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日陰の本棚  作者: invitro
【現実世界・恋愛】
9/23

太陽はもっとデブの気持ちを考えるべき

 ―あらすじ―


 バレンタインを目前にしたある日のこと。

 男の視線をさらう悩殺ボディ!をちょっと通りすぎた腹の肉を掴み、夏野恵は今日も体重計の前で唸っていた。高校に入学するまで体重を気にしたことなんてなかったのに、ぜんぶ幼馴染のアイツのせいだ!今日も恵は太陽に向かって叫ぶ。


 全文約6000字


 針が回る。

 時計の針ではない。

 今どき珍しく体脂肪率すら表示されない古い体重計だ。

 ぎゅん!とすごい早さで針が回り、ぐらぐらと揺れてから太い数字のゼロを超えた辺りで止まった。


「……60超え……だと……!?」


 夏野恵なつのめぐみの喉から怨嗟にも似た驚愕の声が漏れた。

 顔だけならまだ子供らしさを多分に残す恵の声とは思えない低く唸る声だ。

 驚きに手が外れ、ばさりと全身を包むバスタオルが床に落ちる。

 バスタオルは水を吸って重くなっていた。きっと、その重さを抜けば【60kg】の数字は見間違いに決まっている、と目を皿にして再び揺らいだ針の行方を見守る。


「アアアアァ!! やっぱり変わらない!! バストが90届いたなんて喜んでる場合じゃないいぃぃ!!」


 無情なことに体重計に忖度という機能はなかった。

 どれだけ睨みつけても針が60kgを下回ることはない。


「めぐみぃ!! お風呂で叫ぶのやめなさい!」


 リビングから母親の怒鳴り声が届くが恵の耳には入らない。だがそれも仕方がない。高校一年の冬という思春期真っただ中、進学してわずか一年で6kgも増えた体重に度肝を抜かれたとしても不思議はない。


「うわあああぁん! ぜんぶ太陽のせいだあああぁ!!」


 恵は自分を太らせた元凶を天井に向かって叫んだ。



 ◇



「なに恵、ダイエット?」

「……うん」


 昼休み、教室でいつも一緒に昼食を食べているエリカが、モソモソとプロテインバーをかじる恵に話しかけた。

 恵の手にあるのは、最近発売されたばかりにして悪名高き女子の味方。糖質も脂質も大幅カットし食物繊維を増量したせいで鶏のエサよりマズいと評判のダイエット食品だ。不思議なくらい胃腸に溜まるガスと後味の悪さで丸一日は食欲が失せるとまで言われている。


「あんた、それは最後の手段だよ」

「でも食事は一日これひとつって決めたし……」

「朝と夜も抜いてんの!?」


 エリカは無理なダイエットに驚きながら、


「って原因これのせい?」


 スケベ親父のような手つきで、一年で大きく成長した恵の胸を持ち上げる。

 一部クラスの男子が密かに目を奪われるが、肝心の恵は半分放心したまま反応しない。

 エリカは胸を持ち上げた時に触れた小指の感触で、その脂肪の塊の下にもう一つ大きな『段』が隠れていたことに気づいてすぐに手を離す。


「このむにむにはあかんよ恵さん」

6262(むにむに)まで行ってないもん!」

「まさか60の大台にっ!? でもこれってアレでしょう。あんたの――」

「めっぐみぃ、今日も持ってきたよー」


 遮るようにして陽気な声と共に一人の男子がやって来た。


「ダンナのせいだよね」

「え、なになに、おれの話?」


 冬月太陽ふゆつきたいよう、夏野恵の幼馴染。

 小学校まではずっと一緒だったが、パティシエの父親の修行ついでにフランスに留学していた。高校から日本に帰って来た帰国子女であり、明るく誰にも気遅れない性格に顔立ちも整っているためクラスでも人気があった。


「ほい今日の分っ」

「……ん」

「さんきゅー! また感想はレポートでちょうだいね」


 太陽は紙箱、恵は一枚のルーズリーフをそれぞれ差し出して交換した。受け取った太陽は書かれた内容に目を通しながら笑顔で男子のグループに戻っていく。


「くっそー、子供の頃にあんな約束をしなければ!」

「もしかして結婚の約束!? キャー! そういうのって本当にあるんだぁー」

「違うっ! 太陽の夢を応援するって話!」


 紙箱に入っているのは太陽が作った新作スイーツだった。

 子供の頃から父親の洋菓子店を継ぐという夢を持っていた太陽と、小さな頃から甘いものが大好きで幼馴染という立場を利用してお菓子をたかりに行っていた恵の約束――それが太陽の作ったお菓子には絶対感想をつけるというもの。

 高校に入って再会した太陽は、その約束をしっかりと覚えていた。最初の頃は恵も「タダでお菓子が食べられるじゃん♪」と喜んでいたのだが――


「さすがに、このチョコラッシュはキツい……」


 一月。バレンタイン商戦を控え、太陽は自分のお菓子を父の店で採用してもらいたいと言って、それまで週一の頻度で持って来ていた洋菓子を二日に一回は持ってくるようなった。

 前々回はまろやかなガナッシュのクッキーサンド、前回はホワイトチョコとチョコチップでコーティングした色鮮やかなドーナッツだった、そして今回は――


「クッ――!?」

「うわっすご、もうほとんどプロじゃん」


 キラキラとかわいらしい自家製のドライフルーツを乗せたブラウニーの香りが女子高生二人を襲った。よく見ればドライフルーツの下にあるのは通常のブラウニーよりも少し硬く風味の強いファッジになっている。

 見た目からはまさに「美味しそう!」という感想が真っ先に出てくる出来栄え。空腹もあって、冷めても香ばしいブラウニーの匂いが恵のお腹を鳴らす。

 だがこれは極上の甘味であると同時にカロリーモンスター。食べればダイエットはまた遠のくだろう。【60kg】の壁はさらに見るのも嫌な高さになる。しばらく甘い物の差し入れはお断りしたいところだが、


「夏野さーん、今日も来たー?」

「はいはいあるよ」

「やった、ありがとー」


 太陽の洋菓子は恵一人で全て食べるわけではない。

 クラスの女子も分け前をもらいに来る。

 帰国子女のイケメンの手作り菓子。たまにチャレンジ作品のハズレが混ざるとしても腕は準プロ級。恵が断れば一体何を言われるか。これもあって恵は非常に断りづらい状況になっていた。


「でもさぁ、実際あんたらが付き合うなら、みんなあきらめるよ?」

「う、ううーん」


 太陽は恵に気があり、バレンタイン当日はこれまでで一番の作品を渡して告白する。なんて噂が立っていた。

 恵としても久しぶりに再会した太陽は、昔と違い痩せてカッコよくなったし、優しいところは昔のままでよかったと安心している部分もある。

 どちらかと言えば――などという逃げ道を用意した質問で聞かれなくても、太陽から告白されればハッキリと自分も好きだと答えるだろう。


「このままだとバレンタインまでにもっとすごいことになるんじゃない?」


 エリカに言われ、こっそりお腹の肉をつまむ。

 太陽の差し入れは頻度も質(糖質的な意味でも)も加速するばかりだ。

 バレンタイン、告白されるとしたら、巨大なホールケーキでも作ってくるかもしれない。


「それはやばい。やばいでごわす」

「もういっそ恵からコクっちゃえば? 豚になる前に」

「それも……うーん……うん? 今ブタって言った!?」

「あははは、ごめーん!」


 恐らく両想いだと分かっていても、自分からは切り出せない恵だった。



 ◇



「ただいまー、手伝うよ」

「ありがとう太陽。母さんの方を頼む」


 授業を終えて帰宅した太陽は、ブレザーから着替えて店の厨房に顔を出した。

 仕事はほとんど翌日の仕込みに移っているが、父親の作る至高のスイーツの残り香に誘われて中に入りたくなる欲望に駆られる。しかしまだ父親から店の商品を作る許可をもらっていない太陽は、ぐっと我慢して母親がいるカウンターの方へと移動した。

 太陽の店は持ち帰りだけでなくカフェスペースもある。だが高校から帰宅して時間はもう客足のピークを過ぎていた。ホールスタッフにはアルバイトの女子大生を一人入れているので、太陽の母は夕食の支度をしに店の二階にある家の方に移ろうとして、すれ違い際に――


「ところでアンタ、恵ちゃんと付き合ってるの?」


 最近やけに機嫌の良さそうな息子に声をかけた。


「まだだよ」

「あっそう…………まだ?」


 すでに接客に移った息子に首を捻りながら母親は家に戻る。

 閉店し夕食を終えると太陽はまた店の厨房に向かう。

 恵に渡す明日の分のお菓子を作るためだ。

 太陽のバイト代は材料費と調理器具の使用料で全て消えていた。太陽も遊びたい盛りの男子高校生のはず、しかし、お菓子を作る姿には一切の妥協も後悔も見られない。


「もっと……もっと食べさせなきゃ……」


 一心不乱にヘラでチョコレートをかき混ぜる。


「もっと太らせて、ボク以外誰も恵に興味を持たないようにしなくちゃ。恵にはボクしかいないようにしなくちゃ。恵が昔みたくお菓子に依存するように――」


 学校で使っていた“おれ”から“ボク”に……一人になると昔の一人称に戻り、不穏なことを呟きながら調理をする男、それが他人に見せない太陽の本当の姿だった。

 留学先フランスの水が合わずストレスで激ヤセした太陽。しかしそれは今でこその話だ。日本で暮らしていた小学生の頃は、丸々太っていて学校ではいつもデブとからかわれていた。そのせいで、多少見た目が変わった程度では拭えない気の弱さが染みついてしまったのだ。

 陽気なフランス人に囲まれ、一緒にスポーツに取り組み筋肉はついた。人前では明るいキャラを演じることも覚えた。しかしやはり、一人になって思い出すと顔が赤面してしまう。


「ううー、やっぱりボクは変われないよ。恵にボクのところまで下りてきてもらわなきゃ。恵はボクの太陽なんだから」


 気持ちはいつまでも冷めない程熱く、それでいてねちっこく陰湿、太陽の性格はお菓子作りに向いていた。






「ってことがあったのよ~」

「太陽君、昔から恵の後ろついて回ってたもんねぇ」

「………………」


 恵は絶句していた。

 息子の痴態を密告するというお土産を持って家へ遊びに来た太陽の母親の話を聞いて。


「ごめんねぇ。恵ちゃんがお菓子の食べ過ぎで病気になっても悪いし、振るなら早めに振ってあげて」

「いいじゃない、太陽君かわいいじゃない。ねぇ恵?」

「………………まあ」

「あっ、あらあら? あらあらもしかして恵ちゃん」


 太陽の母親に何かを悟られたと察して恵の顔が赤くなる。

 昔の恵にとって、太陽は優しく思いやりのある真面目で気弱な弟分だった。背が低くて太っていて、いじめられては恵に守られていた。ガキ大将だった恵の立場を考えると舎弟と表現した方があっているかもしれない。

 それが三年ぶりに海外から帰ってきたらスマートな背の高いイケメンになっていた。性格まで別人のように明るくなっている。

 外見は今の方が断然好みだった。そして昔のように気弱でかわいい部分があると知って少し嬉しくも感じてしまった。もちろん恵の絶句には多少の呆れも含まれていたが。


「でもさすがにやりくちが邪悪というか……」

「んー外面は良くなったんだけど、前より溜め込むようになっちゃって」


 再会してからちょっと気になっていた男の子。それが昔からずっと自分一筋で好きでいてくれたこと。ここまでは単純に嬉しい。

 だけどこのままだとどんどん太らされてしまう。ころころ変わるサイズに服代もバカにならない。太陽にややメンヘラの兆しが見えている……いろいろと悪く転ぶ前に自分から動かなくては――と恵の中で乙女心より優先すべきものが生まれる。


「決めたっ。おばさん、わたし太陽のこと尻にひいてもいい?」

「愚息をよろしくお願いいたしますぅ」

「あっ、恵が太陽君と付き合ったら私もお菓子食べ放題?」

「お母さんは黙っててよ!」


 おちゃめな太陽の母が未来の娘に頭を下げた。

 軟弱な男からの告白なんて待っていられない。

 翌日、恵は決心して学校へと向かった。



 ◇



 昼休みになるといつもの紙箱を持ってやって来た太陽をそのまま屋上へと連行する。恵が前を歩き、太陽は冷や汗を垂らして後ろをついて行く。

 フェンスが高く生徒も自由に入れるよう開放された屋上、校内の人気スポットだが冬の寒さに負けて人はいない。


「きょ、今日はどうしてこんな場所に?」


 初めてお菓子の受け取りを拒否されてドモる太陽。


「あ、あ、あのね太陽……」


 対して決心をして太陽を呼び出した恵だったが、こちらもいざ本人を前にすると緊張で上手く声が出なくなっていた。

 太陽は恵を太らせようとしている。しかし、実際に恵のお腹がどうなっているか見て知っているわけではない。女が言うデブと男の考えるデブは違う。別物だ。

 果たしてこのまま告白していいのだろうか。デートで少し密着したら太陽の腕が自分のお腹でぽよんぽよんよ跳ね返る。付き合ってみて今より親密になって自分の本当の姿を見て失望しないだろうか? 突如湧いた不安がぐるぐると頭を巡りはじめ、顔色が青くなる。そして、


「わたし……わたし、太陽のこと、好きだよ」


 自分の気持ちを伝えるが――


「だから、あと一、いや二ヵ月したら付き合って! それまでお菓子の感想も言わないし差し入れもいらないから!」


 テンパったあげく、余計な言葉がついてよく分からない告白になった。


「そ、それは今遊びで付き合っている人がいるとか……? その人がボクを邪魔に思ってるとか、ボクはお菓子を貢がせるためにキープしておこう……的な?」


 二ヵ月、というのは恵が理想の体重までに必要だと計算したダイエットの期間なのだが、元々マイナス思考な太陽は恵の真意を読めず、どんどんとネガティブな答えを自分で出してはハマっていく。


「え、待って! そうじゃなくって!」


 逃げ出そうとした太陽の手を取って掴まえる。


「ただ、太陽の作ったお菓子をしばらく食べたくないっていうか……」

「お菓子に飽きたから距離を置いてキープ!?」

「だから太陽のお菓子食べ過ぎて、お腹が! ……ハッ!?」


 太陽の視線が恵の顔から下の下まで下がる。


「……昔と同じでかわいいよ?」

「それがいやなのッ!! せっかく中学でヤセたのに!」


 恵も小学校を卒業する頃は、太陽の家に通っていたせいでかなりぽっちゃりした体型だった。

 お菓子が嫌なら、お菓子作りしか取り柄のない自分のどこに好かれる要素があるのか分からない太陽の顔から不安の色は抜けない。


「太陽は、向こうでたくさん努力したみたいだし、でも昔と同じで優しいし、その……十分人に好かれるし、今では頼れる男の子だと思ってるよ?」


 と、分からず屋の太陽に気持ちを伝えるために、恵は顔を真っ赤に染めながら。


「……ほんとに?」

「うん」

「じゃあ恵、ボクの恋人になってくれるの?」

「……うん」

「やっったあああああっ!!」


 太陽が恵の手を握った。

 嬉しさを覚えるのと同時に――すらりとした筋肉質な男の手と、ぷにっと肉付きのよくなった自分の手を見比べる恵。


「だからもう、気を惹こうとしてお菓子作らなくてもいいからね」

「付き合い始めた記念にケーキ焼きたいんだけど」

「ほんとやめてっ。今日の分はもらうけどしばらくお休みっ! わかった!?」

「はいっ」


 恵と太陽は手を繋いだままベランダに座る。太陽の作った新作洋菓子をゆっくり食べながら、子供の頃の思い出話に花を咲かせ、恋人同士になった実感を確かめ合っていく。


「ふふっコレまっず。太陽、この恵方巻風チョコロールはないよ」

「アハハハ、ごめん今日こんなことになるなんて思ってなかったからチャレンジ作持ってきちゃった」


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