貞操逆転世界にやってきた男子放送部員
―あらすじ―
以前連載していた貞操逆転物を女生徒視点の短編にしたものです。
全文約12000字
二百年前、人類は宇宙から飛来した隕石に付着していたウイルスに感染した。
ウイルスは遺伝子を変質させ、男を軟弱な生き物へと作り変えていった。
どれだけ鍛えても筋肉はろくにつかず。
身長は伸びず成人しても平均で160cm程度。
性欲と下半身のモノも衰えていった。
男は自分に自信が持てなくなり、女を恐れて引きこもるようになった。
◇
「はい、今日はここまでー。ちゃんと復習しとけよー」
「小学校から同じ授業の繰り返しじゃん。今更覚えることないっしょ」
「だよねー」
現在、授業で習った男子の出生率は更に落ち込み、全世界で男女の出生比率は1:100まで下がってしまいました。
日本では、20年前に政府が出した男性特別保護法により男の人の権利が強く守られるようになりました。義務教育や納税義務から免除され、多少の犯罪行為も見逃され――それら全ての代償に月一回の精子提供義務が課されています。
ただ、男性は精子提供義務を果たしていれば普通に生活する分には困りません。お金持ちや男子の生まれた家が囲ってしまう問題もあって、わたしのような庶民の女は男性と出会える機会がまったくと言っていいほどなくなっています。
おかげでどこの高校も飢えた肉食獣ばかり……。もともと義務教育がなくなって男子が学校に通わなくなっているのに、学籍を置いている男子も女の子から襲われるのを恐れて登校してくれません。
灰色の高校生活が続く中、夏休み前になってわたしのクラスに一人の転校生がやってきました。なんと男の子です!
山田太郎くん。
平凡な名前ですが、中身はエイリアンかと思うくらい個性的です。
山田くんは男子なのに毎日学校に来てくれるし、部活動にも参加しています。顔はワイルド系で背も高く、体も肉感的でじゅるり……じゃくて彼一人だけウイルスの影響を受けていないかのように健康的。どんな女子とも普通に話してくれる素敵な男の子です。
一ヵ月前、転校初日の自己紹介では、
「山田太郎です! 実は俺、前世の記憶があって、そこは男女比が1:1の世界だったから女の子に偏見とかありません。好きなタイプはおっぱいの大きい子です。よろしくオナシャス!」
なんて言うから「おいおい、とんでもない電波系ビッチが来やがったぜ」と貴重な男子枠が潰れたクラス全員で頭を抱えたのも今では良い思い出です。
◇
「本日もお昼の時間がやってきました。すでにお馴染みですが、水曜の放送はわたくし山田太郎による『男女の間違った認識を正そう』のコーナーとなります」
そんな山田くんですが、彼は放送部に所属しています。
スピーカーから彼の声が聞こえてくると学校中の喧騒がぴたりと止みます。
貴重な男子の声が聞ける機会なんて他にないので当然ですね。
「ちょっと山田くん、それ言ったの先週だよ。お馴染みどころかみんな本当に毎週やるとか想像もしてないよ」
「え、生配信できるように放送部のホームページアプデしといたのに」
「ほんとだっ!? ウチのHPがつべと繋がってる!?」
先週から『水曜お昼の山田太郎トークショー』が突如はじまったのですが、いつの間にかラジオ番組として全国デビューしていました。
「じゃあことり先輩……何から話そうか。使いたいネタとかある?」
「それは山田くんが考えるんじゃないの!?」
「次回までには俺への質問やリクエストしたい話題を投稿できるようにする予定なんだけど、今日はどうしようかなぁ」
二回目からぐだぐだスタートでした。
山田くんは基本的にいつも何も考えていません。
脊髄反射でしゃべる。
でも、そのおかげで彼の言葉には裏表が一切ないとわかります。
「女の子が聞きたいこと……どんな女がモテるか、とか?」
「それいいねっ! 男の子の視点とかたまに雑誌でも特集するんだけど、ぜったい勝手に言ってるだけの捏造記事だもんね!」
小鳥遊ことり先輩もあまり考えてしゃべらない人だったみたいです。
動画サイトで配信してるんなら雑誌社から学校に苦情きますよ?
「とはいえ、いきなりモテ女を目指すのは難しいよね」
「うんうん。何事も一歩一歩だね」
「ということで今日の話題は、女の人が良いと思ってやってるけど、実は男から見てマイナスなこと~」
「エ゙ッ?」
そんなことあるの?
と言いたげに、ロリボイスの小鳥遊先輩には珍しい濁った汚い声が聞こえました。
「最初のテーマは、匂い」
「今のシーズンは制汗剤とかマストだよね。夏にかけて特に気になるし」
「いや、問題はつけすぎなことだから」
クラス全員が黒板の上につけられたスピーカーを見ています。
みんな「もしかして私やっちゃいました?」みたいな唖然とした顔。
「転校初日は気づかなかったからたぶん俺のせいだと思うんだけど、クラス全員が別の香水やら制汗剤やら付けてるわけですよ。ひとつひとつは良い匂いなんだけど……混ぜるな危険ってやつ? 正直、最近鼻バカになっちゃってるもん。気持ちはわかるけど、汗の匂いが気になるなら重曹水でこまめに拭くのが一番だと思うよ。男性がいるクラスとか職場で生活している人、男に気を遣いすぎると逆にマイナスになるから気をつけて。あっ、ことり先輩、放送中ですよ、どこ行くんですか」
ちらりと周囲の顔を窺います。
クラスメイトが全員気まずそうに周りを見ています。
そして、一斉に噴き出しました。
「だよねー! ぶっちゃけ息苦しいんだよこの教室~」
「でも匂いは男の記憶に残るって言うじゃん。少しでもアピっとかないと」
「とりま山田くん帰ってくるまで窓全開にしとこー」
窓を開けると外に顔を出していた隣のクラスの女子と目が合います。
こらっ、あんた達はクラス違うんだから色気づいてんじゃない。
山田くんはわたし達1-Aのものなのっ。
「あと気になるのは……爪かな? 大人の女性ってみんな爪伸ばしてマニキュア塗ったりしてるじゃないですか」
「うん、キレイだよね」
「でも男で爪伸ばしてる女がイイって言うやつ一人も知らないんですよね。ネットの男性専用掲示板とか覗くんですけど、背の高い人とかおっぱいデカイ人とか……パッと見で威圧感ある女性より、付け爪してる女と爪伸ばしてる女が一番怖いって声が多いんですよ」
パチンッパチンッ、急に教室中からラップ音が聞こえてきました。
ずるい! あとでわたしにも爪切り貸して!
「ネイルサロン行ってもヤスリをかけるだけで、色も透明に近い方が人気ですかね」
「ち、ちなみに、山田くんもそう思うの?」
「俺は割とどっちでもいいんですけどぉー……やっぱアレのこととか考えると短い方がいいかなって」
アレって?
と小鳥遊先輩が聞き返します。
「ほら、夜のアレの時に女の人にアレを触られるじゃないですか。爪長くて引っかかれたりしたら痛そうだなって。亀さんとか特にデリケートなんで。まあ俺、童貞なんでよくわかんないですけどね」
「山田あああぁ! きさま、お昼の放送で何を言っとるかああ!」
あっ、この声は生活指導の橋本先生かな。
山田くんはある意味、学校一の問題児なので廊下で見張っていたのでしょう。
先生の絶叫と共にこの日の昼放送は打ち切られました。
「山田くん、経験ないんだ……」
この日の夕方、放送部のチャンネルを確認したら登録者数が30万を越えてました。
男子高校生の下ネタが聞ける場所は世界でここだけ!
◇
ウイィィィィィン。
ドドドド。
ガガガガ。
水曜の昼休み。普段ならもうとっくにお昼の放送が始まっているのに、スピーカーからは何か工事しているような変な音しか流れてきません。山田くんは放送部に行くって隣の席にいないし、どうしたんだろう。
「えー少し放送開始に手こずりましたが、本日も水曜の『山田太郎トークショー』をはじめたいと思います。いえーい!どんどんぱふぱふ!」
始まる前から少し疲れた様子ですが無事放送は開始されました。
「名前変わってるじゃん」
「あ、すいません。『山田太郎と小鳥遊ことりのトークショー』でしたね」
「『山田太郎による男女の間違った認識を正そう』のコーナーだよ」
「いや、そこ考えたんですけど、俺の意見だけで『男』って主語をデカしちゃうのはどうなのかなって」
山田くんがまともなこと言ってる!?
正式にコーナーが発足されて三回目でタイトルが変更されました。
でも、一番気になる放送前の謎の異音については小鳥遊先輩も触れません。そのまま送られてきた質問に沿って、他愛のない学校生活や授業のことについて山田くんが答えていきます。
「最近放送フツーだね」
「橋本に反省文十回くらい書き直しさせられてたから流石に気落ちしてるのかも」
「マジか、アタシ達の山田くんに許せねえな橋本」
「でも山田くん、やけにニヤニヤしながら橋本先生のこと見てたよ」
「おっぱいデカいからだろ」
「橋本の年齢考えろよ、いくら何でも守備範囲広すぎるって」
あそこまで大っぴらに下ネタ言える男子なんて山田くんしかいません。
多くの女はどうせ死ぬまで処女なんだけど、だからこそそういう話はみんな大好物です。もし教師が放送部に規制をかけようとしたらデモを起こしてやる!とクラスが一つにまとまりました。
いつもは全員山田くん狙いでバチバチですが、こういう時は仲良しです。
得意な科目や、他の部活には興味なかったのか、と質問が続いていく内、とある質問で山田くんが止まりました。どうしたんでしょう。
「女子の制服についてどう思いますか。セーラーとブレザーどちらが好きですか」
小鳥遊先輩がもう一度質問を読みます。
「どっちも好きだけど、どっちにも言いたいことがある」
おや?
いつもにこやかな山田くんが怒ったような声を出しました。
珍しい、よほど腹に据えかねていることがあるのでしょう。
「前々から思ってたんだけど、スカートの丈が長すぎる! 昭和のスケ番かよお前ら。全員スカート丈は最低でも膝上10センチまで上げろ! くだらねえ校則なんて捨てちまえ! おい、校長、いや文部科学省! 聞いてるか!」
クラス中、いえ、隣のクラスからもお弁当を噴き出す音が聞こえました。
噴飯もの――と言葉では言いますが、現実に目の前の人にご飯ぶっかける様子を初めて見ました。
基本的に、共学はどこも服装に関してかなり厳しいです。
ブラウスのボタンはどんなに暑くでも全部閉める。
夏でも長袖。
腕まくりなんてもってのほか。
スカートはくるぶしにかかるくらいがちょうどいいとされています。
地肌を見せると男性の気分を害してしまうからです。
それから山田くんは突然『チラリズム』という言葉について語りはじめました。
なんでしょう、初めて聞く単語ですが……。
チラリズムとは――見えそうで見えないからいい。見えない何かを見ようとすることで興奮が駆り立てられ、脳が活性化するのだといいます。
聞き方を間違えるとただの危ない人ですが、言いたいことはわかります。山田くんも、外から教室に入ってくると暑くて第二ボタンまで開けています。気温が40℃あっても詰襟を一番上まで閉める世の男性からは考えられない大サービスです。ちらりと覗く鎖骨や胸筋の膨らみが妄想を捗らせるのですよね。
山田くん、やはり天才だったようです。
いつか日本を変えた偉人として教科書に名前が載るかもしれません。
「まぁロングスカートも嫌いじゃないんだけどね。捲し上げる楽しみがあるし」
「山田あああああ! 今すぐ放送を止めなさあああい!」
橋本先生の声と扉を叩く音をマイクが拾いました。
今回の山田くんの発言はアウト寄りのアウトだったようです。
ですが前回と違って放送は止まりません。
先生はなにをやっているのでしょう。
「ふふふ、以前の反省を活かしてドアの内側に南京錠をつけておいたのだ。俺は権力の不当な抑圧には負けない!」
「なお、小鳥遊ことりはこの件に無関係であることをここに誓います」
「なに裏切ってるんですか先輩ッ」
なるほど、それで放送が遅れたのですね。
しかし、鍵のかかった密室に山田くんと二人きりですか。
小鳥遊先輩ずるいです。
「そも、素肌を隠すことは少子化社会においてマイナスだと思うのよね」
「といいますと」
「俺が前にいた男子校でよく聞いた話なんだけど、結婚初夜に女性の裸をはじめて見る男がかなりいるっていう」
「え? 男子校に経験済みな子なんているの?」
「あーそこかぁ。今ってほとんどの家が一夫多妻じゃないですか。一人でお嫁さん十人以上いる人もいるし。だから腹違いの兄弟って意外といるとこにはいるんですよね。で、みんな上から内々の話を聞かされるわけですよ」
男子しか知らない話を聞きながらみんなへぇーと頷いています。
まあ女性の裸を見る機会なんて普通ありませんよね。
死ぬまでに一人でも多くの女を抱くのが俺の夢だ!
なんて言ってるのは世界中探しても山田くんだけです。
男性は女性の裸を見て興奮しませんし性行為を嫌がります。
「はじめて見る女性の裸を前にすると、緊張しすぎて勃たない。それで苦手意識がついて、その後性行為がもっと怖くなってしまった~てなるんですって」
「そんな話があるんですか、初めて聞きました」
「官僚とか政治家も処女ばっかで男心ってもんを理解してないんじゃないかな。少子化を解消するためには、日常にエロスを置くことで、あらかじめ性交渉への耐性をつけてから子作りに励むべきだと俺は考――」
その時、ガラスの割れる音が響きました。
橋本先生が窓から侵入したようです。
前職は自衛隊だったと聞いていますが無茶をしますね。
先生の怒鳴り声と山田くんの悲鳴が聞こえた後、放送は中止になりました。
この日の山田くんの発言は、国会でも取り上げられました。
山田太郎、ついに国を動かす!
でも、その事について本人に聞いてみると、
「そんなことより、高校卒業したら下着メーカーに就職してブラのデザイナーになろうと思うんだけどどう思う。男の考えた下着ってバカ売れしそうじゃね?」
逆に質問を返されてしまいました。
なんでも体育の授業の時に、クラスの女子が全員、実用性の高いスポブラとナイトブラしか持っていないと聞いたらしく、国家存亡に関わる由々しき事態だと言っていました。これからブラジャーの魅力で男の性欲を掻き立てる方法を啓蒙活動で広めていくそうです。
はたして彼は天才なのかバカなのか。
わたしには判断できません。
◇
長い夏休みが明けました。
久しぶりに登校してきた山田くんを見た生徒から黄色い声が上がります。
なんなのでしょう、男子といえば小さくて細くてお人形さんのような子ばかりなのに、黒々とした焼けた肌に筋肉が一回り大きくなっています。あれはわたしを誘っているのでしょうか。
「山田くん、ナイスバルク!」
「いきなり筋肉!? そこは『ひさしぶり』でしょ!」
すいません、あまりにも性的な上腕二頭筋に目が離せませんでした。
休みの間、彼は海の家と下着メーカーでアルバイトをしていたそうです。
どちらも男性が働くような場所じゃありませんよね。
信じられません。
そして何より――
なんで教えてくれないんですか!
知ってたら毎日だって海に泳ぎに行ったのに!
会話が聞こえていた周りの生徒も血涙を流して悔しがっています。
こんなにカッコよかったら、もしかしてひと夏の経験を……
「や、山田くん、もしかして、彼女とか、できました?」
「ぜんぜんそんな話なかったけど、なんで」
「だってすごくカッコよくなってたから」
「ははは、俺なんてまだまだだよ。今はまだ自分を磨く時間さ」
彼はこんなにカッコいいのに自分に自信が持てないのです。
卑屈というか何というか。
処女を拗らせた修行僧のようなメンタリティですね。
昔あこがれていた親戚のお姉さんを思い出します。
美人で何でもできる人でしたが、
『処女のまま30才になっても魔法少女にはなれないんだぜ』
と意味のわからない言葉を残して出家してしまいました。
そりゃ30才で少女にはなれないでしょう。
彼女も今の山田くんと同じ遠い目をしていたのを覚えています。
「おっと、大丈夫か。前見て歩かないと危ないぞ」
筋肉に見惚れていたらいつの間にか筋肉に抱かれていました。
すごい、男の子の腕ってこんな硬くなるんだ。
というかこの姿勢、もう結婚前提でお付き合いしているようなものでは?
どきどきしすぎて心臓が破裂しそう。
「紗希てめーこの野郎! いつまで山田くんにくっついてんだ!」
「隣の席に座ってるだけの女が図々しい!」
「あらいやだ、みなさん言葉遣いがなっていなくてよ?」
「清楚ぶってんじゃねえよクソ猫かぶりが!」
山田くんが別の生徒に引っ張られていきます。
クラスメイトとは一度、誰が一番山田くんと距離が近いのか上下関係をハッキリさせる必要がありそうです。
お昼休み、さっそく『山田太郎トークショー』が再開されました。
山田くんが夏休みをどう過ごしたのか、みんな聞きたくてうずうずしています。
ですがやはり、山田くんは我々の予想の斜め上を行くようです。
この日、事件が起こりました。
「ことり先輩、休み明けだし夏休み中の話をしようと思ってたんだけど、少し予定変えてもいい?」
「あー……お礼は大事だよね」
そんな感じでお昼の放送がはじまりました。
声に少し違和感があるな、と思いましたがその理由はすぐ判明します。
「みんな、俺の声を聴いてて違いに気づいたかな。実は夏休み中、この放送のファンって人が放送用の機材を寄付してくれました!ありがとうございます!」
おお、すごい。
夏休み中一度も新しい配信してないのに、なんか放送部の登録者数100万超えてるし、きっと他にもいろいろ送られてきてるんでしょう。
「いやー、なんかファンレターまでもらっちゃって。『山田くんの声をよりクリアに聞きたくて高校に送っちゃいました。職場にあったものですが、もしよかったら使ってください』だって。やばいね。ただの放送部員なのにアイドルの推しメンみたいになってるよ俺」
笑ってファンレターを読んでいく山田くんに、小鳥遊先輩が少し言いづらそうに話しかけます。
「先輩どうしました?」
「あのね、気づいてないみたいだけど……それ、マイクだけで150万くらいするやつだよ。他の機材も高校の放送部で使うようなのじゃないよ。教室のスピーカーまで付け替えられてるし」
小鳥遊先輩のテンションがおかしかった理由が判明しました。
どうやらとんでもないものを送ってきた人がいたようです。
くぅっ、同じファンでも大人の経済力には勝てない……。
山田くんもそのお値段にちょっと困惑してます。
彼が頼めば大抵の物は誰かが買ってくれそうですが、彼は貧乏性だし自立心が強いのでそんなことはしません。女には貢がせて当たり前、と考えている他の男性とは違うのです。
今回も自分には過ぎた物をもらってしまったので、どうお返しをしたらいいか悩みはじめました。
「そんじゃせっかく良い物もらっちゃったし、ここは……歌うか!」
その瞬間、世界が止まりました。
驚いてわたしの心臓が止まっただけかもしれません。
それぐらい衝撃的な発言でした。
現代では、男性は身も護るためにほとんど仕事をしません。
財閥などに囲われているか専業主夫か監禁されて種馬か……
特に芸能関係はバカな行為に走る女性も多く、日本で最後の男性歌手がいたのはもう10年以上前になります。わたしと同年代で男性の生歌を聞いたことがある人はいないはずです。
「あっ、楽器ねえや。ウチって軽音部あったよね、誰かー、放送室までギターかキーボード持ってきてくれー」
軽音楽部が一斉に廊下へ飛び出しました。
レーススタートです。
陸上部も真っ青な速さで放送部へ駆けていきます。
一番乗りは放送室と同じ階の三年生でした。
山田くんが受け取ったギターの弦を鳴らします。
「山田くんギター弾けるんだ」
「俺、前世ではマジ全っ然モテなかったからさ、女の子とか挨拶も返してくれないくらいひどくて……だからとりあえず、女にモテるっていわれてる趣味を片っ端から習得してみたんだよね」
「それは趣味とは言わなくない?」
「山田太郎はモテるためならどんな努力も惜しみません!」
小鳥遊先輩、そこじゃないです。
山田くんの前世ネタはたぶんクラスの女子にしか通じません。
このままだと彼がイタイ電波系だと勘違いされてしまいます。
電波は事実ですが……
「それでは前世で最後に練習してたThousand Yearsを」
「もしかして英語の曲?」
「本当は不老というか不変の愛?を歌った曲なんだけど、歌詞だけを日本人的に捉えるなら……『何度生まれ変わっても、きっとまた君を好きになる』みたいに訳した方がイメージしやすいかな」
山田くんの歌声が流れてくると、全員が息を潜めて放送に集中します。
上手い。
男の人の歌声ってこんな風になるんだ。
声が身体の奥まで響いて振動が伝わる。
気分を落ち着かせてくれる。
それでいて感じた事のないような高揚感を湧かせる。
……てゆうか歌ウマすぎじゃない?
なんですかこの声。
女性のプロシンガーと比べても遜色ないレベルなんですけど。
「世界……はじまったわ……」
変な呟きが聞こえたと思って振り向いたら、後ろの席の山本さんが白目むいてました。
教室のクラスメイトが次々と失神していきます。
男性が歌うラブソング……まさかここまで破壊力があるとは。
山田くんが次々と知らない歌を熱唱していくのに、わたしはクラスメイトの救命活動で最後まで聞けませんでした。
そして次の日、
「なんか芸能事務所からスカウトされたんだけど、下着デザイナーになるのと歌手になるのどっちがいいと思う? 両立できるかな」
山田くんはまだデザイナーへの道を諦めていなかったようです。
◇
山田くんが歌のDL販売をはじめてからしばらくすると、とある組織が動き出しました。
教育委員会と少子化対策省男性保護局です。
なんでも山田くんを男性の基準として考えを変えた女性たちが「日本の男達は月一の精子提供だけで楽をしすぎだ。もっと社会に貢献しろ」と全国各地で抗議運動を起こしているようです。山田くんの影響を小さくするために、放送とネット活動を辞めるように圧力をかけてきました。
放送部の活動を禁止された山田くんは近頃元気がありません。
ここ一ヵ月くらい登校してもずっと居眠りをしています。
許せませんね。
こうなったら暴動です!
クーデターです!
腐敗した政府は倒すしかありません!!
日本で半世紀ぶりの学生運動が勃発です。
ちなみに東京学徒のリーダーはわたし。
うちの学校は全員参加です。
「男性の権利を守れぇ!」
「山田くんに自由な活動をさせろぉ!」
学校にも行かず、プラカードを持って国会議事堂前を行進します。
そのわたし達の行く道を盾を持った警官隊と放水車が塞ぎます。
「みんな、わたしに続けー!」
「学生を議事堂へ入れるな!」
デモ隊と警官隊が衝突する寸前、スマホから通知音が鳴り響きます。
このタイミングで山田くんの新着動画?
しかも生配信?
デモ隊を止めて動画をチェックします。
生配信はリアルタイム視聴がファンクラブの義務ですからね。
「今この世界を最もダメにしているものってなんだと思う」
動画はそんな言葉からはじまりました。
しかも今回は音声だけじゃなくて顔出しです。
ダメですよ山田くん。
日本中に山田くんの本当のカッコよさがバレちゃうじゃないですか。
「ずっと考えていた。日本だけじゃなくて世界中に似たような男を守る法律があるけど、俺はそれこそが諸悪の根源だと思う。男の権利を守りすぎているんだ」
おっと、一体なにを言うつもりでしょう。
ヤバいです。わたしピンチです。
山田くんの権利を守りに来たのに梯子を外されてしまいました。
一旦デモ隊を下がらせます。
みんなー! 撤退準備してー!
「男の権利が聖域化したことで女性は男に手を出せなくなった。外からだと男は守られているように見える。……けどそれは違うんだ。このせいで男は不幸になった」
ん? 守られてるのに不幸?
デモ隊も動画を見ている警官隊も首を捻りました。
山田くんの言っていることが理解できません。
どういう意味でしょう。
「簡単に男を裁けなくなった。それは法律に則ったとしてもだ。それによって男社会の中のヒエラルキーがより顕著になってしまった。警察も司法もほとんど女性だ。男同士の争いには介入できない。だから一般家庭に生まれた男は、政治家や大企業の息子達に絶対に逆らえなくなった。彼らに目をつけられないように、機嫌を窺って追従する生き方しかできなくなった。実は俺が今の学校に転校してきたのも、前いた学校の権力者と揉めて追放されたからなんだ」
男同士の関係性。
それは、今の女性社会がまったく話題にしない問題でした。
しかし流石に男が男を訴えたのなら警察も動くだろう。
そう思って睨み合っていた警官隊を見ると苦い顔をしている人がいます。
もしかしてそういう事件に立ち会った経験があるのでしょうか。
「関わった事のある人はわかるだろう。甘やかされて育った連中の傲慢さ。わがままで幼稚な暴力性。男も女もそれが間違っていると思っているのに口に出せない」
今度はデモ隊の中にうつむく人が増えてきました。
確かに、学校などの男性がしっかりと守られている環境では、暴力を振るわれたり、財布としていいように貢がされたりと恐喝じみた扱いを受けた女性もいます。
デモ隊には、一度は男性に失望したからこそ、山田くんという光に集まって来た女性も多いのです。
「そして一番の問題は、そうした仕組みができてしまったことで『男が心を成長させる場』が無くなってしまったことだ。こういう人になりたいと憧れる男がいない。自分が間違ったことをしても叱ってくれる人がいない。追いかけるべき人、隣を歩いてくれる人、背中を押してくれる人がいない。女性のように学校の外で友達と遊んだり、ネットで知り合った人と気軽に会ったりもできない。男は女性が思っているよりもずっと孤独なんだ」
今度はデモ隊も警官隊も食いつくように動画を見ています。
山田くんの話には考えさせられる点がいくつもあります。
「男を守るための法律は男女を分断しただけでなく男同士の繋がりも分断した。男が成長しなくては、社会の主役である女性を支えることはできない……。今、全国でいろいろな運動が起きているようだけど、みんな一度足を止めてくれ。これからは俺が男の憧れる男になる。俺が手本となって男社会を牽引する。だから男達が女性に追いつくまで、少しの間待っていてもらいたい」
デモ隊から山田コールが上がります。
動画のコメント欄も山田くんを支持するもので埋まっていきます。
すごいですね山田くん、一瞬で革命家になってしまいましたよ。
教育委員会も男性保護局も彼を止めることなんて最初から不可能だったのです。
ですが周囲の熱狂ぶりを見れば納得です。
彼ならきっと世界を変えてくれます。
彼の言葉にはそう信じさせる力があるのです。
彼がこんな色々と深く考えていたとは想像していませんでした。
もっとも、わたしは普段の山田くんとの温度差で風邪を引きそうですが。
やっぱり山田くんはいつものふざけた態度の時が一番魅力的ですね。
「紗希、ちょっと……」
「いま浸ってるとこなんだから邪魔しないでよぉ」
「泣いてる場合じゃないって」
デモ隊の意味がなくなったので解散させようとしたところで大人に囲まれていることに気づきました。
「げぇ、は、橋本先生……」
知っている顔ぶれが数名。
東京中の学校の先生方が集まっていました。
「全員停学一ヵ月。それと停学が明けたらサボった分の補習を受けてもらうよ。その間、山田にも会えないと思いな」
「そんなぁーっ」
停学が明け、体育館でのスペシャル補習コースを受けた後、ようやくわたし達はようやく教室に戻ることが許されました。
「みんなひさしぶりー、学校に一人っきりでさびしかったよー」
山田くんに迎えられると疲れが吹っ飛びました。
しかし、いつもなら自分からいろいろおしゃべりしてくれるのに、山田くんは机の上の積まれた参考書の山との戦いに戻ってしまいました。
いつからこんな勉強熱心になったんでしょうか。
「最近知ったんだけど、実は今の法律だと一夫多妻っても最大百人までしか結婚できないらしいんだよね。だから俺、総理大臣になってこの国の法律を変えることにしたわ」
また突拍子のないことを……
百人もお嫁さんがいたら十分でしょ。
「ねえ山田君、私も協力するからお嫁さんにしてくれない?」
「アタシもアタシも!」
「ずるいぞ、抜け駆け禁止って決めただろ!」
クラスの肉食獣たちが山田くんに殺到しました。
まったく学習能力のない人達ですね。
わたしは山田くんを倣って学生らしく静かに勉強します。
「おい、バカの紗希も参考書読んでるんだけど……」
「こいつさては、山田くんと同じ大学を狙うつもりだなッ」
「前まで服飾に進むって言ってたくせに」
「あっ、そういえば私も東大法学部に進路変えたんだった。勉強しなきゃ~」
「裏切り者が一人増えたぞ!?」
「おまえ芸能事務所のマネージャーになるって言ってたじゃん」
騒がしい教室。
その様子を見て中心にいる山田くんが楽しそうに笑っています。
釣られてみんなも笑顔になります。
「まあ正妻の座はわたしがもらいますけどね」
「紗希が今ぼそっとなんか言いやがったぞ」
「この猫かぶり女! 今日こそ山田くんの前で本性暴いてやる」
「おほほほ、かかってらっしゃい」
きっとこれからもみんな山田くんに振り回されながら、面白おかしい学校生活が続くんだろうなぁ。そうと思うとわたしも楽しみで仕方ありません。




