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第18話 王太子は"操り人形"だったのか

王の馬車は王宮の奥深く、私室の前で止まった。

 扉が開き、王が先に降りる。私とエーヴァルトが続いた。


「ここなら安全だ」

 王は私室の扉を開け、中へ招いた。「ギルベルトの手は、ここまでは届かない」


 私室は質素だった。豪奢な装飾もなく、書斎のような落ち着いた空間。

 王は椅子に座り、深くため息をついた。


「監査官殿。君は王太子府で、何を見つけた?」

「寄付金の流れです」


 私は懐から、先ほど手に入れた契約書を取り出した。

「表向きは神殿への寄付。実際の受領者は宰相補佐ギルベルトです」


 王の目が細くなる。

「……やはり」


「陛下もご存知だったのですか」

「疑ってはいた。だが、証拠がなかった」


 王は立ち上がり、窓へ向かう。

「息子は愚かだが、悪人ではない。ただ――利用されやすい」


「利用されていた、と?」

「そう思いたい」


 王は振り返った。

「だが、真実は分からない。だから君に頼んだ」


 私は契約書を見つめた。

 この契約には、王太子の署名がある。

 だが――署名の"筆跡"が、妙に薄い。


 私は【契約監査】を起動し、契約書に染みついた要点を読む。

 胸の奥に、冷たい情報が流れ込んだ。


(寄付金契約、署名者は王太子、だが署名は"代筆"、代筆者は――側近)


 私は息を呑んだ。

「……陛下。この契約、王太子殿下が直接署名していません」


 王が目を見開く。

「どういうことだ」


「代筆です。側近が王太子殿下の名で署名している」

 私は契約書を王に見せた。「つまり、王太子殿下は知らなかった可能性があります」


 王の顔が、わずかに緩んだ。

「……本当か」


「契約記録は嘘をつきません」

 私は頷いた。「ただし――」


「ただし?」

「代筆を許可したのが王太子殿下なら、やはり責任はあります」


 王が黙る。

 長い沈黙の後、王は静かに言った。


「……息子を、調べてくれ。本当に無実なのか、それとも共犯なのか」

「分かりました」


 私は契約書を仕舞った。

 そのとき、エーヴァルトが低く言った。


「陛下。ギルベルトが動いている。今夜、王太子府を包囲するかもしれません」

「包囲?」


「監査官を奪還するためです」

 エーヴァルトは淡々と続けた。「ギルベルトは、リディアを消そうとしている」


 王の目が鋭くなる。

「……許さん」


 王は侍従を呼び、短く命じた。

「近衛を動かせ。王太子府を守れ。ギルベルトの兵は入れるな」


 侍従が頭を下げ、走り去る。


 私は王を見た。

「陛下……ありがとうございます」


「礼はいらない」

 王は疲れた顔で微笑んだ。「君は、この国を救おうとしている。私が守るのは当然だ」


---


 その夜、私は王の私室の隣の客室に泊まった。

 エーヴァルトは扉の前に座り、一睡もせずに見張っている。


 私は窓の外を見た。

 王宮の庭に、近衛の兵が配置されている。

 ギルベルトの兵が来ても、すぐに撃退できる体制だ。


「……エーヴァルト」

 私が声をかけると、彼は振り返らずに答えた。


「何だ」

「王太子は、本当に無実だと思いますか」


 エーヴァルトは少し黙り――そして、静かに言った。

「分からない」


「正直ですね」

「嘘をつく理由がない」


 私は小さく笑った。

 この人は、いつも率直だ。


「でも」

 エーヴァルトが続ける。「お前が調べれば、真実が分かる」


「……信じてくれるんですね」

「当然だ」


 エーヴァルトは立ち上がり、私の方を向いた。

「お前の契約監査は、嘘を見抜く。なら、真実も見抜ける」


 私は彼を見上げた。

 氷の騎士団長。

 でも今、彼の目は――温かい。


「ありがとう」

 私は小さく言った。


 エーヴァルトが私の頭にそっと手を置く。

「……休め」


「あなたこそ」

「俺は大丈夫だ」


「嘘です」

 私は彼の手を取った。「少しでいいから、休んでください」


 エーヴァルトの目が揺れた。

 そして、静かに言った。


「……お前が眠るまで」


「約束ですよ」

 私は微笑んだ。


 エーヴァルトは頷き、また扉の前に座った。

 私はベッドに横になり、目を閉じた。


 でも――眠れない。

 頭の中で、契約書の内容が渦巻いている。


 王太子は本当に無実なのか。

 それとも、巧妙に責任を逃れているだけなのか。


(明日、王太子本人に会わないと)


---


 翌朝、王が私を呼んだ。

 王の執務室に入ると、そこには王太子も立っていた。


 王太子は私を見ると、複雑な表情を浮かべた。

 憎悪か。後悔か。それとも――。


「監査官殿」

 王が口を開いた。「昨夜、息子と話をした」


 私は一礼した。

「はい」


「息子は、ギルベルトに利用されていたと主張している」

 王は疲れた顔で続けた。「だが、それが真実かどうか――君に確かめてほしい」


 私は王太子を見た。

 彼は視線を逸らさない。


「殿下」

 私は一歩前へ出た。「お話があります」


「……聞こう」

 王太子は椅子に座った。「どうせ、また不正を暴きに来たのだろう」


「いいえ」

 私は首を振った。「真実を知りに来ました」


 王太子が目を細める。

「真実?」


「はい」

 私は契約書を取り出した。「これ、殿下が署名されたものですか」


 王太子が契約書を見る。

 その目が、わずかに揺れた。


「……これは」

「神殿への寄付金契約です。ですが、実際の受領者は宰相補佐ギルベルトです」


 王太子の顔が蒼白になる。

「ぎ、ギルベルトに?」


「ご存知でしたか」

「知らない!」


 王太子が机を叩いた。

「私は知らない! 神殿への寄付だと聞いていた!」


 私は【契約監査】を起動し、王太子の周囲の契約糸を読む。

 糸は複雑だが――この発言に嘘の気配はない。


 王太子は、少なくとも詳細は知らなかった。


「殿下」

 私は静かに言った。「この契約、殿下の署名ではありません。代筆です」


 王太子が顔を上げる。

「代筆?」


「はい。側近が殿下の名で署名しています」

 私は契約書を指差した。「ただし――」


 私は一呼吸置いた。

「代筆を許可したのは、殿下ですね」


 王太子の顔が強張る。


「側近に署名権限を与えた。つまり、殿下にも責任はあります」

 私は続けた。「知らなかったでは済まされません」


 王太子が震え始めた。

「……私は、信じていただけだ。ギルベルトを。側近たちを」


「信じることと、確認しないことは違います」

 私の声は冷たくなる。「殿下は王太子です。署名の重さを、誰よりも知っているはずです」


 王太子が椅子に深く座り込んだ。

 その顔は、悔しさと――自責で歪んでいる。


「……私は、愚かだった」

 王太子は呟いた。「楽な道を選んだ。面倒を避けた。そして――」


 彼は私を見た。

「お前を、断罪した」


「殿下」

 私は一歩前へ出た。「協力してください」


 王太子が私を見る。

「協力?」


「はい。ギルベルトを止めるために」

 私は真剣に言った。「殿下の証言があれば、ギルベルトを断罪できます」


 王太子が黙る。

 長い沈黙の後、彼は静かに言った。


「……私は、お前を婚約破棄した」

「はい」


「追放しようとした」

「はい」


「なのに――なぜ、協力を求める」

 王太子の声が震える。


 私は真っ直ぐ彼を見た。

「私が望むのは、復讐ではありません。真実です」


 王太子が目を見開く。


「殿下は利用されました。でも――」

 私は続けた。「利用を許したのも、殿下です」


 王太子が息を呑む。


「ギルベルトを断罪した後、殿下も責任を問われる可能性があります」

 私は静かに言った。「それでも、協力してくれますか」


 王太子が長く黙った。

 そして――立ち上がった。


「……分かった」

 王太子は私を見た。「私には、責任がある。それを認める」


 彼は一歩前へ出る。


「ギルベルトを止める。そして――お前への断罪が、間違いだったと認めよう」

 王太子の声は、震えていた。「婚約破棄は撤回しない。だが、お前に謝罪する権利くらいは――欲しい」


 私は少しだけ、驚いた。

 この人は――自分の過ちを認められる人だ。


「……分かりました」

 私は深く一礼した。「協力、感謝します」


---


 執務室を出ると、エーヴァルトが待っていた。

「どうだった」


「王太子は――」

 私は少し考えて答えた。「黒幕ではありません。でも、無実でもない」


 エーヴァルトが頷く。

「被害者でもあり、加害者でもある、か」


「はい」

 私は頷いた。「利用されましたが、利用を許したのも殿下です」


「それでも、協力は得られたのか」

「はい。殿下は、自分の責任を認めました」


 エーヴァルトの目が、わずかに柔らかくなる。

「……成長したな、あの男も」


「え?」

「以前の王太子なら、責任を認めなかった」


 エーヴァルトは静かに言った。

「お前が、変えたのかもしれない」


 私は少し驚いた。

「私は、何も――」


「お前は、真実を求めた」

 エーヴァルトが遮った。「それだけで、十分だ」


 私は小さく頷いた。


「さて」

 私は気持ちを切り替えた。「次は――」


「ギルベルト」

 エーヴァルトが即答する。


「はい」

 私は静かに言った。「真の黒幕を、落とします」


 エーヴァルトが私の肩に手を置いた。

「……危険だ」


「分かってます」

「ギルベルトは、聖女や侍従長とは違う」


 エーヴァルトの声が低くなる。

「あの男は、賢い。そして――容赦がない」


「それでも、やります」

 私は彼を見上げた。「あなたがいれば、大丈夫です」


 エーヴァルトの目が揺れた。

 そして、静かに言った。


「……お前は、俺を買いかぶりすぎだ」


「買いかぶってません」

 私は即答した。「あなたは、本当に強いです」


 エーヴァルトが小さく笑った。

 氷の騎士団長が、笑う。


「……お前には敵わない」


 そのとき、廊下の奥から足音が聞こえた。

 宰相府の書記官が走ってくる。


「監査官殿! 大変です!」

 書記官が息を切らして言った。


「何があったんですか」

「ギルベルトが――評議会を招集しました!」


 私は息を呑んだ。

「評議会?」


「はい! 監査官殿を、評議会で断罪すると!」


 私とエーヴァルトは顔を見合わせた。

 ギルベルトが先手を打ってきた。


「いつですか」

「明日の正午です!」


 私は拳を握りしめた。

 明日。

 ギルベルトとの、正面対決。


「……分かりました」

 私は静かに言った。「受けて立ちます」


 書記官が頭を下げ、去っていった。


 エーヴァルトが私の手を取った。

「……準備しろ」


「はい」

「証拠を揃えろ」

「はい」


「そして――」

 エーヴァルトは私の目を見た。「生き延びろ」


 私は頷いた。

「必ず」


---


 その夜、私は王の私室で証拠を整理していた。

 寄付金の契約書。代筆の記録。ギルベルトへの送金記録。


 全て揃っている。

 でも――まだ足りない。


 ギルベルトは賢い。この程度の証拠では、言い逃れる。


「……もっと決定的な証拠が必要」

 私は呟いた。


 エーヴァルトが私の隣に座った。

「何が必要だ」


「ギルベルト本人の契約記録です」

 私は彼を見た。「彼が直接署名した、不正の証拠」


「どこにある」

「分かりません」


 私は頭を抱えた。

「ギルベルトは全ての痕跡を消しています。代理人を使い、記録を隠し――」


「なら、代理人を探せ」

 エーヴァルトが即答した。


 私は顔を上げた。

「……代理人?」


「ギルベルトが使った代理人。その人間を見つけて、自白させる」


 私は目を輝かせた。

「それだ!」


 エーヴァルトが小さく笑う。

「お前、今気づいたのか」


「はい」

 私は苦笑した。「頭が回ってませんでした」


「疲れてるからだ」

 エーヴァルトが私の頭に手を置く。「今夜は休め」


「でも、明日が――」

「だから休め」


 エーヴァルトの声が、いつもより優しい。

「休まないと、戦えない」


 私は頷いた。

「……分かりました」


 エーヴァルトが立ち上がり、扉へ向かう。

 そして振り返らずに、言った。


「明日、俺は評議会にいる」

「……ありがとう」


「礼はいらない」

 エーヴァルトは静かに言った。「お前を守るのは、俺の選択だ」


 その言葉が、胸の奥に染みた。


---


 翌朝、私は評議会の準備をしていた。

 証拠の束。契約書。そして――代理人の名簿。


 昨夜、王の協力で代理人の一人を特定した。

 名前は、ロラン・デュボワ。ギルベルトの側近だ。


 私は王に頼み、ロランを拘束してもらった。

 そして今朝、尋問する。


 牢の前で、ロランが震えていた。

 私は【契約監査】を起動し、彼の周囲の契約糸を読む。


(口封じ契約あり、対価は金貨百枚、契約者はギルベルト)


「ロラン」

 私は静かに言った。「あなた、口止めされてますね」


 ロランが顔を上げる。

「……何を」


「ギルベルトから金貨百枚もらって、秘密を守る契約をした」

 私は契約糸の要点を読み上げた。「でも、その契約には"解除条項"がありますね」


 ロランの目が揺れる。


「ギルベルトが断罪されたら、契約は無効」

 私は微笑んだ。「つまり、あなたは喋れます」


 ロランが震えた。

「で、でも――喋ったら、ギルベルト様が――」


「ギルベルトは、今日落ちます」

 私は即答した。「だから、安心して喋ってください」


 ロランが長く息を吐いた。

 そして――口を開いた。


「……分かりました」

 ロランは震える声で言った。「全て、話します」


 私は頷いた。

 そして、ロランの証言を聞いた。


 寄付金の横流し。代理署名の指示。口封じ契約。

 全て、ギルベルトの命令だった。


「ありがとうございます」

 私は証言を記録し、ロランに言った。「これで、ギルベルトを落とせます」


---


 正午。

 評議会の間は、人で溢れていた。


 貴族たち。神殿の司祭たち。民衆の代表たち。

 そして――中央に、ギルベルトが立っている。


 私は証人席に立ち、エーヴァルトが後ろに控える。

 王が玉座に座り、宰相が隣に立つ。


 ギルベルトが私を見た。

 笑っている。余裕の笑み。


「監査官殿。よく来たね」

 ギルベルトの声は穏やかだ。「今日は、君を断罪する日だ」


「逆です」

 私は即答した。「あなたを断罪する日です」


 評議会がざわめく。


 宰相が咳払いし、場を鎮めた。

「では、宰相補佐ギルベルト。監査官への告発内容を述べよ」


 ギルベルトが一歩前へ出た。

「監査官リディア・アルベールは、職権を濫用しました」


「濫用?」

 私が聞く。


「そうだ」

 ギルベルトは頷いた。「君は王太子府に無断で侵入し、契約書を盗み出した」


「王命があります」

 私は令状を掲げた。「王の許可を得て、調査しました」


 ギルベルトが笑う。

「その令状は、君が偽造したものだろう」


 評議会が騒然となる。


 私は冷静に答えた。

「偽造なら、契約魔法の痕跡が残ります。調べてください」


 宰相が令状を受け取り、調べる。

 長い沈黙の後、宰相は言った。


「……偽造ではない。確かに、王の印だ」


 ギルベルトの笑みが、わずかに硬くなる。


「なら――」

 ギルベルトは別の紙を取り出した。「これはどうかな」


 私はその紙を見て、息を呑んだ。

 それは――私が昨日、王太子府で見つけた契約書だった。


「この契約書、君が改竄したものだろう」

 ギルベルトが言う。


「してません」

「では、なぜ君の手の痕跡がついている」


 私は黙った。

 確かに、私は契約書に触れた。

 【契約監査】を使うために。


 ギルベルトが続ける。

「監査官は、契約を読むことができる。なら――書き換えることもできるはずだ」


 評議会がざわめく。

 私への疑いの目。


 エーヴァルトが一歩前に出た。

「待て」


 氷の声。


「監査官は、契約を読むことしかできない」

 エーヴァルトは淡々と言った。「書き換える能力はない」


「どう証明する」

 ギルベルトが問う。


「契約魔法の記録で証明できる」

 私は即答した。「契約を改竄すれば、痕跡が残ります。調べてください」


 宰相が契約書を調べる。

 そして――首を振った。


「改竄の痕跡はない」


 ギルベルトの顔が引き攣る。


「では――」

 私は一歩前へ出た。「今度は、私が告発します」


 私は証拠の束を取り出した。

「宰相補佐ギルベルト。あなたを、寄付金横領、契約偽装、証拠隠滅、王太子府への不正関与の罪で告発します」


 評議会が息を呑む。


 ギルベルトが笑った。

「証拠は?」


「あります」

 私は契約書を掲げた。「これが、あなたが受け取った寄付金の記録です」


 ギルベルトが肩をすくめる。

「それは、私の署名ではない」


「代理人の署名です」

 私は即答した。「ロラン・デュボワ。あなたの側近」


 ギルベルトの目が細くなる。


「そして」

 私は続けた。「ロランは、今朝自白しました」


 評議会が騒然となる。


「全て、あなたの命令だったと」

 私は静かに言った。「寄付金の横流し。代理署名。口封じ契約。全て」


 ギルベルトの笑みが消えた。

「……ロランが喋ったと?」


「はい」

 私は頷いた。「証言記録もあります」


 私は証言書を宰相に渡した。

 宰相が読む。

 その顔が、徐々に厳しくなる。


「……ギルベルト」

 宰相が低く言った。「これは、本当か」


 ギルベルトが黙る。

 長い沈黙。


 そして――彼は笑った。


「……面白い」

 ギルベルトは私を見た。「君は、本当に賢いね」


「賢くないと、生き残れませんから」

 私は微笑んだ。


 ギルベルトが深く息を吐いた。

「分かった。認めよう」


 評議会が凍りついた。


「私が、寄付金を横領した」

 ギルベルトは静かに言った。「王太子を利用し、聖女を操り、全てを手に入れようとした」


 王が立ち上がった。

「ギルベルト……なぜだ」


「国のためです」

 ギルベルトは真剣な顔で答えた。「この国は腐っている。王家も、神殿も、貴族も。

 誰かが正さねばならなかった」


「だから、不正を?」

 私が問う。


「そうだ」

 ギルベルトは頷いた。「不正で得た金を使い、改革を進めるつもりだった」


 私は首を振った。

「それは、ただの言い訳です」


 ギルベルトが私を睨む。


「不正は不正です」

 私は静かに言った。「目的が正しくても、手段が間違っていれば――全てが台無しです」


 ギルベルトが長く黙った。

 そして――小さく笑った。


「……お前は、本当に容赦がないな」


「容赦する理由がありません」

 私は即答した。


 宰相が立ち上がった。

「宰相補佐ギルベルト。お前を――寄付金横領、契約偽装、証拠隠滅、王太子府への不正関与の罪で断罪する」


 ギルベルトは何も言わず、連行されていった。

 最後まで、笑っていた。


---


 評議会が終わり、私は廊下に出た。

 勝った。

 ギルベルトを落とした。


 でも――胸の奥は、妙に空虚だ。


 エーヴァルトが私の隣に並んだ。

「……疲れたか」


「はい」

 私は正直に答えた。


 エーヴァルトが私の肩に手を置く。

「よくやった」


「……本当に、よかったんでしょうか」

 私は呟いた。


 エーヴァルトが私を見る。

「何を言ってる」


「ギルベルトは、国のためだと言いました」

 私は彼を見上げた。「もしかしたら――本当にそうだったのかもしれない」


 エーヴァルトが首を振った。

「違う」


「え?」

「ギルベルトは、自分のためだ」


 エーヴァルトは静かに言った。

「国のため、と言えば正当化できる。だが――お前が暴いたのは、嘘だ」


 私は彼の言葉を噛みしめた。

 そして――頷いた。


「……そうですね」


 エーヴァルトが私の頭に手を置く。

「お前は、正しかった」


 その言葉が、胸の奥に染みた。


「……ありがとう」

 私は小さく言った。


 そのとき、廊下の奥から王が現れた。

「監査官殿」


 私は一礼した。

「陛下」


「よくやってくれた」

 王は疲れた顔で微笑んだ。「これで、この国は少しだけ綺麗になった」


「まだ終わっていません」

 私は即答した。


 王が目を細める。

「……まだ、何かあるのか」


「はい」

 私は頷いた。「ギルベルトは落ちました。でも――全ての不正が解決したわけではありません」


 王が黙る。


「残りの日数で、全てを片付けます」

 私は静かに言った。「三十日の約束を、守ります」


 王が小さく笑った。

「……お前は、本当に休まないな」


「休んだら、潰されますから」

 私は微笑んだ。


 王が私の肩に手を置いた。

「無理はするな。お前が倒れたら――この国が困る」


 私は頷いた。

「はい」


---


 その夜、私はエーヴァルトの部屋で休んだ。

 彼は扉の前に座り、いつものように見張っている。


 私は窓の外を見た。

 月が細い。夜は深い。


「……エーヴァルト」

「何だ」


「残りの日数、あとどれくらいですか」

「十日」


 私は息を呑んだ。

 もう、十日しかない。


「十日で、全て終わらせられるでしょうか」

「お前なら、できる」


 エーヴァルトは即答した。

「お前は、できないことをしない」


 私は彼を見た。

 氷の騎士団長。

 でも今、彼の目は――温かい。


「……信じてくれるんですね」

「当然だ」


 エーヴァルトが立ち上がり、私の隣に座った。

「お前が三十日で終わらせると言った。なら、終わる」


 私は小さく笑った。

「……買いかぶりすぎです」


「買いかぶってない」

 エーヴァルトは私の手を取った。「お前は、本当に強い」


 私の胸が、どくんと跳ねた。

 この人は――いつも、私を信じてくれる。


「エーヴァルト……」

「何だ」


「三十日が終わったら――」

 私は彼を見上げた。「答えを、出します」


 エーヴァルトの目が揺れた。

 そして、静かに言った。


「……待ってる」


 その声は、いつもより低く――そして、温かかった。


 私は彼の手を握り返した。

 もう、離したくない。


 翌朝、私の机に新しい封筒が置かれていた。

 黒い蝋。宰相の印。


 中には一枚の紙。


『ギルベルト断罪の功績を認める。

 残る不正の一掃に、全力を尽くせ。

 宰相府は全面協力する』


 私は紙を握りしめた。

 残り十日。

 全てを終わらせる。


 そして――エーヴァルトに、答えを出す。



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