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第9話:故郷の音色、心の道しるべ

東京藝術大学に入学して初めての夏休み。

春菜は、慣れない東京での生活と、才能あふれる同級生たちに置いていかれる焦燥感に苛まれていた。


篠田先生の厳しい指導、そして高橋響の圧倒的な才能を目の当たりにする中で、春菜のトランペットは、高校時代の力強さと、楽しさを失いつつあった。

そんな春菜の心に、一筋の光が差し込んだのは、故郷の安中榛名に帰省した日だった。


安中榛名駅のホームに降り立つと、懐かしい風が頬を撫でた。山々の緑、そして遠くに見える家々の屋根。その風景は、春菜の心を穏やかにしてくれた。


「春菜、お帰り!」


駅の改札を出ると、懐かしい声が聞こえた。そこにいたのは、親友の友理と杏菜だった。二人とも、高校時代と変わらない、温かい笑顔を浮かべていた。


「友理!杏菜!」


春菜は、駆け寄って二人を強く抱きしめた。


「元気だった?春菜。東京での生活、どう?」


杏菜が心配そうに尋ねる。春菜は、東京での苦悩を話そうとしたが、言葉に詰まってしまった。しかし、友理は、そんな春菜の気持ちを察したように、優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ、春菜。みんな、それぞれの場所で頑張ってるんだから」


三人は、いつものようにカフェに集まり、近況を語り合った。友理は、国立音大でホルンを極めようと、日々厳しい練習に励んでいること。そして杏菜は、群馬大学の学業と、伊香保音楽センターでのアルバイトに奮闘していることを話してくれた。


「杏菜ね、最近、すごく楽しそうなの。五十嵐先生の所長を務める音楽センターで、色々な音楽家の人たちと会って、すごく刺激を受けてるみたい」


友理の言葉に、春菜は興味を引かれた。


「五十嵐先生が所長って、やっぱりすごい人なんだね。杏菜も、頑張っているんだ……」


三人の会話は、それぞれの抱える悩みを少しずつ露呈させていった。


「でもさ、春菜。藝大って、やっぱりすごいんだよね?」


友理が、真剣な表情で春菜に尋ねた。彼女のホルンの音色は、安中榛名高校では誰よりも輝いていた。しかし、国立音大に入学してからは、プロの道の厳しさを痛感しているようだった。


「周りのみんな、本当に才能がすごいんだ。私なんて、井の中の蛙だったんだなって、つくづく思うよ。このままで、本当にプロになれるのかなって、時々不安になるんだ」


友理の言葉は、春菜の胸に深く響いた。それは、春菜自身が藝大で感じていた焦燥感と、全く同じものだったからだ。


「わかるよ、友理。私も同じ。藝大に入って、みんなのレベルの高さに圧倒されてる。特に、由那学園の高橋くんの音は、もう別次元で……。私、自分の音を見失って、何を目指したらいいのか、わからなくなっちゃった」


春菜がそう打ち明けると、今度は杏菜が、少し寂しそうに言った。


「私なんて、二人と違って、音楽大学でもないし……。クラリネットを吹く時間も、なかなか取れなくて。でもね、伊香保音楽センターで会う五十嵐先生は、いつも言ってくれるの。『音羽のクラリネットには、温かさという宝物がある』って。その言葉を信じて、頑張っているんだけど……」


杏菜の言葉は、春菜の心を温かく満たしてくれた。三人は、それぞれの道で、それぞれの壁にぶつかりながらも、音楽への情熱を失わずに頑張っている。その事実が、春菜の心を温かく満たしてくれた。


故郷で味わう、音の原点


三人は、近況を語り合った後、気分転換に群馬の有名観光スポットである「こんにゃくパーク」へ向かった。


「それではみなさま、群馬の『安中榛名観光大使』の私が、甘楽町にある『こんにゃくパーク』にご案内します」


春菜が観光大使らしいおどけた口調で言うと、友理が笑いながら言った。


「さすが春菜!もう何度も来てるの?」


「へへ、実は私も初めてなんだ。秋葉原のアンテナショップのイベント資料で見て、ずっと来たいと思っていたんだよ」


春菜の言葉に、杏菜は微笑んだ。


「春菜の知ったかぶりが始まったね」


施設に入ると、まずは無料の工場見学。

ベルトコンベヤーに乗って運ばれていく、様々な形をしたこんにゃくを興味深そうに眺める。その後の無料バイキングコーナーでは、こんにゃくを使ったラーメン、焼きそば、デザートなど、多種多様なメニューが並び、三人の目を輝かせた。


「これ、こんにゃくでできてるの!?全然、普通のラーメンと変わらないじゃん!」


春菜が驚きの声を上げる。友理も、「このこんにゃくデザート、めちゃくちゃ美味しい!」と、夢中で食べ始めた。杏菜は、こんにゃくゼリーを頬張りながら、「すごいね、群馬って。こんなに面白い場所があるんだ」と感心していた。


三人は、音楽の悩みや、将来への不安を一時忘れ、こんにゃく料理を心ゆくまで堪能した。


春菜は、こんにゃくバイキングを楽しみながら、ふと、自分が音楽を始めた頃の純粋な気持ちを思い出した。上手い下手ではなく、ただ音楽が好きで、仲間たちと音を出すことが楽しかったあの頃。こんにゃく料理の美味しさに感動する子供たちの笑顔を見て、春菜は、自分が何を求めていたのか、ようやく気づいた気がした。


「みんな、それぞれの場所で頑張ってるんだね」


春菜が、改めて二人の顔を見つめる。


「友理は、国立音大で、プロを目指して。杏菜は、伊香保で、自分の音を見つけて。私も、藝大で、ソリストになる夢を追いかける。みんな、違う道だけど、きっと同じ場所に繋がっているんだ」


三人は、互いの言葉に頷き、そして笑い合った。それは、東京の空の下で、一人で苦悩していた春菜にとって、何よりも心強い、故郷の温かい音色だった。

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