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記憶にない記憶


そんなに悪いことした覚えなんかないのに、走馬灯からこんにちはされてしまった。


体から浮く?離れる?感覚が面白くてしばらく観察してしまう。


自分はこれからどうなるのかとか、考えがおよばなかった。


しばらくすると少し冷静になれた気がする。


なんかいきなり隣にモヤモヤした存在?が現れた。


死神?天使?


よくわからないけど、なぜか

こわい。とは思わなかった。



次はどうなる?とワクワクが少し勝っていた。



「やあ」

モヤモヤは、声を出した。

意外と、普通の声だった。男でも女でもない。ラジオの音量を少し下げたみたいな。


「こんにちは、で合ってる? 今は」

そう言われて、おれはなぜか自分の手を見た。

見える。ちゃんとある。でも重さがない。


「……死んだ?」

確認のつもりで聞いたのに、質問の形になっていなかった。

モヤモヤは少し揺れた。笑った、のかもしれない。


「死んだ、というより――

“一旦、身体からログアウトした”って感じかな」

言い方が軽すぎて、逆に現実味がなくなる。


「悪いこと、した覚えないんだけど」

思ったまま言うと、モヤモヤは首をかしげた“気配”を出した。


「うん。帳簿も見たけど、特に真っ黒でもない。白でもないけど。だいたい皆、薄いグレー」

失礼な評価だ。


「じゃあ、なんで?」


「それを説明する前にさ」

モヤモヤは、おれのさっきまでいた“下”を指した。

救急車。人だかり。シーツ。

あれ、おれだったんだ、あれ。


「戻る?」

一瞬、胸のあたりがきゅっとした。


さっきまで考えも及ばなかったのに、選択肢を出されると急に現実になる。


「……戻らない、って選択肢もある?」


「あるよ。ただしその場合、君は“ここ”にしばらくいる」


「ここって?」

モヤモヤは周囲を見渡した。


何もない。上も下も、距離も曖昧。


「待合室。生と死の、間にあるやつ」


───間、か。


「退屈?」


「人による。君みたいにワクワクする人は珍しい」

それ、褒められてるんだろうか。


おれはもう一度、下を見た。

泣いてる人がいた。

自分が思っていたより、ちゃんと誰かの世界にいたらしい。


「……少しだけ、考えていい?」


「もちろん」

モヤモヤは隣に“座るような気配”を作った。


不思議と、寒くも暑くもない。


「ちなみに、あなたは?」

聞くと、少し間があった。


「役割名はあるけど、今はそれを名乗る段階じゃない」


「ずるい答え」


「死後の特典だと思って」

おれは、ふっと笑った。


呼吸はないのに、笑えるのが面白い。

考えた。

戻るか、戻らないか。

でも、その前に。


「ねえ」


「うん?」


「もし戻ったら、この時間のこと、忘れる?」

モヤモヤは、少しだけ曇った。


「……それも、人による」

その答えで、だいたい察しはついた。


おれは、もう一度下を見て、

それからモヤモヤの方を向いた。


「じゃあさ」

ワクワクが、また少し勝った。


「忘れない人の話を、聞かせて」

モヤモヤは、はっきり笑った。


「やっぱり君、面白いね」


――そうして、

“待合室”での私の時間は、思ったより長くなった。


「……それ、君に話していいか迷うな」


「なんで?」


「君が、覚えていられないから」

その言い方が、やけに優しかった。


「昔ね」

モヤモヤは、私を見なかった。


時間そのものを見るみたいに、どこか遠くを向いた。


「君のお母さんも、ここに来たことがある」

胸の奥が、ひくりと鳴った。


「若い頃。君が、まだ小さかった頃だ」


見せられた光景は、

知らないはずなのに、懐かしかった。

夜の病室。


窓の外は暗くて、

母はベッドの上で、一人だった。

「そのときも、君と同じ顔をしてたよ」


『悪いことなんて、してないのに』

『まだ、帰らなきゃいけないのに』

声は、母のものだった。


「お母さんはね、ここで泣いた」

モヤモヤは、静かに続ける。


「自分のことじゃない。君のことで」


――置いていくこと。

――ちゃんと育てられていないかもしれないこと。


「それで、聞いたんだ」

母が、震える声で言った。


『あの子は、大丈夫ですか』


「僕は答えた」

モヤモヤの声が、少し低くなる。


「“大丈夫です。

ちゃんと、あなたが育てます”って」

息を呑んだ。


「……それ、おれ?」

「うん」

違う、と言いたかった。


そんな立派な子じゃない。


でも。

「お母さんは、その言葉を忘れなかった」

モヤモヤは、はっきり言った。


「正確には、忘れられなかった」


だから母は、

理由もなくおれのことを信じた。


失敗しても、

遠回りしても、

何も成し遂げなくても。


「生きてるだけでいい」

そう言い続けた。


「それがね」

モヤモヤは、ようやくおれを見た。


「今日、ここで、君に繋がった」


おれの視界の下で、

母が、私の手を握っている。

昔と同じ力で。


「……じゃあ」

声が震えた。


「今度は、おれが忘れる番?」


「うん」

モヤモヤは、優しく言った。


「それが、生きる側のルールだから」

おれは、少しだけ笑った。


「でもさ」

最後に、聞いた。


「母が聞いたあの言葉、ちゃんと、叶ってた?」

モヤモヤは、迷わなかった。


「うん。ちゃんと」


その瞬間、

重さが戻ってきた。

音がして、

光がして、

世界が、続いていく。



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