多様性なんて大嫌い!
―あらすじ―
変質者と
変質者に目をつけられた女子生徒と
担任の先生のお話。
全文約5000字
わたしは多様性という言葉がだいっきらいだ。
「こらー! 変態はこの道を通るなー!」
「わははは、それは私の自由だ」
「うるさーい! 変態は自由を主張するなーッ!」
「人権を否定された!? 梅嶋小では道徳を教えていないのか、けしからん! 学校に苦情を入れてやる、覚悟しろっ」
全力で走るわたしと大人げない捨て台詞を置いて、おじさんが自転車で去っていく。ひとつ角を曲がるとあっという間に背中が見えなくなってしまった。
「みのりちゃん、おじさん捕まえた?」
「……今日もだめだった」
「もう諦めなよ~」
「そうだよ、先生とか警察の人に任せた方がいいよ」
「絶対やだ! 梅嶋小の平和はわたしが守るの!」
さっきわたしが追いかけていたのは、放課後になるとこの辺りに出没する小太りの中年。住所年齢氏名職業はぜんぶ不明。わたし達、梅嶋小学校の生徒からアイドルおじさんと呼ばれている変態だ。あだ名の通り、おじさんはいつもアイドル衣装みたいな服を着ている。ひらひらしててリボンとか柄のすっごいかわいいやつ。
アイドルおじさんとわたしの戦いは少し前、冬休み明けから続いている。
その頃、六年生が中学受験に備えてあまり学校に来なくなっていた。集団下校のグループリーダーになったわたしは、ふざけながら歩いている下級生の子たちを見守ってた。
すると、一年生の子が横断歩道の途中で突然立ち止まってしまった。名前を呼んでも信号が点滅してもその子は反応しない。道路の向こうを見て固まってた。
その子の様子は、お兄ちゃんにホラー映画を見せられた時の妹に似ていた。人間って本気で怖いものを見ると動けなくなってしまうんだとか。
他の子達も一年生の子の視線の先を見て固まる。
だけど、わたしだけは違った。
「へ、へへへ、変態だぁーーーーーーーっっ」
あの時、わたしはつい叫んでしまった。
だってしかたないじゃん。
真冬なのに気合いの入ったミニスカート姿の中年がいたんだから。
信号待ちしてたおじさんが、わたしの悲鳴を聞いてすごく嬉しそうに笑っていたのもよく覚えてる。
これまでも近所で不審者の目撃情報はたくさんあった。だけどそれからというもの、アイドルおじさんはわたしの下校時間を狙いすましたように現れるようになった。
「アイドルおじさんは絶対わたしが捕まえる!」
「あぶないよ、やめときなよ~」
「だいじょうぶ! おじさん、近づくと逃げてくから! ちゃんと防犯ブザーと催涙スプレー持ってるし!!」
話しかけたと思われると通報されるからだろう。
おじさんは児童に対して一定の距離をくずさない。
そこがまたずる賢くてむかつく。
絶対とっ捕まえて、まともな恰好しろって言ってやるんだから。
だけど次の日、わたしとおじさんの関係は変わった。
「今はね、ああいう事を言うとみのりちゃんの方がモラハラになっちゃうんだ」
放課後に居残りを言いつけられたわたしは、なぜかイケメン熊谷こと担任教師から説教を受けていた。どうやらアイドルおじさんがガチで学校に苦情を入れたらしい。
「みのりちゃんが問題起こすと先生の評価にもかかわるからね。おとなしくしてね。それに、ああいう変態は反応すると逆に喜んじゃうからね」
「やだ! 意味わかんない! わたしまちがったことしてないもん!」
「お願いだから先生を困らせないで、ね?」
イケメン熊谷がアイドル顔負けのウインクをしてくる。
こっちはおじさんと違って化粧したら本当にアイドルやれそう。
その熊谷先生は、もうあの変態を追いかけちゃだめだと言う。
ついでに、変態とかキモイとかボンレスハム太郎とか叫ぶのも禁止された。
次は親と一緒に校長室まで呼び出されるかもしれないそうな。
「なんで先生! わたしには気持ち悪いものを気持ち悪いって言う権利はないの!?」
「ないよ」
えっ、ないのかよ。
わたしの人権どこいった。
「わいせつ物陳列罪とか、迷惑行為防止条例とかいろいろあるじゃん」
「あの人はアレでちゃんと法律は守ってるんだ」
「だっておじさんなのにミニスカートなんだよ? いい年したおじさんがパーカー着てる~とか低次元なしょーもない話じゃないよ?」
「うん、でもね、日本の法律はおじさんがミニをはく権利を認めてるんだ」
「……膝上20センチでも?」
「どれだけ短いミニスカートを履いても変態の法的証明にはならないんだ。英国の男性だってキルトって民族衣装はいてるしね。今は多様性の時代だから、みのりちゃんも子供の内に他人を尊重した言葉選びを覚えなきゃいけないよ」
なに言ってんだ、このイケメン。
キルトを膝上20センチまで折ってる男見たことあるのかよ。
イギリス人にぶん殴られるぞ。
「でもアイドルおじさんは存在が公序良俗に反するじゃん。目に映る暴力じゃん」
「むしろその言葉が暴力だよ」
「なんで、ほんとの事じゃん。しかもわざと風上に向かって走ってくるからいつもスカートめくれてブリーフまる見えなんだよ。それでも変態って言っちゃいけないの?」
「風のいたずらは合法だから仕方ないね」
「先生、未必の故意って知ってる?」
「君は難しい言葉を知ってるね。でもね、警察の人も職質はできても逮捕はできないんだ。あの人、あれで元検事な上に元代議士だしね」
「アイドルおじさんが……? え、まじで?」
「ついでに言うとウチの校長とは友人らしいんだ」
「うわーまじかー……」
わたしは悟った。
そう、確かにおまわりさんは呼べば職質はしてくれる。
けど逮捕はしてくれない。
この国には子供を守るために役立つ法律がないんだ。
変態と権力者はお友達で、
権力者が法を作って、
その法律が変態のお友達を守る。
抜けられない負のサークルに囚われたこの国に未来はない。
「これが日本を支配するディープステートの陰謀……この国まちがってるよ」
「一応教えとくと、ディープステートのディープは変態って意味じゃないからね」
「これがデフレスパイラル……」
「それも意味違うよ」
変態に変態と言うのがいけないなんておかしい。
事実の指摘を侮辱だと思うなら、その人が生き方を改めるべきじゃん。
悔しくて涙が出る。
「あーもう、ほらほら泣かない泣かない」
「……それセクハラ」
頭に乗せられた手を払いのける。
熊谷先生は、事なかれ主義で頼りがいのない男だけど顔だけはいい。
そのせいで女子生徒からの人気は絶大だ。
放課後にひとりで居残りさせられるだけで嫉妬してくる面倒な子もいるのに、頭なでなでとか本気でやめてほしい。
「セクハラは傷つくなぁ~」
「教師はロリコンの天職って言うし……」
「そういうニュースもたまに見るけど、ほとんどの教師はお金のために働いてるだけで、子供なんて鬱陶しいお客さんくらいにしか思ってないよ」
それはそれで最低だと思う。
「教師なんて言ってもしょせんは第四次産業に属するただのサービス業だからね、それくらいの気持ちの方がプロ意識を保てるんだよ。嫌なことをしてお金をもらうから責任感が生まれるんだ」
「……仕事ってそういうもの?」
「大人になればわかるよ。ついでに言えば、ボクはロリコンはこの世からいなくなればいいと思ってるからね。連中は事件を起こす度にボク達教師の仕事を増やすクソゴ……ごほん、うんんっ」
熊谷先生が咳払いして誤魔化す。
でも今絶対クソゴミ野郎って言おうとしたよね。
「それにね、ボクは子供には『子供でいなさい』って言えるのが成熟した社会だと思ってるんだ。成長の早い子っていうのも確かにいるけど、人生経験が浅い内の感情はどれだけ純粋でも本物でも尊重するべきじゃない。逮捕されたロリコンはよく『その子と真剣に愛し合っていた』なんて口にするけど、詭弁だよ。分別がなく責任も取れない子供に愛を語らせること自体が大人として卑劣な行為だとボクは考えているよ」
うそっ!?
先生が先生みたいなこと言ってる!?
「熊谷先生って先生だったんだねっ」
「思った事をそのまま口に出すのはやめようね。実際ボクは教師だからね」
「でも昨日、さなちゃんのママとデートしてたよね。それは先生としていいの?」
「話は変わるけど、不審者に近づくのは本当に危険だから、みのりちゃんのためにも絶対しちゃいけないよ」
強引に話を変えたな。
シンママは不倫にならないからって生徒の親に手を出したらダメでしょ。
「みのりちゃんはストックホルム症候群って知ってるかな?」
なんだ、今度はわたしの知らない言葉で話をそらそうとしてるな。
だけど誤魔化されないぞ。
ストックホルム症候群くらい知ってる、刑事ドラマで見た。
時間を共有することで被害者が犯罪者に親近感を抱いてしまうことだ。
「わたしがおじさんを好きなるかもって? ないない。ゼッタイない」
てゆうか、それはわたしに対する侮辱でしょ。
ならない? ほんとこの国の法律どうなってるの。
「……逆だよ」
「逆?」
「あまり聞かないけど、ストックホルム症候群とセットでリマ症候群というのがあるんだ。犯罪者が犯罪被害者に親近感を抱いてしまうことだね」
「え、え、ちょっとまって、どういうこと?」
「これ以上関わると、おじさんが君を好きになってしまうかもしれない」
「なにそれ、めっちゃこわい」
あわわわどうしよ、やばいやばい鳥肌立った。
背中にぞわってきた、ぞわって。
なんだか急にとんでもなく恐ろしいことをしてるような気がしてきた。
「だけど先生……このままだとわたしは、アイドルおじさんに負けたって記憶を一生背負いながら生きてかなくちゃいけなくなる」
「重いよ。もっと気楽に生きた方がいいよ」
「やだっ!」
「ほんと子供は鬱陶しいなぁ……」
だからそれを言うなって。
思った事をそのまま口に出すなって言ったの先生でしょ。
「ボクの見立てでは、あのおじさんは承認欲求をこじらせただけの女装趣味変態おじさんだけど……エスカレートしてロリコンに目覚めないとも限らないしなぁ……事件になると、ボクも何かしら責任かぶりそうだし困ったなぁ……」
ダメだこの先生。
思った事が全部口からもれてる。
わたしより隠し事できない性格してるじゃん。
「よしっ、わかった。この件はボクがなんとかしよう。だから、みのりちゃんはもうアイドルおじさんをバカにしないし追いかけない。先生と約束だ」
「先生にどうにかできるの?ディープステートが相手なんだよ?変態政府だよ?」
「いやあの人、政府とか関係ないただの近所の変態だから」
先生が自信ありげに胸を叩いた。
熊谷先生はいっつも眠そうだし、仕事もやる気ないし、頼りがいなさそうだけど……意外とまじめな考え持ってるみたいだし、とりあえず一回おためしで信じてみてもいいかもしれない。
「ウ~ソついたら、退職届だして教師やーめる、指切った!」
「みのりちゃんはボクのことキライなの?」
差し出された小指を絡ませて、この日は帰宅した。
それから、わたしは先生との約束をしっかりと守った。
約束は守るためにするものだからね。
だから、狙いすました様に下校ルートに現れるアイドルおじさんをシカトしてシカトしてシカトし続けた。無視する度にアイドル服の裾が少しずつ短くなっていくのは本当に悪夢だったけど、頑張って逃げ続けた。
そして一ヵ月ほどして、熊谷先生がおじさんは露出で捕まったと教えてくれた。
「すごい! ほんとに逮捕されたんだ! 先生どうやったの!?」
「これだよ」
先生がスマホを渡してきた。
画面には熊谷先生の裏アカウントらしき名前が表示されていた。
何をしたのかと思って過去の書き込みやフォロー相手を確認すると、先生の裏垢はアイドルおじさんが自分の変態活動を上げていたSNSアカウントとフレンドになっていた。
アイドルおじさんに共感するようにして、おじさんの投稿内容を褒めたり似た画像を張ったりしている。直前の書き込みでは、おじさんは露出が足りないんじゃないかとアドバイスまでしている。
「変態とも友達になれるイケメンのコミュ力すげぇ!」
「えっへん、先生はすごいだろう」
「でもこれ、おじさんが捕まったのって先生があおったからじゃない?」
「さーて用は済んだからアカウント削除削除っと」
先生はしれっと犯罪の証拠をデリートした。
「共犯じゃん。犯罪教唆してるじゃん」
「大丈夫だよ。IPアドレスが弾かれない知名度の低い海外のノーログVPN通して他人から暗号通貨で買ったアカウントを再利用したし、ボクが使った画像はAIで生成した偽物だから」
「それドラマとかでサイバー犯罪者がよく使う手口……」
「でも生徒を守れてボクの教師人生も守れた。みんなハッピー」
「アイドルおじさん以外はね」
熊谷先生が仕事をやり遂げたいい笑顔を向けてくる。
これがプロ意識のなせる業か。
もしかしてこの教師、アイドルおじさんより危険な人種なのでは?
イケメン熊谷とか陰で舐めた呼び方してたけど、これからは敬語とかちゃんとした方がいいかもしれない。
「みのりちゃん」
「はひっ」
頭に手を乗せられるけど払いのけられない。
先生はすごい。
そして、やる気を出させるとやばい男だ。
「春は変質者が増えるから気をつけるんだよ」
「はい、先生っ」
これからは、変態が出ても追いかけるのはやめよう。
変態の相手は大人に任せる。
熊谷先生がいれば、きっと梅嶋小の生徒は安全だ。




