制服。背丈は高く、歩幅は静かで、足音がほとんどしない。
“氷の騎士団長”と噂される男だと、侍女たちが囁いていた。
「……あなたが護衛?」
「執行」男は短く訂正した。「逃亡防止のために付けられた」
声まで冷たい。
けれど、私のスキルは彼の言葉に嘘がないと告げている。彼は私を憎んでいない。興味もない。
ただ職務だけ。
「団長、こちらです」案内役の文官が頭を下げる。
団長――やはり。
王宮の奥、階段を降りた先に、湿った空気が広がっていた。
薄暗い灯り。鉄扉。積み上げられた木箱。
「会計監査局・資料保管室――通称“墓場”」
文官は苦笑した。「ここに来た者は皆、二度と出世できない」
「最高ですね」私は即答した。
文官と団長が同時に瞬きをする。
「……最高?」
「静かで、紙がたくさんあって、誰にも邪魔されない。監査に向いてます」
私は扉の取っ手を握りしめた。「それに、無駄な時間はかけたくない」
団長の眉がわずかに動いた。
ほんの少しだけ、面白がっている。そんな気配。
扉が開く。
埃。紙。インク。古い蝋の匂い。
棚の間を覗くと、束ねられた帳簿に“未整理”“未確認”“保留”の札が刺さっている。
私は吸い込まれるように棚へ近づいた。
――ここに、嘘が眠っている。
【契約監査】を起動すると、空気に紛れた糸が見える。
契約は糸を引く。金は糸を増やす。嘘は糸を絡ませる。
最奥の棚で、ひとつだけ異様に黒い糸が絡みついた箱があった。
箱のラベルにはこう書かれている。
『聖堂寄付金 第三期 未決』
私は箱に触れた。
瞬間、胸の奥に冷たい情報が走った。
(寄付金受領契約あり、送金先は複数、分割指示あり、改竄痕跡あり)
(関与者は……司祭長、会計局、宰相補佐、――聖女)
私は小さく息を呑む。
初手から、本丸が混じっている。
団長が私の手元を見下ろした。
「……何が見えた」
「墓場じゃない。ここ、宝の山です」
私は箱を抱えて立ち上がる。
「まずはこれ。三日で片をつけます」
「三日?」
団長が低く笑った。氷が割れる音みたいに。
「余計な時間はかけません。急ぎます」
私は箱の蓋を開け――そして中身を見て、言葉を失った。
帳簿の間に、一枚だけ“白紙の契約書”が挟まっていた。
署名欄には、王太子の名がある。
(……どうして、ここに?)




