表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/13

第10話:東京へ、新たな決意を胸に

夏休みが終わり、東京の空の下、春菜は再び藝大のキャンパスへと戻ってきた。

故郷で親友たちと過ごした日々は、彼女に多くの気づきを与えてくれた。


こんにゃくパークでの他愛ない会話、そしてそれぞれが音楽の道で奮闘している姿。一人で抱え込んでいた焦燥感は、友人たちの温かい言葉と、故郷の音色によって、少しずつ溶けていった。

(私は、吹奏楽の力強い音が好きなんだ)

春菜は、レッスン室に向かう道すがら、心の中で繰り返した。


篠田先生に言われた「吹奏楽の癖」を直すことに必死で、自分の音楽を見失いかけていた。しかし、故郷の音は、そんな春菜の心を救ってくれた。


完璧な音を出すことだけが、音楽ではない。聴く人の心を震わせる、自分の想いを乗せた、力強い音を出すこと。

それが、春菜の音楽だった。


春菜は、再びトランペットを手に取った。


無意識に高橋響の完璧な音色を追い求めていた以前とは違い、今は、ただ自分の音と向き合うことに集中していた。

そんなある日の午後、春菜が音楽棟の談話室で課題に取り組んでいると、一人の青年が、彼女に声をかけてきた。


「高峰さん、こんにちは」


そこにいたのは、アンテナショップのイベントに来てくれた、ヴァイオリン奏者の佐伯 琴音だった。


「佐伯さん!お久しぶりです」


春菜は、思わず声を弾ませた。彼が話しかけてきてくれたことに、胸が高鳴る。


「少し、お話してもいいですか?」


佐伯は、春菜の向かい側の席に座ると、静かに口を開いた。


「この間は、わざわざ秋葉原まで足を運んでくださって、ありがとうございました」


春菜がそう言うと、佐伯は少し照れたように微笑んだ。


「いえ、こちらこそ、素晴らしい演奏を聴かせていただいて、ありがとうございました。高峰さんのトランペットの音色には、温かさがある。それは、安中榛名という故郷と、そこで育った高峰さんの心から生まれるものだと感じました」


佐伯の言葉に、春菜は胸が熱くなった。

憧れの天才ヴァイオリニストが、自分の音色を認め、こうして話しかけてくれている。春菜は、佐伯が少し緊張しているように見えたことに気づき、意を決して言葉を続けた。


「佐伯さんのヴァイオリンの音も、すごく綺麗で……。でも、なんだか、近寄りがたい輝きがあるように感じました。あ、でも練習室越しでしか聞いたことないですが・・・」


春菜は、思ったことを正直に伝えた。佐伯は、春菜の言葉に、少し驚いたような表情を見せた。


「近寄りがたい……。そうかもしれません。僕は、幼い頃から、母に連れられてレッスンやコンクールの日々でした。僕にとっての音楽は、常に誰かと競い合い、完璧であろうとするものでした。だから、同年代の学生と、どうやって話せばいいのか、正直、分からなかったんです」


佐伯は、寂しそうにつぶやいた。しかし、その言葉の端々には、春菜との出会いをきっかけに、変わりたいと願う気持ちが滲み出ていた。


「でも、高峰さんとは、なぜか自然に話すことができます。それは、高峰さんのトランペットの音に、僕にはない温かさがあるからだと思います。だからこそ、僕は、高峰さんの音に、惹かれたんだと思います」


佐伯の言葉に、春菜は、彼の孤独と、音楽に対する真摯な姿勢を感じ取った。

春菜は、佐伯に、高校時代の吹奏楽部での思い出、そして、仲間たちと音を重ねる喜びを語った。


「私は、吹奏楽の力強い音が好きなんです。みんなで、一つのハーモニーを奏でる。それが、私の音楽でした」


春菜の言葉に、佐伯は静かに耳を傾けた。彼の瞳には、春菜が語る音楽の世界が、まるで映像のように映し出されていた。


「いつか、高峰さんと、音楽でご一緒できる日を楽しみにしています。あなたの音に、僕のヴァイオリンで、新たなハーモニーを奏でてみたいです」


佐伯の言葉は、春菜の心に深く響いた。それは、単なる二重奏の誘いではない。互いの音楽を通して、互いの心に触れ、新たな音楽の世界を創造していきたいという、佐伯の心の叫びだった。


この日、談話室で交わされた会話は、春菜と佐伯、二人の音楽と、そして二人の心を、深く結びつけていくことになる。そして、春菜は、自分と高橋響との間にある差が、決して技術的な差だけではないことを、改めて痛感する。


春菜の音楽人生に、新たな光が灯された。佐伯という天才ヴァイオリニストとの出会いは、彼女の音楽人生を、新たな方向へと導いていく。そして、その道は、故郷安中榛名と、東京という大都会を繋ぐ、架け橋となるだろう。


第2章 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ