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第6話:秋葉原の音、幻の学生

五月の新緑がまぶしい週末、東京・秋葉原の群馬県アンテナショップは、多くの買い物客で賑わっていた。特設された安中榛名コーナーの一角で、春菜は観光大使の任務に奮闘していた。色鮮やかなパンフレットを配り、安中榛名の特産品を笑顔で紹介する。

「こちらの温泉まんじゅうは、安中榛名温泉の名物なんですよ!ぜひ一度、お召し上がりください!」

春菜の明るい声が、活気あふれる店内に響く。彼女は、高校時代に培ったコミュニケーション能力を存分に発揮し、観光客の心を掴んでいく。しかし、その顔には、どこか練習不足からくる焦燥感も滲んでいた。藝大に入学して以来、トランペットを心ゆくまで吹ける時間が減り、音に繊細さを加えるという課題も、まだ乗り越えられていない。

「春菜、休憩しようか」

そばにいた従姉妹の美子が、温かいお茶の入った紙コップを差し出した。美子は、美術科の課題制作の合間を縫って、春菜の仕事を手伝ってくれていた。

「ありがとう、美子ちゃん」

春菜は美子の優しさに感謝し、お茶を一口飲んだ。美子は、そんな春菜の姿を静かに見つめていた。

「春菜は、こういう仕事、本当に向いているね」

「そうかな?でも、私は、やっぱりもっとトランペットが吹きたいな」

春菜は、トランペットケースを優しく撫でた。

そして、イベントのフィナーレ。春菜は、観光大使として、そして一人のトランペット奏者として、来場者の前で演奏を披露することになっていた。

マイクを手に、安中榛名の魅力を語り終えると、春菜はトランペットを構えた。

彼女が選んだのは、安中榛名高校吹奏楽部が全国大会で演奏した、故郷をテーマにした曲の一節だった。春菜のトランペットから紡ぎ出された音は、力強く、そして力強く、東京の秋葉原に響き渡った。

その音は、都会の喧騒の中にあって、安中榛名の雄大な自然と、温かい人々の心を思わせた。演奏後、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。春菜は、満面の笑顔で、深々と頭を下げた。

「安中榛名へ、ぜひお越しください!」

春菜の言葉に、来場者たちは「行ってみるよ!」「応援してる!」と、温かい声をかけてくれた。

イベントが終わり、片付けも一段落ついた頃、春菜と美子が店内で休んでいると、店の奥から二人の前に一人の女性がやってきた。春菜にそっくりの優しい笑顔を浮かべている。

「春菜、美子ちゃん、お疲れ様。今日のイベント、大成功だったわね」

そう声をかけてきたのは、アンテナショップの店長を務める春菜の母だった。母は、春菜が藝大に進学したのを機に、高峰食品の社員として東京のアンテナショップに赴任し、店長として働いていたのだ。

「お母さん!お疲れ様!」

春菜が言うと、母は「春菜、ありがとう。あなたのトランペット、本当に素晴らしかったわ」と、優しく春菜の頭を撫でた。

その時、一人の青年が三人の前に現れた。すらりとした長身で、どこかミステリアスな雰囲気を纏っている。

「あの、先ほどの演奏、素晴らしかったです」

青年はそう言って、春菜に頭を下げた。春菜と美子は、突然の出来事に戸惑いながらも、言葉を絞り出した。

「ありがとうございます。あの……どちらかで、お会いしましたか?」

春菜の母は、その青年の顔を見て、ハッと息をのんだ。そして、驚きに目を見開いた。

「あら……あなたは、もしかして、テレビでよく拝見する、佐伯琴音さん?」

母の言葉に、春菜と美子は驚き、青年は少し照れたように微笑んだ。

「はい。私は、音楽科2年の佐伯 琴音です。ヴァイオリンを専攻しています」

佐伯琴音。春菜は、彼の名前を聞いて、ハッとした。

新入生の間でも話題に上がっていた、そして滅多に登校しないので「幻の学生」と呼ばれている天才ヴァイオリニスト。春菜は、まさか彼に話しかけられるとは思わず、驚きを隠せない。

「そうなんですね。私は、高峰春菜です。こちら、従姉妹の高峰美子」

春菜は、佐伯に自己紹介した。佐伯は、春菜の言葉に、優しく微笑んだ。

「高峰さん、改めて、あなたのトランペットの音、素晴らしかったです。あの音には、安中榛名の風と、温かい人々の心が感じられました。いつか、演奏でご一緒できるといいですね」

佐伯の言葉に、春菜は胸が熱くなった。憧れの天才ヴァイオリニストが、自分の音色を認め、共の演奏を望んでくれている。それは、春菜の音楽人生に、新たな光を灯す出来事だった。

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