公爵令嬢の招待状 ~悪夢のお茶会~
―あらすじ―
「どうしましょう!アシェリー様のお茶会に呼ばれてしまいましたわ!」
悪名高い公爵令嬢のお茶会に招待されたお嬢様たちが慌てて走り回る。
全文約3000字
「どうしましょうどうしましょう! アシェリー様のお茶会に呼ばれてしまいましたわ!」
慌てた様子でローレンが教室に飛び込んだ。
風が少し冷たくなり令嬢たちが秋服のコーディネートに頭を悩ましはじめた頃、ローレンの下へお茶会の招待状が届いた。招待状の送り主は、学園の女王と恐れられる公爵家の令嬢アシェリー・ヴァレンティンその人だ。
「その招待状なら私のところにも来ました」
「私も……でもどうして私達のような者をお誘いに?」
貴族子女が通う学園のお昼休み――机に招待状を並べるローレン達は男爵家や子爵家の娘である。それも辺境に領地を持ち、王都にある学園に通うのにも別邸を用意できず学生寮で生活している下級貴族。学園貴族子女の中でも最大派閥の長であり王太子の婚約者の座を狙っていると言われるアシェリーとは、これまで会話をする機会すらなかった。
「こわいですね……」
「今回はご遠慮したい、なんて言えませんし……」
公爵家のご令嬢の機嫌を損ねれば実家にまで被害が出かねない。おおらかな体格で高笑いをしているアシェリーを思い出すだけでぞっとする。それに――アシェリーの主催するお茶会には、最近嫌な二つ名がついていた。
“悪夢のお茶会”
近頃アシェリーの取り巻きである伯爵家やローレン達よりも裕福な家の娘達が、アシェリーのお茶会をひそかにそう呼んでいると噂が広まっていた。
お茶会とは名ばかり。きっとアシェリーが気に食わない娘をいじめるために用意した、絶対に逃げられない処刑場なのだ。ローレン達は震えあがった。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「そんなに硬くならなくていいのよ。さあ、お掛けになって」
ローレン達は覚悟を決めてアシェリーのお茶会へ踏み込んだ。カチコチになって挨拶をする。
反対に、アシェリーは愉快に声を弾ませて微笑んでいた。しかも、アシェリーの取り巻きたちまでやたらと機嫌が良さそうだった。伯爵家の令嬢がローレンの手を取ってアシェリーの隣の席に座らせる。貴族の序列から言えば、ローレン達が公爵令嬢の隣に座ることなど考えられないことだ。
「あ、あの、本当にどういったご用件で……」
「いやね、取って食ったりしないわ。少し学園のみんなに伝えておこうと思ったことがあっただけなのよ」
恐る恐る質問してみる。
アシェリーはまだ笑顔だ。
ただ、伝えておきたいことという言葉が引っかかる。
パーティーで王太子に色目を使うなとか言いがかりでもつけるつもりかもしれない。ローレンはごくりと唾を飲んだ。
「最近、みなさま服装やアクセサリー、お化粧ばかりに気を遣っているでしょう。でもわたくし達はまだ学生なのですし、もう少し学生らしくしてもいいと思うのよね」
ローレンの唇から『どの口で』と言葉が出かかった。
夏でも眩しいほどの装飾品に身を包み厚化粧をしていたのは一体誰だと。
しかし、改めて今日のアシェリーを見ると、以前までのおおらかな体型や厚化粧がなくなっている。健康的で洗練された美しさがあった。
「ですからほら、今日はこうしてみんなでおいしいお菓子でも食べながら、ゆっくりおしゃべりできればと思って」
アシェリーの合図でテーブルにお菓子の山が並ぶ。
タルトに乗せられたベリーの一粒一粒がシロップで宝石のように光る。ふわふわに焼かれたケーキのスポンジは早くフォークを突き立てろと食欲に訴えかけてくる。大きく深呼吸をすれば、もうしっとりと甘く香ばしいチョコレートにしか意識が集中できない。
ローレンは勧められるがままにクリームたっぷりのケーキを口へ放り込んだ。
「おいしいっ!!!」
「ありがとう。がんばって作った甲斐があったわ」
「アシェリー様が作ったのですか!?」
「ええ、最近お菓子作りにはまっているの。だから、あなた達みたいにおいしそうに食べてもらえると嬉しくなるわ」
公爵家の令嬢がわざわざ手料理を振る舞うほどの歓迎に、脅しや脅迫などあるはずがない。ローレン達は、自分達の家では到底食べることのできない贅沢なお菓子の数々に舌鼓を打つ。警戒していたお茶会は楽しくおしゃべりをして終わった。
それからもローレン達はたまにお茶会へ呼ばれるようになった。毎回、お砂糖や甘くて高級なフルーツをふんだんに使ったお菓子でのもてなしを受けた。
そして季節がそろそろ冬に移り変わろうとした頃、ローレンがふと気づいた。去年まで来ていた服がキツくて入らない。相談すると一緒にアシェリーのお茶会へ参加している令嬢たちも同じ様子だった。
「なんでかしら?」
「これは仲良くなったバンベルク家のご令嬢から聞いてしまったのですけど……アシェリー様、夏前に比べてお痩せになったでしょう。あれ、実は他の人が食べるところを見て自分の食欲を発散させているらしいわよ」
「え、じゃあ私たちがお茶会に呼ばれてるのって……」
貧乏貴族ではその半分も用意できない美味しいお菓子の数々。それはアシェリーのダイエットが目的だったという。よくよく思い返してみると、アシェリーはお菓子に一切手をつけず他人に勧めていただけだ。アシェリー自身はお茶しか口にしていない。
「私たちを太らせて、自分だけが王太子の前で美しくいようって策略だったってこと?」
「そんなひどいっ」
「そのためだけに毎回あんな豪勢なお茶会を?公爵家の方は生活に余裕があって羨ましいですわね」
「じゃあ、あなたは次から誘われてもお断りしますの?」
「断るわけないじゃない」
友人から聞かれるがローレンは即答だった。
他の友人たちもローレンに頷いている。
秋の肌寒い風がカラダにカロリーを求めさせる。甘い砂糖を求め、脂肪を蓄えろと訴えてくるのだ。それに加えて、用意されるお菓子はアシェリーのお茶会でしか食べられない珠玉の逸品ばかり。アシェリーの料理スキルが高すぎた。
「でもどうしましょう。これじゃドレスが着られないわ」
「前よりふくよかになったね、とか言われたら殿方を殴ってしまうかも」
「行けば地獄が待ってるのに行かざるを得ない。ほんとに悪夢のお茶会だわ」
お腹についた贅肉を摘みながら相談する。だがどれだけ長い時間、乙女たちが頭を悩ませようとアシェリーの思惑などわからないし、今やれることは一つしかない。ローレン達は決意を秘めた顔で部屋を飛び出した。
男子のいない時間を狙って令嬢たちがダイエットで外を走る。
その様子をアシェリーと取り巻きのお嬢様たちが優雅に紅茶を飲みながら見下ろす。
「ふぅ、みんな元気でいいわね。学園に王族がいない時は生徒全員に気を遣わないといけないのだからこっちは大変よ……」
「私もまた体重が落ちてドレスが着れなくなってました」
「下級貴族は悩みが少なそうで羨ましいですわね」
「大人になれば、あの者達もアシェリー様の苦労を理解してくれると思いますよ」
「ありがとう。さあ、次は誰をお茶会に誘えばいいのかしら」
彼女は公爵家の娘として普通に責務を果たしていただけだ。
貴族という自覚を忘れて身分違いの恋などしていないか。
見栄を張って散財してしまっていないか。
国を取り仕切る最上位の貴族として、アシェリーは下の者が健全な学生生活を過ごせているか指導してやらねばならない。
権力者の娘というだけで、何をするにも腹に一物を抱えていると勘違いされる現状に溜め息をつきながらも、今日も生徒達を温かい目で見守るのだった。




