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第2章3話:焦燥と因縁の再会

東京藝術大学に入学して数週間。春菜は、周りの才能ある同級生たちに置いていかれる焦燥感に苛まれていた。練習室にこもり、ひたすら基礎練習を繰り返すも、焦れば焦るほど、音は硬質になり、思うように感情が乗らない。

「君は、誰の音を吹きたいんだ?高橋の音か?それとも、君自身の音か?」

個人レッスンで篠田先生に投げかけられた言葉が、春菜の頭の中で反芻される。完璧な音色を追い求めていた自分に、篠田先生は気づいていたのだ。春菜は、自分の音楽を見失い、迷路に迷い込んでいた。

そんな音楽の苦悩から逃れるように、春菜は足繁く藝大構内にある従姉妹の美子のアトリエに通うようになった。彫刻科のアトリエは、木材を削る音や、石を叩く音、粘土をこねる音など、音楽とは全く異なる「音」に満ちていた。

美子は、木彫りの作品に没頭していた。物静かな彼女は、春菜が訪れると、何も言わずに温かいお茶を出してくれた。春菜は、美子のひたむきな姿、そして美術科の学生たちが作品について熱い議論を交わす様子を、ただ静かに見つめていた。

「この作品は、もっと内面から湧き出る感情を表現すべきだ。ただ形をなぞるだけでは、魂が宿らない」 「いや、形こそが全てだ。究極の形にこそ、真理が宿る」

彼らの言葉は、春菜には難解で、ついていけない部分も多かった。しかし、その真剣な眼差しから、彼らが音楽家と同じように、自分自身の内面と向き合い、表現を追求していることを強く感じた。彼らの議論は、春菜の音楽に対する甘さを容赦なく突きつけてきた。

アトリエを後にした春菜は、美術棟から音楽棟への連絡通路を歩いていた。その時、春菜はふと、道の向こうから歩いてくる、見知った顔を見つけた。

声をかけてきたのは、中学時代の同級生である斎藤 美波だった。美波は、春菜を見つけると、一瞬立ち止まり、その表情に少し戸惑いが浮かんだ。美波は、中学の吹奏楽部で春菜とトランペットパートでコンビを組んでいたが、ある日、些細なことで春菜とトラブルを起こし、部活を辞めてしまった。以来、春菜の心には、わだかまりが残ったままだった。

春菜は、美波との再会に、懐かしさよりも、むしろ複雑な感情を抱いた。どう声をかけるべきか戸惑い、無意識に言葉を絞り出した。

「美波、元気だった?……私は藝大の音楽科になんとか入学できた」

「入学式で見かけたよ。春菜、中学校の時からトランペットの演奏家になりたいって言ってたもんね。私は絵が好きだから藝大に来たんだよ」

さらりと言う美波の言葉に、春菜は、中学時代の苦い思い出が蘇り、複雑な表情を浮かべた。美波が部活を辞めたのは、春菜の熱意についてこれず、彼女が「逃げた」からだと春菜は思っていた。しかし、その言葉にはどこか、自分の実力不足を棚に上げ、言い訳しているような響きを春菜は感じた。

(美術が好きだから、って……私だって、音楽が好きだから藝大に入ったんだ。でも、こんなに苦しい思いをしているのに、美波はなんでそんなに気楽そうなんだろう……)

春菜の心は、美波が気負いなく「絵が好き」だと言える自信に、苛立ちにも似たジェラシーを感じていた。その一方で、藝大に入学できた自分を、無意識に卑下していることにも気づいていた。

美波は、中学時代の話題をすぐに切り上げてしまい、その少し頑なな様子に、春菜は藝大での生活に少し暗いものを感じた。長年、心の中にしまい込んでいたわだかまりが再び顔を出す。

そんな春菜の心に、突然、澄んだ音色が響き渡った。それは、音楽科の練習室から流れてくる、魂を揺さぶるようなヴァイオリンの音色だった。美波がその音に気づき、「すごい音だね」と呟く。春菜は、その音に心を奪われ、ただその響きに耳を傾けるのだった。


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