第1話 断罪の数字
大聖堂の床は、やけに冷たかった。膝をついた私の前で、王太子が声高に宣言する。
「リディア・アルベール。貴様を――婚約破棄のうえ、国外追放とする」
ざわめき。視線。勝ち誇った令嬢たちの口元。
私は泣かなかった。泣くより先に、頭の中で“帳簿”が開いてしまったからだ。
(……この人たち、嘘が下手すぎる)
前世で私は監査の仕事をしていた。繁忙期の残業、粉飾、証憑の偽造。
人の嘘には必ず“歪み”が出る。
そして今――この世界にも歪みはある。契約魔法が、それを残すのだ。
王太子の背後に立つ聖女が、私を指差して叫ぶ。
「この女は、聖女の力を偽り、王家の加護を穢しました!」
「証拠は?」と私は聞いた。
聖女は笑った。「神が見ているわ」
なるほど。証拠がないタイプ。
私はゆっくり立ち上がり、胸元の紋章に指を添える。
この世界で“契約”は魔法で記録される。署名した瞬間、誓約の痕跡が残る。
そして私は――昨夜、ひとつのスキルが目覚めていた。
【スキル:契約監査】
・発動条件:契約に関わる当事者が半径十メートル以内
・効果:契約記録の閲覧/改竄痕跡の検出
胸の奥に、契約の要点が流れ込んだ。
(王太子—聖女—宰相補佐 金銭授受あり、偽証共有あり)
……はい、終わり。
私は微笑んだ。
「では確認します。今この場で“証拠”を提示できないのですね?」
「な、何を――」
「なら、私が提示しましょう」
私は司祭長の方を向いた。
「この断罪は契約魔法で記録されますよね。なら、ここで宣誓してください。
『私は事実のみを述べ、虚偽を混ぜていない』と」
聖女の顔色が一瞬だけ変わる。
王太子は知らない。契約魔法は“嘘”に弱い。
嘘をつけば反動が来る。軽い火傷で済むか、声が出なくなるか――内容次第だ。
「……宣誓しろ」王太子が聖女を促す。
聖女は動けない。
そこで私は、最後の一押しをした。
「大丈夫です。真実なら、何も起きません。
……真実なら」
沈黙が落ちた。
次の瞬間、聖女の指先が震え、白い手袋の内側にじわりと血が滲んだ。
神は見ている。
ええ、私も見ています。記録で。
「――不正です」
私の声は、妙に通った。
「私は追放で構いません。ただし、追放の前に“監査”を入れさせてください。
王家の契約記録。寄付金の流れ。聖堂の金庫。宰相府の帳簿」
令嬢たちが息を呑む。王太子が怒鳴る。
「黙れ! 罪人が口を――」
「罪人かどうかは、数字が決めます」
私は一礼した。
「それと――手早く片付けます。監査は効率が命なので」
この瞬間、私は理解した。
追放は終わりじゃない。転職の始まりだ。
王宮には、帳簿の“墓場”がある。誰も近づかない書類の山。
そこへ行けば、全部ひっくり返せる。
(報いは、これから)




