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日陰の本棚  作者: invitro
【現実世界・恋愛】
10/23

餃子が消えた!

 ―あらすじ―


 餃子が絶品だと有名だが、席は少なくカウンターもやたら狭いラーメン店。

 大学生の孝弘が昼飯を食べに行くと、高校生ギャルのグループの隣しか席が空いていなくて――

 

 あれ?俺の餃子は?


 全文約3500字

「いらっしゃい!!」


 “花星”と書かれた少し色あせた暖簾をくぐるとラーメン屋の店主が元気良く声を上げた。

 ふたつあるテーブル席には昼休みのサラリーマン達が座っていた。カウンター席は五つ。試験期間なのだろうか、平日の昼間なのに、手前の三つには女子高生のグループが座っている。

 孝宏たかひろと友人の智樹ともきは、ちょうど二つ空いていた一番奥のイスまで移動する。

 お互い新しい大学生活にも慣れたが、まだ実家から離れたばかりで自炊には慣れていない。料理を覚えるよりも、まずは近場でウマい飯屋を探そうと二人は大学周辺の店を探索していた。


「ほんとに混んでるな、マジで意外だわ」

「聞こえるように言うなって」


 店内は狭く、孝宏が座ろうとすると下に置いてあった荷物入れのカゴに足があたる。隣の席からバッグがはみ出して孝宏が足を置く場所がない。しかし、隣の席に座っていた女子高生は背を向けて友達との話に夢中になっていたため、孝宏はこっそりと避けてやる。


「ここら辺で見ない制服だな」


 ギャルと呼んで差し支えない派手な髪の色、そして大声で話しをする女子高生に苦手意識があるのか、智樹がひかえめな声で言った。


「おまえ、もう近所の制服まで覚えてんのかよ」

「当然だろ。やっぱ女子だけで餃子食いに来てるとか男子に見られないように遠くまで来てんのかね」


 孝宏たちが“花星”に来た理由は、サークルの先輩から勧められたからだ。この店はラーメンは普通だけど餃子は絶品だと。

 実際、女子高生もテーブル席のサラリーマン達も餃子を注文していた。


「そんなこと気にするかよ。普通に電車通学してる地元の子だろ」

「ハァー、おまえも大学生になったんだから彼女の一人でも作ろうぜ」


 智樹は呆れた様子で言いながら、壁に貼られたメニューを見る。

 智樹は塩ラーメンと肉餃子。孝宏は醤油ラーメンと野菜餃子と半チャーハン。ふたりは後で感想を言い合うためにそれぞれ別の注文をした。




 差し出された料理を受け取ると狭いカウンターはいっぱいになってしまう。特に、チャーハンまで注文した孝宏は隣に座っている女子高生と皿の端が重なってしまいそうなくらい狭い。思いのほか大きな器で出てきた料理を見て、チャーハンは余計だったかと内心反省する。


 だが、餃子を一口かじるとすぐにその考えは吹き飛んだ。

 羽根のついたカリッカリに焼かれた肉厚の皮の中から、一気に野菜の自然な甘味が広がる。椎茸から滲み出る旨味と生姜の爽やかな風味も抜群だ。市販のものとは違うオリジナルのタレも適度な酸味が野菜の甘味と絶妙に合っている。

 横目で様子を窺えば、奥に座っている智樹も口数が減り、無心で餃子を食らっていた。ラーメンとチャーハンまで食べきれるか不安になるような巨大な器から、あっという間に料理が消えてなくなった。

 そして、孝宏はシメにとっておいた最後の餃子を食べようとして、


「……あれ?」


 自分の餃子がすでに無くなっていることに首をひねった。


 ――夢中になりすぎて全部食べてしまったのか。

 ――いやいやグルメ漫画じゃあるまし、そんなことありえない。


 心の中で反駁してからふと隣を見ると、それまで孝宏に対して半分背中を向けて大声でおしゃべりしていた女子高生と目が合った。

 孝宏の皿は空だが、女子高生の皿には餃子がひとつ残っている。


「えっ?」

「えっ?」

「いやそれ、まさか……」

「…………………あっ」

「なになに、詩歩どうしたん?」


 詩歩と呼ばれた少女は口を膨らめ、唇に箸をつけたまま固まった。

 しかし、徐々に顔が赤くなっていった。気づけば首から耳の先までラー油のように真っ赤に染まっている。


「あ、あの――」

「ぷっ……くくく……確かに狭い店だけど、こんなことあるんだ……ぷぷっ」


 詩歩が話しかけようとするが、孝宏は体を震わせ顔を下へ向けてしまう。


「どうしたの詩歩、もしかして隣の人になんかされた?」

「あ、いや、やめてアンナ。そ、そんなんじゃないからっ」

「おい孝宏どうした、もしかして何か当たったか」


 詩歩の友達は孝宏を警戒して、智樹は孝宏を心配して声をかける。

 食中毒を疑う智樹を見る店主の視線だけは怒りに満ちていたが、智樹は気づかない。それどころではなかった。


「やばっ、ツボ入った……腹いたい」

「いや意味わかんねーし、なんなんだよ急に」

「……隣の、JKに、餃子食われた」


 孝宏が必死に笑いを堪えながら小声で答える。

 知らぬ間に、空になった餃子の皿。

 皿の端が隣客とぶつかるほど狭いカウンター。

 横を向いて座り、友人とおしゃべりしながら食事をしていた詩歩。

 答えは明確だった。

 知らない女子高生に突然自分の食べていた料理を盗られるという想像すらしたことのない事態に、孝宏はもう笑うしかなかった。


「う、えと、あの……」

「マジでどしたん」

「その……ごめんなさいっ! ごちそうさまでした!」


 詩歩は髪留めが落ちるくらい勢い良く頭を下げた。そしてカウンターに千円札を2枚叩きつけて逃げるように店から出て行ってしまった。

 怒鳴り声と大きな物音に店主が驚いて目を見開いていたが、最後に「ごちそうさまでした」というあたり、見た目はギャルでも節度はあるようだった。


「詩歩!? 待ってよぉ!!」

「ちょっと嬢ちゃんたち、オツリは!?」


 詩歩の友達も慌てて代金を置いて追いかけていってしまう。

 店内には、未だに肩を震わせている孝宏と、状況を理解できずに顔を見合わせる智樹と店主だけが残されていた。




 翌日の昼、孝宏はまたしても“花星”の前に来ていた。

 先輩から教えられた通り、病みつきになってしまうほど餃子が絶品だったこともある。だがそれ以上に、食べられなかった最後の餃子が気になっていた。やはりどんな美味しい料理も、しっかりと想像したシメを味合わなければ食事は終われない。


 再び暖簾をくぐる。すると今日も昨日見た女子高生の一人、詩歩がいた。

 今日も奥のカウンター席がふたつ空いている。孝宏は少し気まずさを覚え、ひとつ席を空けて一番奥に座った。

 しかし、詩歩は小さく意気込むと孝宏の隣に移動してくる。


「えっと、孝宏さん……でいいんですよね、確かお友達の方が……」

「はい。君は詩歩ちゃん、だったよね。あーいやちゃん付けは慣れ慣れしいか」

「いえ、呼びやすいように呼んでもらってかまいません」


 詩歩はずっと何かを言いたそうにしていたが、まずは簡単に自己紹介を交わした。


「昨日は本当にすいませんでしたっ! 友達と話すのに夢中になってて……その……」


 詩歩は立ち上がり、深く頭を下げた。


「改めて謝りに来る必要ないのに。てか今日も試験期間か何か?」

「試験期間は昨日で終わりだったんですけど、今日は早退して」

「わざわざ!?」


 大学生と違い、高校生は昼休みに外へ食事に出るなんて許されない。

 派手な見た目とかけはなれた真面目な態度。それに昨日あった出来事を思い出し、今度こそ孝宏は堪えられず声を上げて笑った。


「孝宏さんて、ちょっといじわるな人ですか」

「いやーだって見た目ギャルだし、律儀に謝りに来るとか想像できなかったから」

「だって! ……昨日はあのまま帰っちゃったけど、よく考えたら自分の分しかお金払ってないし、食べちゃった孝宏さんの餃子代も払わなくちゃって思って……」


 からかわれた詩歩が唇を尖らせた。


「最後の一個だけだし、気にすることじゃないよ」

「ダメです、払います!」

「でも詩歩ちゃんには十分笑わせてもらったしなぁ~。餃子一個であれだけ笑わせてもらえたら俺的には全然プラスだけど」

「むぅ、やっぱり孝宏さん、いじわるな人だ」


 食事と映画は関係ない。食事の借りは食事で返すべきだと詩歩は首を横に振る。


「じゃあ今日の昼はおごってもらうかな」

「こんなラーメン屋じゃなくてちゃんと利子をつけて返します!」


 鋭い麺切り包丁を握っていた店主の手がピタリと止まった。その凶悪な人相と視線を受けて孝宏は冷や汗を流すが、少しテンパり気味の詩歩はお構いなしだ。孝宏の手を握ってぐいぐいと押してくる。


「もうラーメン注文しちゃったし」

「だから明後日! 次の日曜に別のお店に行きましょう! 少し前にできた美味しいイタリアンのお店があるんですよ!」

「あっはい、行きます」


 孝宏が折れた、というより完全に押し切られた形で頷くと詩歩は途端に笑顔になる。そして孝宏と連絡先を交換すると別れの挨拶をして帰ってしまった。

 残された孝宏は、不機嫌になった店主ににらまれながら、昨日より明らかに美味しくないラーメンをひとりですする羽目になった。


 この後、詩歩は友達から指摘されて、年上の大学生を捕まえて強引にデートに誘ったことに気づいて顔を真っ赤に染めたのだった。


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