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第12話 寄付金の終着点――そして小悪党が落ちる

宰相の命令は明確だった。

 寄付金の最終受領者を特定せよ。

 つまり――金が最後に"誰の懐"に入ったのかを暴け、ということだ。


 私は朝一番で、神殿の会計記録を要求した。

 もちろん、聖女側は渋る。


「聖なる寄付金を、俗な監査で汚すなど――」

 侍従が言いかけたところで、私は宰相府の命令書を突きつけた。


「宰相府命令です。拒否するなら、宰相に直接どうぞ」

 私は微笑んだ。「ただし、拒否した瞬間に"隠蔽の意図あり"と報告書に書きますが」


 侍従の顔が引き攣る。

 結局、帳簿は出てきた。ただし――


「一部、欠損しております」

 侍従が言い訳する。「火災で焼失したため――」


「火災の記録は?」

 私は即座に聞く。


「え?」

「火災なら、消火記録や被害報告があるはずです。契約魔法で記録されてますよね?」


 侍従が黙る。

 黙った時点で、嘘確定。


 私は【契約監査】を起動し、侍従の周囲に漂う契約糸を読んだ。

 糸は細く、短く、使い捨て。

 ――口封じ契約だ。


(証拠隠滅指示あり、対価は金貨五枚、契約者は――聖女侍従長)


 私は帳簿を受け取り、欠損部分を確認する。

 ちょうど"第三期寄付金の最終送金先"が破られている。

 わかりやすすぎる。


「ありがとうございます」

 私は丁寧に礼を言った。「欠損部分こそ、答えですから」


 侍従が目を見開く。

「な、何を――」


「契約記録は、紙を破っても消えません」

 私は微笑む。「契約魔法は"痕跡"を残すんです。破られた部分にこそ、糸が絡んでる」


 私は破られたページの縁に指を這わせ、【契約監査】で読み取った。

 胸の奥に、冷たい要点が流れ込む。


(最終送金先は"聖堂復興基金"名目、実際の受領者は個人口座、口座名義は――)


 私は息を呑んだ。

 そして、静かに笑った。


「……なるほど。聖女侍従長、あなた自身ですね」


 侍従の顔が蒼白になる。

 エーヴァルトが扉の前に立ち、逃げ道を塞いだ。


「動くな」

 氷の声。

 侍従は震えながら、床にへたり込んだ。


 私は帳簿を抱え、穏やかに言った。

「選んでください。

 今ここで自白するか、評議会で全てを晒されるか」


 侍従は泣きそうな声を出した。

「わ、私は命じられただけで――」


「誰に?」

「侍従長様……それと、宰相補佐のギルベルト様も……」


 私は頷いた。

「では、その"命令"の契約記録も提出してください。

 命令があったなら、契約が残ってるはずです」


 侍従が震える手で、懐から小さな契約札を取り出した。

 私はそれを受け取り、【契約監査】で読む。


(証拠隠滅指示、寄付金記録の破棄、対価は昇進約束、契約者は聖女侍従長、承認者は――聖女)


 背筋が冷える。

 聖女本人の承認がある。

 つまり、聖女は"知っていた"。


「……ありがとうございます」

 私は契約札を丁寧に仕舞った。「これで、侍従長を呼べます」


 侍従が顔を上げる。

「で、でも――侍従長様は聖女様の側近です。誰も逆らえない――」


「逆らうんじゃありません」

 私は微笑んだ。「裁くんです。証拠で」


---


 その日の午後、私は神殿の奥の間に侍従長を呼び出した。

 宰相府の書記官が同席し、エーヴァルトが扉を守る。


 侍従長は堂々と入ってきた。

 白い衣。高い鼻。冷たい目。

 私を見下ろす視線は、虫を見るようだ。


「監査官殿。私を呼びつけるとは、随分と大胆ね」

「証拠があるので」

 私は即答した。


 侍従長が鼻で笑う。

「証拠? 聖女様の御務めに、証拠など――」


「あります」

 私は帳簿を開き、破られたページを見せた。「第三期寄付金、最終受領者はあなたです」


 侍従長の目が細くなる。

「……破られたページで、何が分かるというの?」


「契約記録が残ってます」

 私は【契約監査】で読み取った要点を、そのまま口にした。


「最終送金先は"聖堂復興基金"名目。

 実際の受領者は個人口座。

 口座名義は――エリーゼ・フォン・クラウゼル。あなたの本名です」


 侍従長の顔色が変わった。

 ほんの一瞬。

 でもその一瞬で、私は確信した。


「さらに」

 私は続ける。「証拠隠滅の指示契約もあります。

 この侍従に帳簿を破らせたのは、あなたです」


 侍従長が机を叩いた。

「黙りなさい! 私は聖女様の――」


「聖女様の承認もあります」

 私は契約札を取り出した。「この札、聖女様の魔法印が押されてます」


 侍従長の顔が蒼白になる。

 宰相府の書記官がペンを走らせる音だけが、静かに響いた。


 エーヴァルトが低く言った。

「逃げるなら、今だ」


 侍従長が振り返る。

「な、何を――」


「逃げれば、罪を認めたことになる」

 エーヴァルトは淡々と続けた。「逃げなければ、ここで裁かれる。

 どちらでも、お前は終わる」


 侍従長が震え始めた。

 そして――崩れた。


「わ、私は命じられただけ……聖女様が、寄付金を"有効に使え"と……」

「有効?」

 私は首を傾げる。「あなたの個人口座に入れるのが、有効?」


「違う! 復興資金として――」

「では復興の記録は?」


 侍従長が黙る。

 復興などしていない。金は使われた。私腹のために。


 私は静かに言った。

「横領、証拠隠滅、口封じ契約。

 全部揃いました」


 侍従長が床に膝をついた。

 誇り高かった白い衣が、床の埃で汚れる。


「ゆ、許して……私には家族が――」

「家族がいるなら、最初から横領しなければよかったんです」


 私は宰相府の書記官に言った。

「報告書に記載してください。

 聖女侍従長エリーゼ・フォン・クラウゼル、横領罪で告発」


 書記官が頷き、ペンを走らせる。

 侍従長は泣き崩れた。


 エーヴァルトが私の肩に手を置いた。

「……終わったか」


「いいえ」

 私は首を振った。「これは序章です。

 侍従長は小悪党。本丸は――聖女本人」


---


 その夜、私の部屋に報告が届いた。

 侍従長は拘束され、尋問中。

 だが聖女は何も語らず、神殿に籠もっている。


「聖女を直接裁くのは難しい」

 宰相府の書記官が言った。「民心が味方につく」


「民心は、証拠で変わります」

 私は即答した。「寄付金が横領されていたと知れば、聖女を守る人は減る」


 書記官が眼鏡を押し上げる。

「……だが、聖女本人の契約記録を出すのは危険だ」


「危険でも、出します」

 私は微笑んだ。「三十日で終わらせると約束したので」


 書記官が去った後、エーヴァルトが入ってきた。

 今日も無言。

 でも、私の隣に座る。


「……疲れたか」

「少し」

 私は正直に答えた。「でも、やっと一人落とせました」


「一人?」

「侍従長。小悪党ですけど、これで聖女への道が開けました」


 エーヴァルトが私を見る。

 氷の目が、少しだけ温かい。


「……お前は、本当に休まない」

「休んだら、潰されます」

「なら、俺が守る」


 その言葉に、胸の奥が温かくなる。

 私は小さく笑った。


「ありがとうございます。でも――」

「でも?」

「あなたが守ってくれるから、私は休めないんです」


 エーヴァルトが目を細める。

「……どういう意味だ」


「守られてると、安心して動けるんです」

 私は彼を見上げた。「だから、もっと働けます」


 エーヴァルトが小さく息を吐いた。

 そして、私の頭にそっと手を置く。


「……休め」

「嫌です」

「命令だ」

「却下します」


 エーヴァルトが苦笑した。

 氷の騎士団長が、笑う。

 珍しい光景だ。


「……頑固だな」

「監査官ですから」


 そのとき、窓の外で鐘が鳴った。

 神殿からの弔鐘。

 誰かが死んだ。


 私とエーヴァルトは同時に立ち上がった。

 嫌な予感がする。


 廊下を走る侍女の声が聞こえた。

「聖女侍従長が――牢で死亡!」


 私は息を呑んだ。

 エーヴァルトが剣に手を置く。


「……口封じか」

「ええ。証拠を消しに来た」


 私は机の引き出しを開け、侍従長の契約札を確認する。

 無事だ。

 でも――侍従長本人が死ねば、証言は取れない。


「聖女側が動いた」

 私は静かに言った。「次は、私の番かもしれません」


 エーヴァルトが私の手を取った。

「……させない」


 その手は、冷たいのに熱い。

 氷の騎士団長は、本当に離してくれない。


 そして私は――もう逃げたくない。


 翌朝、私の机に新しい封筒が置かれていた。

 黒い蝋。宰相の私印。


 中には一枚の紙。

 そこにはこう書かれていた。


『聖女侍従長、牢内で急死。

 死因は"契約の反動"。

 監査官は引き続き、寄付金の全容解明に努めよ』


(契約の反動……嘘だ。これは殺された)


 私は紙を握りしめた。

 小悪党は落ちた。

 でも、本丸は逃げようとしている。

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