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日陰の本棚  作者: invitro
【ハイファンタジー】
14/23

おたくのダンジョン改築しませんか?

 ―あらすじ―


 望月直登は魔王の召喚術に巻き込まれて異世界に来ていた。

 しかし、直登は特に優れた技能があるわけでもなく、一人で田舎で放置されていたダンジョンを管理する仕事につく。

 魔王から命令された通り、誰にも攻略されないよう真面目に管理業務を続けていたが、ある日一人の少女が単独で最奥まで辿り着いてしまう。そして直登の前まで来た少女は真剣な顔をして問いかける。


「おたくのダンジョン、改築しませんか?」


 全文約10000字


 ――ぴちょん。

 ――ぴちょん。


「……えらいことになったな」


 バカみたいに口を開け、呆然と天井を見上げていた。

 天井の黒い染みから部屋の中に水滴が落ちてくる。

 しかも結構な頻度だ。

 放置すればすぐに水溜まりができてしまう。

 すでにこのバケツを交換するのは何度目だろう……

 溜まった水に映る自分の顔を見て、何故俺はこんなところにいるのか考える。




 一年前の会社帰り。

 俺は異世界の魔王を名乗る女が使った召喚魔法に偶然巻き込まれた。

 魔王は強力な魔族を呼び出して配下にするつもりだったらしい。

 異世界――よくラノベや漫画で見かけると、雑誌の付録のような軽いノリで特別なチート能力がもらえるはずなのに……俺には何もなし。日本にいた頃と変わらず何の力もないただの人間のままだった。

 その時は、役立たずはモンスターのエサにでもしてしまえと言う魔族に囲まれて半べそかいて軽く漏らす事態になったが、魔王が理性的な性格をしていたおかげでどうにか殺されずに済んだ。


 今では「異世界の知識を使ってダンジョンを収めてみよ」という魔王の命令に従って人類に敵対するダンジョンマスターをしている。有能な人間を引き入れてダンジョンで間引くのが仕事だ。

 最初こそいろいろと抵抗やら葛藤もあったけど、ちょっと話しかけようとして首を落とされてかけてから異世界人に対する同族意識はさっぱり消えた。

 肌の色が青かったり、角が生えていたりと、魔王はやはり人間に見えないが、顔は美人でスタイルもいい。同じ人間でも蛮族よりはこちらに尽くした方がいいと思ってしまったのも仕方がない話だろう。だから俺は、日々ダンジョンの運営に真面目に取り組んでいる。



 そんな俺が居を構える第53号ダンジョンの最下層、地下9階。

 ダンジョンマスターになって早一年、初めてにして深刻な水漏れに遭っていた。


「ダンジョンの水道業者なんて聞いたことねえぞ。どうすりゃいいんだ」


 ダンジョンには、どういう原理か知らんが環境保護機能と自己修復機能がある。もちろん俺の預かる辺境の弱小ダンジョンにもだ。

 だからこれまで最下層の自室で水漏れなんてしたことがない。何が起こっているのか分からないし、どうせ自分では調査しても無駄だろう。俺にできるのはせいぜいトイレが流れなくなったらスッポンで詰まりを直すくらいだ。


 うーん、と再度頭を抱える。

 この世界には、気軽に相談できるほど仲のいい相手がいない。

 だって周りにいるのみんなモンスターだもの。

 俺がついてるの魔族サイドなんだもの。

 俺は人類の裏切り者。魔族からも信用されていないし、俺は怖くて化け物には近づけない。人型の魔族はごく少数。このダンジョンで雇っているモンスターも、ダンジョンから魔力を供給することで雇っているだけの知能の低い化け物しかいない。


 ああああ、困った。

 たかが水漏れ、放っておけばいいとも思う。

 しかし水漏れが収まらなかったら、俺は溺死するのだろうか。

 この水漏れが始まってからもう一週間が経っている。

 さすがに水漏れしたのでダンジョン放棄しました――なんて抜かしたら魔王に殺されてしまうだろう。


「あのぉ……」

「くっそぉ、いっそダメ元で人間の国に亡命するか」

「こちらのダンジョンマスターさんですか?」

「だけど首に付けられた紋章が気になる。これ魔族に従属してる証なんだよな」

「もしもーし」

「うるさいっ、今俺は生きるか死ぬかの瀬戸際――なん?」


 怒鳴っている途中で頭の中の脱走計画が止まった。

 俺のダンジョンでは、流暢な会話ができるほど高度な知能を持ったモンスターは雇っていない。

 しかし誰かの声がする。

 幻聴じゃないよな。

 自分が孤独と不安でおかしくなったとは思いたくない。

 ナラ、イマ俺ニ話シカケタノハ誰ダ――?


「違います違います! 私は魔族に捕らえられてここに監禁されているだけの善良な人間です! 助けに来てくださってありがとうございます!」


 俺は振り向き様に土下座を敢行した。

 魔族の友人のいない俺のダンジョンに訪れる可能性のある者といえば――ダンジョンを攻略しに来た冒険者だろう。俺がここのマスターだとバレたら殺されてしまう。

 実際、この一年の間に魔族が訪問してきたことは一度もない。ほとんど価値のない田舎のダンジョンで放し飼いにされているのが俺だ。他の可能性など思いつかない。



「え、ダンジョンマスターさんじゃないんですか?」

「違うんです、私は人類を裏切ってなんて――んん?」


 わずかに視界に入った小さな靴と幼い声に、土下座のまま顔をしかめる。

 女……?

 それも子供だと?


 冒険者の中には、幼くして才能を発揮する者をいるらしい――が、それでもあくまで人間は人間。気配と声は一人分。いくらなんでも有り得ない。俺はゆっくりと顔を上げる。


「………………ドワーフ?」


 そこに立っていたのは、かわいらしい小柄な女の子だった。

 健康そうな褐色の肌、金色の髪にぶかぶかな帽子、背丈に似合わない大きな胸に首から下げたゴーグルを乗せている。四肢は華奢に見えてもドワーフの目印となる装備の重量ハンマーには、幾度も熾烈な戦いを潜り抜けてきた形跡が残っていた。

 人間ではない。身長の割に胸があるから、子供か大人か正確にはわからないが、十中八九ドワーフで間違いないはずだ。


「はい、ドワーフですけど」

「なんだ魔族かー。…………びびって損した」

「あっ、やっぱりあなたがここのマスターだったんですね!」

「いかにも、俺がこのダンジョンの主である望月直登だ」


 ドワーフは獣人、ダークエルフなどと共に魔王についた亜人種だ。

 昔は人間種に分類されていたようだけど、今ではすっかり魔族の一員として扱われている。


 つまり、少女は現状味方と見て間違いない。

 命乞いをする相手ではないということだ。

 俺はさっきまでの醜態をなかったかのように立ち上がると、どっしりと椅子に腰を下ろして足を組んだ。


「まあ座ってくれ」

「えと、さきほどのは……?」

「敵の不意をつく訓練をしていた。客人は珍しいので恥ずかしいところを見せてしまったかな」

「いいえ、立派な心構えだと思います」


 一度も使ったことない来賓用の椅子を勧める。

 せっかく取り繕ったのに、ドワーフの女の子が座った拍子に少しほこりが立ってしまったのが恥ずかしい。普段誰も来ないのがバレてしまっただろうか。



「さて、俺のダンジョンの何の用かな」


 少女は俺のことを知らない様子。

 とりあえずナメられないように大物ぶっておこう。


「あ、あの……突然なんですが……」

「なにかな」

「おたくのダンジョン、改築しませんか!」

「改築?」


 ドワーフの女の子が勢い良く椅子から立ち上がった。


「わたし、『すたじお☆どわっふ』のリルルカともうします」

「……すたじおどわっふ?」


 差し出された紙切れを受け取る。

 硬質の紙には次のように書かれていた。


『すたじお☆どわっふ ダンジョンリフォーマー・リルルカ』


 この世界って名刺あるんだ……

 ふと、そんなバカなことに気を取られていると、リルルカがもう一度同じ文句で勧誘してくる。


「おたくのダンジョン、改築しませんか? わたしなら、直せるところがたくさんあると思います」

「ふーん、わたしなら、ね」


 しかも「たくさん」と来たか。

 小娘のくせに生意気なことを言いおるわ。

 確かに俺のダンジョンには冒険者がほとんど来ない。

 常に閑古鳥が鳴いている。

 しかしそれは、人間たちに重要な拠点だと思われていないからだ。

 ぜんぶ立地条件が悪いんだ。

 俺は悪くない。

 強いて言うならこんな辺境にダンジョン作ったヤツが悪い。


 何より――コンビニ経営、ハンバーガーショップから始まり、戦国領主系、異世界ダンジョン系とSLGシミュレーションゲームで子供の頃からならしてきた俺の計画にミスなどあるわけがない。ダンジョンリフォーム会社か何か知らんが、そうそう直せるところなんてないはずだ。


 だけど、こんな少女がここまでどうやって……??


 ひとつ、気になるのはそこだった。

 同じ魔族に属する者だとしても、少女は招かるざる客。

 ダンジョンのモンスターやトラップに阻まれたはず。

 こんな少女が一人でおつかいに来れる場所ではない。


「ふつうに下りてきましたけどぉ」

「ふつうて……」


 リルルカの言葉を信じるわけではないが、ダンジョンコア(ダンジョンの管理システムを担う魔道具)から、最後の侵入者の記録を見る。入り口をくぐったのは一人。それも――


「今日の五時間前!?」


 椅子からひっくり返りそうになった。

 俺のダンジョンはそう広くないし、予算の関係でモンスターの質も低い。これは仕方がない。だからと言って、九階層の地下ダンジョンを一人で五時間で攻略するなど聞いたことがない。


「え、うそマジで? どうやって? チート?」

「一からご説明しましょうか?」

「すいません、お願いします」


 わけのわからない謎の少女に頭を下げて教えを乞う。


「まず、近くの川から水路を引いてダンジョンに数日ほど放流しました」

「この水漏れは貴様か!」

「はいっ、それで中階層までのモンスターとトラップは全て無力化できました。塔タイプなら毒煙で燻せば一発ですし、城砦タイプも白蟻かアシッドスライムで地面を腐らせれば楽勝ですけど、こちらは地下系なので苦労しました」


 苦労しました、じゃねぇよ。

 大変だったね~とでも言うと思ってんのか。

 だいたいなんだその攻略方法は、そんなこと許されていいのか。

 どんな凄惨な戦争にだって、ダムとか堤防とか大規模災害を誘発するインフラ施設は壊しちゃいけないって暗黙の了解があんだぞ。



「そのあとは、これで床を壊して……」


 リルルカの持っていた巨大ハンマーからウィィィィンと謎の駆動音が響く。片側から金属の棒が飛び出てくると、ガシュッ!という音と共に、今度は反対側から杭が突き出された。伝わってくる振動だけで、かなり危険な兵器だと分かる。


「まさか、それハンマーじゃなくて……パイルバンカー?」

「すごいです、ナオトさん! パイルバンカーのこと知ってた人は初めてです!」


 目をキラキラと輝かせてパイルバンカーを見せてくる。

 リルルカの装備はハンマーではなく、エンジン搭載の杭打ち機だった。


「……ソレで床と壁ぶち抜いてきたの?」

「はい! オリハルコン製の一点ものなんですよ!」


 自慢の一品なのだろう、声が弾んでいる。

 でも違うんだ、リルルカ。

 そういうことを言いたいんじゃないんだ。

 その攻略方法はアリなのか!と聞きたいんだ。

 あと、その超重量鈍器をか弱いヒューマンである俺に持たせようとしないでくれ。潰れて死んでしまう。


「……部屋の前のあいつは?」


 まだだ、まだ疑問が残っている。

 俺の部屋の前には、ダンジョンのボスことヒュドラがいる。

 驚異的な肉体再生と毒や酸を吐く巨大な頭は、並の冒険者パーティーでは突破できない。間違いなく一番の難関だ。

 ヤツが部屋の前にいるからこそ、俺は自室でのんびりくつろげるのだ。


「魔法で外から冷水を流してたら眠っちゃいました」

「くそ! あいつに予算の大半つぎ込んだのに、所詮はデカいだけの爬虫類か!」

「ヒュドラは竜種だと思われているのに、本来の生物分類までご存知なんて、ナオトさんは博識ですね」


 とりあえず自分の身を守るために、一匹だけ超強力なモンスターをボスとして配置したのだが失敗だったようだ。

 変温動物は使えない。

 俺は心のメモ帳にしっかりと記録した。


「でも、少し驚きました……」

「なにが?」


 反則的な方法でダンジョンを攻略してきたリルルカに、脱力して聞き返す。


「ナオトさんは、これまでわたしが営業してきたマスターさんより博識なのに、なんでこんな雑なダンジョン経営をしてるのかなって……」


 幼い少女の悪意のないダメ出しに、俺は反論できなかった。

 俺のダンジョン、そんなにダメだった?

 リルルカちゃんが常識知らずなだけなんじゃないの?


「まず、こうした辺境に作るなら秘密の工房や魔族の切り札になる研究を匂わせたり、宝物庫の宣伝は不可欠です。なんでしないんですか。これじゃ、本当に廃墟があるだけですよ」

「それは……だって魔王様が予算くれないから」


 俺はどうにか小声で言い返す。


「なに言ってるんですか! 子供じゃないんだから、最初はモンスターを連れて近くの国から略奪するんですよ!」

「……そうなの?」


 やだ、略奪なんて物騒なことできない。


「それにダンジョンの構造体も脆すぎます。三日で中度の浸水、水が掃けるまでも三日……ミスリルコーティングしてダンジョンコアから魔力を供給してないんですか?」

「……冒険者が来ないから魔力回収できなくて」

「そういう時は、近くの村から人間をさらってきて飼うんですよ!」

「まだ新卒二年目だし、あんま重たいことしたくないっていうか……」

「社会は競争です! 甘えてたら下に落ちるしかないんですよ!」


 リルルカがますます物騒なこと言いだした。

 怖い、ほんとはドワーフじゃなくて悪魔なんじゃ?

 つか人間飼うってどういうことなの?

 家畜にして繁殖させてからダンジョンに食わせるの?

 最初にダンジョン運営の説明されたけど、そんな方法聞いてないよ。


「あとやっぱり、ダンジョンの目玉に亜人や女の子タイプのモンスターを呼ばないと。冒険者の大半は男性です。そうゆう“おしおき”を目当てにしてくる変態もたくさんいます。ここは海も近いしセイレーンとかいいんじゃないでしょうか」

「でも女の子モンスターの雇用はツテがないと……」

「ふつう独身のダンジョンマスターなら、誰でもソッチの付き合いくらいあるでしょう? まさかナオトさんの年齢で――」


 思わずうつむいてしまう。

 もはや少女の知る世間の常識に、俺は打ちのめされていた。

 俺がこの世界に来たのは、社会人になってまだ三ヵ月しか経っていない頃だ。

 学生時代、何度か彼女はいたけど大人の関係になるまでには至らず、いつもその手前で破局していた。

 もう少しお金が貯まったら、高校の先輩に紹介してもらった高級風俗に行く予定だったのに、魔王様によって俺の初体験は遠のいてしまったのだ。


「もう、やめて、ください……それ以上言わないで……」


 少女にコテンパンにダメ出しされた俺は、あまりの恥ずかしさに顔を上げられなかった。

 俺はこの世界で甘えすぎていたようだ。チェリーの坊やが上手に生きていけるほど異世界は甘くないんだ……。俺は一人で部屋に引きこもって、本物の敵なんていないお子ちゃま向けのSLGで満足してるのがお似合いなんだ……


「え、あの、ホントに?」

「お願いします、もう、許して……」

「そ、そそ、そんな時だからアレですよ! リフォームですよ! 他にもすぐに挙げれる改善点が30個ほどあります」

「そんなにっ!?」

「防水に防錆加工、ダンジョン内で農業を可能にする内循環システム、途中からダンジョンに再挑戦するための転移装置の設置、冒険者を誘うための偽財宝の貸し出しまで何でもできます! 近隣の都市へ出向いてダンジョンを喧伝するサービスもオススメですよ!」

「いや、もう、帰ってください。お願いします」


 リルルカの顔が見えないように、深々と頭を下げる。


「そんな! お仕事取らないと、わたし、おうち帰れないんですぅ。お願いしますからダンジョンリフォームしましょうよぉ!」


 席を立ったリルルカが俺の腕を掴んで泣きついてくる。

 でもね、お願いしたいのはこっちなんだよ。

 もう許して、無能な俺を見ないでぇ……


「ううぅ、他のダンジョンでも依頼取れなかったし……ひどいとこはお金渡すから二度と来ないでくれって、他所で話題にするのもやめてくれって……このままじゃ、わたしどうしたら……ぐすん」


 リルルカは涙を見せるが――この子がやっているのは“セールス”じゃなくて“道場破り”の扱いだな。侍だか武士の時代には看板を守るために、道場破りに金一封を包んでお帰り願ったと聞いた覚えがある。

 しかし、リルルカのような小さな女の子が頑張って働いているのには申し訳なく思うけど、若い子にこんな自信を砕かれたら大人は何も言えなくなってしまうのよ。


「ごめんな」


 しがみつくリルルカの手を優しく引き剥が――せない!?


「コラッ、腕放せ! ここは他と違って道場破りにくれてやる金なんてねぇぞ」

「わたし道場破りじゃないいいいいぃ」

「アッ、やめっ、そんな力入れたら折れちゃううううう」


 俺の腕に鼻水をこすりつける美少女に鼻フックをかまして床へ放り投げる。


「ぎゃう! 女の子にナニするんですか!?」


 涙目でこちらを睨んでいる。

 恐ろしい娘だ。

 ドワーフは少女だからと言って油断できんな。


「もう……いいです……」

「もういいの? お帰りの際はダンジョン壊さないでね」


 リルルカが顔を拭って立ち上がった。


「次はじゅーおーのお城にいきます」

「じゅーおーのお城? 聞いたことないけどがんばってね――」

「ぐすっ、ナオトさんの紹介で来たって言ってやります」


 ふははは、なんだその捨てセリフは。

 異世界の子供が口ゲンカで使う文句なんて言われても、お兄さん知らないぞ。


 しかし、じゅーおーの城か。

 どこのダンジョンだろう。

 じゅーおー、じゅうおう、ジュウ王……


「待って、それ獣王様のお城のこと?」


 一年前、異世界召喚されたばかりの俺を真っ先にモンスターの餌にしようとしたイカレた暴漢の笑顔が脳裏を過ぎる。


「ちょっと待て、そこのクソガキ!」

「いやです、待ちません!」


 肩を掴む――が止められない。すごい力だ。

 獣王様はめっちゃ短気な上に戦闘狂で有名なのだ。

 そんな野郎に、こんな非常識な方法でダンジョンを荒らしている小娘を行かせたら戦争を吹っかけるようなもんだ。

 もっとも、俺が一方的なリンチでミンチにされて終わるだけだが。

 力はあるが小柄な少女をひょいと持ち上げ、再び交渉の席につかせる。


「セクハラです契約してください」

「うるせぇよ! ソッチは殺人未遂だろうが!」

「でも座らせたということは契約の意思があるんですよね? ねっ?」


 リルルカが満面の笑みを向けてきた。

 よく見ると、ついさっきまで泣いていた形跡がない。

 演技か?

 女ってコワイ。


「えっと、では契約の説明を、今回はお得な二年契約の割引プラン――」

「無い袖は振れん!」


 即座に断った。

 俺はしっかりと自己主張できる日本人。

 悪徳商法には、話を聞くまでもなくNO!を突きつける。

 一度でも話を聞くと、こういう詐欺会社が共有している、“とりあえず話を聞いてくれるカモ候補リスト”に名前を乗せられてしまうからな。


「ローンも受付けますよ?」

「残念だが爺ちゃんの遺言で住宅ローンとリボ払いを禁止されている」

「むむむ、家訓を出すとはずるいです! 卑怯者!」

「あとマルチと宗教の勧誘も断る」


 リルルカが悔しそうに形の良い唇を歪ませる。

 この小娘、最初とはもう完全に態度が別人だな。

 俺が自分用に淹れたお茶も勝手に飲んでるし。


「だったらどうすればいいんですかぁ~。先月も給料もらってないし、仕事取らないともう住む場所もないんですよ~」

「他のダンジョンで攻略口止め料もらってんだろ?」

「旅費しかもらってません~……やっぱり獣王の城に行くしか……」

「だから待てと言うに!」


 ダメだ、ここで逃がすわけにはいかない。

 獣王の城は平原にあるし、恐ろしく強い獣人の兵士が周辺に何百と待機しているから、易々と攻められる場所ではないことは確かだ。

 それでもリルルカが何をしでかすか想像できない。

 こいつには俺がゲームで鍛えた常識と良識が通じない。

 もしも地下や空から攻めたりしたら、獣王の城も破壊できるかもしれない。

 でもそれは工作の話だ。

 獣人兵や獣王が死に絶えるわけではない。


 獣王に冗談は通じない。冗談どころか言葉が通じない。戦闘民族の王ことライオンヘッドのイカレ脳みそには、気に食わない相手の言葉を挑発に変換する機能がデフォルトで備わっている。

 リルルカが獣王に「ナオトの紹介でクソ雑魚ダンジョンをリフォームしに来た」とドヤ顔セールストークを披露した瞬間、「お前のダンジョンはオークが住む藁の家以下だな。つまりお前の頭は豚以下か」などと訳のわからん幻聴を聞いて俺を殺しに来るに違いない。


 しかし現実問題――金も魔力もないのは事実。

 獣王も怒らせるわけにもいかない。

 この恐喝営業女をどうやって追い返せばいいんだ。


「あああ! くそう、金さえあれば!」

「レッツ略奪?」

「来る途中にデカい都市が一つでもあったかよ」


 そもそもリルルカが誘う遠征をしようにも、金がありそうな国は近くにない。


「じゃあ適当に娘っ子さらってきて人間牧場コースです? ナオトさんも種蒔き脱チェリーで一石二鳥みたいな?」

「無理やりとか好きじゃないので」

「この人、ちょーワガママなんですけど」


 リルルカに言われたくない。

 というかこの少女、年はいくつだ。

 ドワーフは一応人間より長生きする種族だったはず。

 となると少なくとも俺より絶対上だよな。

 だって考え方があまりに外道だもの。

 社会の荒波に揉まれると美少女もこんな下品になっちまうのか。


「わたしの顔見て溜め息つくのやめてもらえます?」

「…………リルルカは、これまで結構な数のダンジョンで恐か――営業をしてきたんだよな?」

「はいです。なってないトコを実際に壊して教えてあげました」

「今の仕事は大変そうなのに、なんで続けてるんだ?」

「最初は社長の金払いが良かったので……そのままずるずると……」


 別にドワーフとしてダンジョンにこだわりがあるわけじゃない。

 あくまで仕事、金が大事、ってわけか。


「なら人間のフリをして他のダンジョンの宝物庫を略奪するというのはどうだ?」


 何気なしに言ってみる。

 ドワーフなら少し変装すればバレまいて。


「お、同じ魔族から奪うと言うんですか!?」


 すると、リルルカがこれまでにない驚愕の表情を浮かべた。

 どこか驚くようなところがあっただろうか。


「なんという鬼畜! 悪魔! ナオトさんは天才です!」

「いきなり他人の家を燻したり水攻めしたりブッ壊す人よりは遥かに良心的だと思いますけど」


 まったく嬉しくない褒め言葉に反撃するが、リルルカは俺の嫌味など聞いていない。バッグから取り出した地図とそろばんで計算を始めていた。


 まあ何にせよ、リルルカは新しい商売を思いついたようだ。これで獣王の城に営業に行くのはやめて、これからは盗掘屋としてたくましく生きていくだろう。

 俺も今まで通り、人の来ないダンジョンをマイペースでのんびり改造する日々に戻れてめでたしめでたし、っと。


「ダンジョンマスターとしてやられたら嫌なことを学ぶ、ダンジョン攻略レクチャープラン、時代は情報教材ですか! しかも契約者も授業料は余所から奪えばタダ同然! この商品は売れますよォ!」


 …………ん?

 顔を上げたリルルカのセリフに首を傾げる。

 どうもおかしなことを言ったぞコイツ。

 ダンジョン攻略レクチャー? それって――


「では行きますよ、第一号契約者のナオトさん。まずはお試し体験コースで隣国にある蜘蛛の洞窟から落としましょう」

「待って待って、俺じゃなくてリルルカがやればって話したつもりなんだけど」

「何言ってるんですか、そしたらわたしが犯罪者になっちゃいますよ」

「俺は犯罪者になってもいいのか!!」

「だいじょぶだいじょぶ、ナオトさんなら覆面の一枚でもあればバレませんから」


 リルルカが俺の腕を取って、人間では逆らいようのない怪力で椅子から立たせる。

 本気で俺に他のダンジョンを攻略させるつもりらしい。


「やだ無理死んじゃう」

「わたしが優しく指導してあげますから大丈夫ですよ! それにこんな美少女と旅が出来て何が不満なんですか!」

「ロリババアは趣味じゃない」

「わたしはまだ27です! 人間換算ならティーンですよティーン! 十代!」

「ガチロリでもロリババアでもなくすげー微妙な年齢!?」

「微妙って言うな!」


 さらに力を込められたリルルカの細腕に、俺はダンジョンから引きずり出された。




 ――この後、俺は何度も死にかけながら一つ目のダンジョンを攻略する。

 そして気づくと、なぜか俺の血判がされた契約書が作られていた。

 何度も気絶したからその間に指を切られたんだろう。 

 斯くして俺は、異色の同業荒らしを行うダンジョンマスターとなった。

 毎日、微妙に年上の偽ロリドワーフにケツを叩かれながら、金策とダンジョンの改築に勤しんでいる。


 これから先、俺は魔族のダンジョンを攻略する勇者となるのか。

 稼いだ金と経験でダンジョンを改築し、魔族の幹部となるのか。

 どこかで野垂れ死ぬのか。

 未来はまだ、決まっていない。


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