表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/30

第14話 評議会での断罪――そして聖女が落ちる

三日後の朝。

 評議会の扉が開く前から、廊下には人が溢れていた。


 貴族たち。神殿の司祭たち。民衆の代表たち。

 誰もが、今日の評議会を待っていた。


 聖女が、ついに裁かれる。


 私は証人席に立ち、エーヴァルトが後ろに控える。

 彼の存在が、今は何よりも心強い。


 扉が開き、聖女が入ってきた。

 もう白い衣ではない。灰色の囚人服。

 手には鎖。顔は青ざめている。


 それでも、聖女は私を睨んだ。

 最後まで、憎悪を隠さない。


 宰相が咳払いし、場を鎮めた。

「では、臨時監査官リディア・アルベール。聖女への告発内容を述べよ」


 私は深呼吸し、立ち上がった。


「聖女は、寄付金を横領しました。

 期間は五年間。総額は金貨三万枚。

 受領方法は、契約偽装による分配契約です」


 評議会がざわめく。

 聖女が叫ぶ。


「嘘よ! 私は何も――」


「証拠があります」

 私は遮った。


 懐から、聖堂書庫で手に入れた契約札の束を取り出す。

 そして、一枚の誓約書を掲げた。


「これが、聖女の誓約書です」


 宰相が手を伸ばし、誓約書を受け取る。

 読む。

 目を細める。


「……これは」

「表向きは『私利私欲を持たぬ』と書かれています」

 私は静かに言った。「でも、裏契約が仕込まれています」


 私は【契約監査】を起動し、要点を読み上げる。


「実際の契約内容は――『寄付金の三割を聖女個人に分配する』。

 対価は、神殿の支配権維持。

 承認者は、聖女本人」


 評議会が息を呑んだ。

 王太子が机を叩く。


「監査官! そのような――」


「契約魔法は嘘をつけません」

 私は王太子を見た。「殿下もご存知のはずです」


 宰相が聖女に向き直った。

「聖女殿。弁明は?」


 聖女は震える声で答えた。

「わ、私は……神殿のために――」


「神殿のために、金貨三万枚を個人口座に?」

 私は首を傾げる。


 聖女が黙る。


 私は続けた。

「さらに、聖女は証拠隠滅を指示しました」


 私は看守から得た契約札を取り出す。


「聖女侍従長マリアンヌ・ド・ラヴェールを、牢で毒殺させた契約です。

 指示者は、聖女の使者。

 承認者は――聖女本人」


 評議会が騒然となる。

 聖女の顔が蒼白になる。


「そ、それは――違う! 私は知らない!」


「では、契約魔法で誓ってください」

 私は静かに言った。


「『私は侍従長の死に関与していない』と」


 聖女の指が震えた。

 契約魔法は嘘を許さない。

 嘘をつけば、反動が来る。


 沈黙が落ちた。

 その沈黙が、何よりも雄弁に真実を語る。


 宰相が立ち上がった。

「聖女殿。あなたを――寄付金横領、契約偽装、証拠隠滅教唆、殺人教唆の罪で断罪する」


 聖女が叫んだ。

「待って! 私だけじゃない! 他にも関わった者が――」


「誰ですか」

 私は即座に聞いた。


 聖女が口ごもる。

 言えない。言えば、自分も消される。


 宰相が冷たく言った。

「共犯者の名を明かせば、刑を軽くする」


 聖女は震えながら、ついに口を開いた。

「……ぎ、ギルベルト様……それと――」


 宰相補佐ギルベルトの顔が一瞬だけ強張る。


「……王太子殿下の側近も」

 聖女は囁いた。


 評議会が凍りついた。

 王太子が立ち上がる。


「嘘だ! 私の側近が――」


「契約記録に残っています」

 私は静かに言った。「調べれば、すぐに分かります」


 宰相が手を上げ、王太子を制した。

「……調査する。聖女殿、名前を全て挙げよ」


 聖女は泣きながら、次々と名前を吐いた。

 側近の名。貴族の名。商人の名。


 私は【契約監査】で、彼女の言葉の真偽を確認する。

 嘘はない。

 全て、本当だ。


 宰相が兵に命じた。

「聖女を連行せよ。幽閉とする」


 聖女は最後まで、私を睨んでいた。

「……あなたも、いつか――」

「黙れ」


 エーヴァルトが一歩前に出た。

 氷の声。


 聖女は黙り、連行されていった。


---


 評議会が終わり、私は廊下に出た。

 勝った。

 聖女を落とした。

 でも――胸の奥は、妙に冷たい。


 貴族たちが通り過ぎる。

 誰も私に声をかけない。

 視線を逸らす。


 令嬢たちが囁く声が聞こえた。

「……恐ろしいわ。聖女様まで」

「次は誰が狙われるのかしら」


 私は足を止めなかった。

 止めれば、負けだ。


 エーヴァルトが私の隣に並んだ。

「……疲れたか」


「少し」

 私は正直に答えた。


 嘘をつく気力が、もう残っていない。


 エーヴァルトが私の肩に手を置いた。

「今日は休め」


「でも、次は――」

「明日でいい」


 彼の声が、いつもより優しい。


 私は彼を見上げた。

「……王太子の側近が関わってる」


「分かっている」

 エーヴァルトは頷いた。「だから危険だ」


「危険でも、やります」

「……知ってる」


 彼は小さく笑った。

 氷の騎士団長が、笑う。


「お前は、止めても止まらない」

「はい」

「なら、俺が守る」


 私は頷いた。

 もう、一人じゃない。


---


 その夜、私の部屋にエーヴァルトが来た。


「聖女が吐いた名前、全員拘束された」

 彼は報告した。


「王太子の側近も?」

「ああ。ただし――」


 エーヴァルトは難しい顔をした。

「王太子本人は無関係だと主張している」


「本当に無関係でしょうか」

「分からない」


 エーヴァルトは腕を組んだ。

「だが、王太子府に踏み込むには王命が要る」


「……王に会わないと」

「危険だ」


「分かってます」

 私は微笑んだ。「でも、やります」


 エーヴァルトがため息をついた。

「……頑固だな」


「監査官ですから」


 私たちは少しだけ、笑った。

 重い一日の終わりに、ほんの少しだけ。


 エーヴァルトが扉へ向かいかけて、止まった。

「……リディア」


 名前で呼ばれるのは珍しい。

「はい」


「今日、よくやった」

 彼は振り返らずに言った。「お前は、正しかった」


 胸の奥が、温かくなった。

 この人の言葉は、いつも短い。

 でも――重い。


「……ありがとう」

 私は小さく言った。


 エーヴァルトは何も言わず、部屋を出た。

 でも、扉の向こうで足音が止まる。


 今夜も、彼は見張ってくれる。

 壁一枚の向こうで。


 私は窓の外を見た。

 月が細い。夜は深い。


 聖女は落ちた。

 でも――戦いはまだ終わらない。


 次は、王太子。


 翌朝、私の机に新しい封筒が置かれていた。

 宰相の印。


 中には一枚の紙。


『聖女断罪の功績を認める。

 次の標的を選定せよ。

 宰相府は全面協力する。

 ただし――王太子府への踏み込みには、王命が必要だ』


 私は紙を握りしめた。

「……王命」


 エーヴァルトが私の肩に手を置いた。

「どうする」


「取りに行きます」

 私は振り返り、彼を見上げた。「王に会って、王太子を調査する許可をもらいます」


 エーヴァルトの目が鋭くなる。

「王に会うのは危険だ」


「分かってます」

「王太子が妨害する」

「それでも、やります」


 エーヴァルトは一瞬だけ黙り――そして、強く頷いた。


「なら、俺も行く」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ