表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/30

第16話 勝利の代償

王太子からの警告状が届いてから、三日が経った。

 私は王太子府への調査を開始したが――壁は、想像以上に厚かった。


「王太子殿下の側近、全員が口を割りません」

 宰相府の書記官が報告する。「聖女が名前を挙げた者たちも、沈黙を貫いています」


「契約記録は?」

「側近たちは、全て"代理人"を使って契約を結んでいます。本人の署名が見つかりません」


 私は机を叩いた。

 代理人契約。便利な逃げ道だ。

 契約魔法は署名者を縛るが、代理人が署名すれば本人は自由になる。


「では、代理人を調べます」

「すでに逃亡しています」


 私は息を吐いた。

 王太子府は、聖女が落ちる前に証拠を消していた。


「……やるわね」

 私は呟く。


 エーヴァルトが壁際から言った。

「王太子府は、聖女より賢い」


「賢いというより、狡猾です」

 私は立ち上がる。「なら、別の角度から攻めます」


「どうする」

「王太子本人の契約記録を見ます」


 書記官が顔を上げた。

「それは――王命がなければ」


「だから、王に会いに行きます」

 私は即答した。「今日、今すぐ」


---


 王の私室は、王宮の最奥にある。

 私とエーヴァルトは、長い廊下を歩いた。


 途中、貴族たちとすれ違う。

 彼らは私を見ると、露骨に顔をしかめる。


「……聖女様を断罪した女だ」

「恐ろしい。次は誰が狙われるのか」

「追放されるべきは、あの女のほうだ」


 囁き声は、わざと聞こえるように言われている。

 私は足を止めなかった。


 エーヴァルトが低く言った。

「気にするな」


「気にしてません」

 私は即答した。


「嘘だ」

 エーヴァルトは短く言った。「お前の手が震えてる」


 私は自分の手を見た。

 確かに、わずかに震えている。


「……少しだけ、疲れました」

 私は小さく言った。


 エーヴァルトが私の手を取った。

 その手は温かい。


「無理するな」

「無理しないと、潰されます」


「なら、俺が支える」

 エーヴァルトの声が、いつもより優しい。


 私は彼を見上げた。

「……ありがとう」


 エーヴァルトは何も言わず、ただ私の手を握ったまま歩いた。

 その手は、離さない。


---


 王の私室の前で、侍従が立ち塞がった。

「王太子殿下が、お待ちです」


 私は眉をひそめた。

「王ではなく?」


「はい。王太子殿下が、監査官殿との面会を希望されています」


 罠だ。

 王に会わせず、王太子が先に潰しに来た。


 私はエーヴァルトを見た。

 彼は短く頷く。


「……分かりました。会います」


 扉が開き、私たちは中に入った。

 王太子が窓際に立っている。


「よく来たね、監査官」

 王太子は振り返った。「君と、少し話がしたい」


「私もです」

 私は即答した。「殿下の側近について」


「ああ、彼らのことか」

 王太子は肩をすくめた。「残念だが、私は何も知らない」


「知らないはずがありません」

 私は一歩前へ出た。「聖女が名前を挙げました」


「聖女は嘘をついた」

 王太子は冷たく言った。「彼女は追い詰められて、デタラメを口にしただけだ」


「契約記録があります」

「ない」


 王太子は即答した。

「私は調べさせた。側近たちに不正の痕跡はない」


「代理人を使えば、痕跡は消せます」

「それは憶測だ」


 王太子が一歩近づく。

「監査官。君は聖女を落とした。それは認めよう。

 だが――君は調子に乗りすぎた」


 私は動じなかった。

「調子に乗っているのは、殿下です」


 王太子の目が鋭くなる。

「……何?」


「殿下は、聖女の不正を知っていました」

 私は静かに言った。「そして見逃した。なぜなら――殿下も利益を得ていたから」


「証拠は?」

「これから探します」


 王太子が笑った。

「探しても無駄だ。私は何もしていない」


「なら、契約魔法で誓ってください」

 私は即座に言った。「『私は聖女の不正に関与していない』と」


 王太子の笑みが消えた。

 沈黙が落ちる。


 エーヴァルトが一歩前に出た。

「……誓えないのか」


「黙れ、団長」

 王太子が睨む。「これは王家の問題だ」


「王家の問題なら、王に判断を仰ぐべきです」

 私は言った。「私は王に会いに来ました」


 王太子が机を叩いた。

「父上には会わせない!」


「なぜ?」

「……」


 王太子が黙る。

 黙った時点で、答えは出ている。


「殿下は、王に知られたくないことがあるんですね」

 私は微笑んだ。「なら、私が王に伝えます」


 王太子が私の腕を掴んだ。

 次の瞬間、エーヴァルトの剣が鞘から抜かれる音がした。


「……手を離せ」

 氷の声。


 王太子が私の腕を離す。

 エーヴァルトが私の前に立ち、王太子を睨んだ。


「監査官に触れるな」

「団長、お前は王太子に剣を向けるのか」


「監査官の護衛は、王命だ」

 エーヴァルトは淡々と言った。「王命に従う」


 王太子の顔が歪む。

 そのとき、奥の扉が開いた。


 白髪の老人が現れる。

 王だった。


「……息子よ。もう、やめなさい」

 王の声は悲しげだった。


 王太子が振り返る。

「父上!」


「お前の不正は、全て知っている」

 王は静かに言った。「監査官を、通しなさい」


 王太子の顔が蒼白になる。


---


 王の執務室で、私は一礼した。

「陛下。お目にかかれて光栄です」


「監査官殿。よく来てくれた」

 王は疲れた顔で微笑んだ。「息子が、迷惑をかけたようだね」


「いいえ。職務ですから」

 私は即答した。


 王は椅子に座り、長くため息をついた。

「実は――私も、息子の不正を疑っていた」


 私は息を呑む。


「だが、証拠がなかった。王太子府は私の管轄外だ。

 踏み込めば、王家が割れる」


 王は私を見た。

「だから、君に任せたい」


「……私に?」


「ああ」

 王は頷いた。「王太子府への立ち入り調査を、許可する」


 私の胸が高鳴った。

 これで、王太子を落とせる。


「ただし」

 王が続けた。「条件がある」


「何でしょう」


「息子を――できれば、救ってやってほしい」

 王の声が震えた。「彼は愚かだが、悪人ではない。利用されただけかもしれない」


 私は王を見た。

 老いた王。疲れた父。


「……分かりました」

 私は頷いた。「真相を、必ず明らかにします」


 王が立ち上がり、私に令状を渡した。

「これで、王太子府に入れる。頼んだよ」


---


 執務室を出ると、エーヴァルトが待っていた。

「取れたか」


「はい」

 私は令状を掲げた。「王太子府への立ち入り許可」


 エーヴァルトが小さく笑った。

「……やるな」


「やるしかありません」

 私は歩き出す。


 廊下を歩いていると、また貴族たちとすれ違う。

 今度は、誰も囁かない。

 ただ――恐れた目で、私を見る。


 私は気づいた。

 私は勝っている。

 でも――孤立している。


 エーヴァルトが私の手を取った。

「……疲れたか」


「はい」

 私は正直に答えた。


「なら、今日は休め」

「でも――」


「明日から、王太子府に入る」

 エーヴァルトは静かに言った。「今日くらい、休め」


 私は彼を見上げた。

 氷の騎士団長。

 でも今、彼は――優しい。


「……分かりました」

 私は小さく笑った。「今日は、休みます」


 エーヴァルトの手が、わずかに強くなる。

 そして、静かに言った。


「お前は、一人じゃない」


 その言葉が、胸の奥に染みた。


---


 その夜、私はエーヴァルトの部屋で休んだ。

 彼は扉の前に座り、一睡もせずに見張っている。


 私はベッドの端に座り、窓の外を見た。

 月が細い。夜は深い。


「……エーヴァルト」

「何だ」


「私、本当に正しいことをしているんでしょうか」

 私は呟いた。


 エーヴァルトが振り返る。

「お前らしくない」


「少し、弱気になってます」

 私は苦笑した。「聖女を落としたら、みんなが私を恐れるようになりました」


 エーヴァルトが立ち上がり、私の隣に座った。

「恐れられても、正しいことは正しい」


「でも、孤立してます」

「俺がいる」


 エーヴァルトは即答した。

「お前が孤立しても、俺は離れない」


 私は彼を見た。

 氷の騎士団長。

 でも今、彼の目は――熱い。


「……どうして、そこまで?」

 私が聞くと、エーヴァルトは少しだけ黙った。


 そして、静かに言った。


「お前を失うのが、怖いからだ」


 私の胸が、どくんと跳ねた。

 顔が熱くなる。


「……それは」

「職務じゃない」


 エーヴァルトは私の目を見た。

「俺の、個人的な気持ちだ」


 私は息を止めた。

 初めて、彼が本音を吐いた。


「エーヴァルト……」

「答えはいらない」


 彼は私の頭にそっと手を置いた。

「今は、休め」


 私は頷いた。

 言葉が出ない。


 エーヴァルトは立ち上がり、また扉の前に座る。

 私は彼の背中を見ながら、静かに思った。


(この人は、もう職務で守ってない)

(私を、個人として――)


 胸の奥が、温かくなった。


 翌朝、私は少しだけ元気になっていた。

 エーヴァルトの言葉が、支えになっていた。


 私が起きると、エーヴァルトはもう扉の前に座っていた。

 一睡もしていない。


「……寝てないんですか」

「寝た」

「嘘です」


 エーヴァルトが小さく笑った。

「……バレたか」


 私は彼の隣に座った。

「今夜は、交代で寝ましょう」


「お前は寝ろ」

「嫌です」


「命令だ」

「却下します」


 エーヴァルトがため息をついた。

「……頑固だな」


「監査官ですから」

 私は微笑んだ。「それに、あなたが倒れたら困ります」


「俺は倒れない」

「倒れます。人間ですから」


 エーヴァルトが黙った。

 そして、静かに言った。


「……分かった。交代で寝る」


 私は嬉しくなった。

 氷の騎士団長が、また折れた。


 そのとき、扉がノックされた。

 宰相府の書記官が入ってくる。


「監査官殿。王太子府から、正式な抗議文が届きました」

 書記官が紙を渡す。


 私は読んだ。


『監査官リディア・アルベールの王太子府への立ち入りは、王家の尊厳を傷つける行為である。

 即刻、調査を中止せよ』


 私は紙を破った。

「返答は不要です」


 書記官が目を見開く。

「で、ですが――」


「王命があります」

 私は令状を見せた。「これより上の命令はありません」


 書記官が頷き、去っていった。


 エーヴァルトが立ち上がった。

「行くぞ」


「どこへ?」

「王太子府だ」


 エーヴァルトは剣を帯びた。

「今日から、本格的に戦いが始まる」


 私は頷いた。

 そして、静かに決意した。


 王太子を落とす。

 真相を明らかにする。

 そして――三十日で、全てを終わらせる。



ここまで読んでいただいた方、長くお付き合いいただきありがとうございます。完結まで走りきるので、ブクマで追ってもらえると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ