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第10話 契約監査官、王太子を詰める

ギルベルトは倉庫を見回し、状況を瞬時に把握した。

 倒れた黒装束。散らばった箱。漂う魔法粉。


「団長、剣を収めたまえ」

 彼は柔らかく言う。「これは“事故”だ。監査官殿もそう望むだろう?」


 エーヴァルトは剣を収めない。

 代わりに、私の前に立つ。


「事故を装うなら、契約が必要だ」

 氷の声。「お前は契約を持っているか」


 ギルベルトの笑みが僅かに硬くなる。

「……随分と監査官殿に毒されたね」


 私は一歩前へ出た。

「ギルベルト様。回収に来たんですよね。

 この聖油契約札と、結界契約の署名記録」


「誤解だ」

 彼は即座に言う。「私は宰相府の者。国の秩序を――」


「秩序のためなら、嘘をつかないでください」

 私は【契約監査】を起動し、彼の周囲の糸を読む。


 ギルベルトの胸元で、黒い糸がわずかに脈動した。

 ――“偽証共有”。あの断罪の場で見た契約だ。


 私は微笑み、言った。

「あなた、あの断罪の場にもいましたよね」

「……何を」

「王太子と聖女と、偽証を共有する契約。

 まだ解けてません。今も繋がってます」


 ギルベルトの目が細くなる。

「……危険なことを言う」

「危険なのは、あなたたちのほうです」


 私は床に落ちた札を拾い、読み上げた。

(結界契約は署名者=王太子、目的=事故処理、対象=監査官)


 この一文で、評議会は動く。

 宰相も、黙れない。

 王太子は“善良な被害者”ではいられない。


 ギルベルトはため息をつき、肩をすくめた。

「……賢い。だが、賢すぎる女は嫌われるよ」


「嫌われても構いません」

 私は即答した。「無駄に長居したくないので」


 エーヴァルトが小さく息を吐いた。

 そして、私の肩に外套を掛ける。

 魔法粉で汚れた髪を、そっと払う。


「……帰るぞ」

 彼は言った。「今日は、俺の責任で遅くなった」


「責任?」

「……お前を死なせない責任だ」


 心臓が一拍、跳ねた。

 氷の騎士団長の言葉は、冷たいのに熱い。


 倉庫の外に出ると、王太子府の兵がこちらを囲んでいた。

 だがエーヴァルトが一歩前へ出ただけで、誰も動けない。


 ギルベルトが後ろから、静かに囁いた。

「監査官殿。今夜は逃した。

 でも三十日で終わると思うなよ。――本丸はもっと深い」


 私は振り返らずに答えた。

「深いほど、報いが効きますから」


 そして私は、胸の奥で決めた。

 三十日で終わらせる。

 全部裁いて、静かに眠る。

 ――そして、氷の騎士団長の“檻”からも、逃げる。


 逃げる、はずだ。


 エーヴァルトが、私の手を取った。

 握る力は強くない。

 でも、離す気配がない。


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