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新生ダリア・シオン・スカイウィング



 ふ、と目が覚めた。

 あれ、わたし死んだはずでは?

 口元に手をやって指先で拭うが、あのどす黒い血ではなく透明なリップグロスが手に着いただけだった。

 焼けるように痛かった喉も、胸も、臓腑も、今は痛くない。


 そして、手がやたら小さい。


「よくお眠りになられていましたね、お嬢様。もうすぐ公爵邸ですよ」


 真正面をみると、最後に見かけたときより余程若い生家の父母がいた。声をかけてきた隣を見上げると、七歳までついていた乳母のアナベル・キャメロン・イーグルトン伯爵夫人だ。


 この光景、覚えてる。忘れるはずがない。

 バークレー子爵家を出て、スカイウィング公爵家に入ったその日だ。


 もう一生家族に会えないのだと、兄姉と抱き合って泣いて、泣き疲れて寝落ちて。

 気がついたら車の中で、泣きそうな顔をした父母に、わたしは────。


「おとーさま、おかーさま、わらって?」


 あの日、わたしはまた車の中で大泣きしたのだ。

 抱っこをせがんで、チャイルドシートをガタガタ揺らすほど暴れて。乳母が叱るほどに。


「わたし……ううん、()()()()、おてがみをかくわ。ダリアはこんなにげんきですよって、しあわせですよって、かくわ。おにーさまやおねーさまたちにもつたえてね。ダリアはこんなにおべんきょうをがんばってますよって」


 思えば、別れの気配を感じ取ってなのか、この頃のわたしは乳母の教育から逃げ出して兄姉と遊んでばかりいた。

 仕方ないな、と笑って受け入れてくれた兄姉たち。

 乳母だって連れ戻しには来なかった。見逃してくれていたのだろう。


 まあその、教育から逃げ回ってたおかげで、今のわたしに文字なんて書けないのだけれど。


 今は羊皮紙が主流で、紙の値段がかなり高いが、もうあと一年か二年くらいで木製の紙が出回るようになる。

 南の公爵家が公共事業として製紙を始めるのだ。それで一悶着あるのだけれど、それの解決法だって今のわたしにはわかる。


 そんな年数かからなくたって、公爵家から当てられるわたしの充当金(おこづかい)でレターセットくらいは買える。自分の頑張り次第なのだ。


「おへんじはまたないわ。だから、かぞくみんなで、げんきでいてね」

「ダリア……」

「子爵」


 思わず、と言ったふうにこぼれ落ちたお父様の声に、乳母が首を振る。お母様は、潤んだ目の端をハンカチで抑えていた。

 

 やっぱり、これが正解だった。

 この車の中が、最後に家族として会話できる時間だったんだ。


「バークレーししゃくけのみなさま、ここまでそだてていただき、ありがとうございました。スカイウィングこうしゃくけのいちいんとなっても、わたくしのおとうさまとおかあさまは、おふたりだけです。おにいさまやおねえさまがたにも、よろしくおつたえください」


 二度と家族と、こうして対面することが出来ないと理解した日。手紙を出すなんて思いつきもしなかった。

 わたしはどうして、泣き叫ぶしか出来なかったのだろうと後悔した。

 

 ここから、やり直せてよかった。


 車が止まる。

 久方ぶりにみた荘厳極まる石造りのスカイウィング公爵邸は、そのままの見た目通り要塞である。

 背後にそびえる高い壁の向こうには、数多の武人が亡くなった大陸が広がる。


 きっと、一度目の、()()()()()()()()()()()わたくしの二十年後、マーガレットお姉さまは広大な大陸のどこかで朽ち果てた。

 スカイウィング公爵家を立て直し、人類の、帝国の居住区を拡げる大役を成し遂げて。

 亡骸を絶対に回収できないような場所で。


 そんな未来は、絶対に阻止する。

 お姉さまは、自由に翼を広げて大空を翔ぶ人なのだから。


 車を降りると、スカイウィング家の家宰を筆頭に、使用人が並んでいた。懐かしい顔ぶれだ。何人か見かけないあたり、上級使用人だけ集めたらしい。

 その中に、()()ジュゼもいた。


 ああ、やっぱりこの頃には居たのね。


()()()()()()()()、ダリアお嬢様、イーグルトン伯爵夫人。いらっしゃいませ、バークレー子爵家の皆様。お待ちしておりました」


 家宰が頭を下げた瞬間、一斉に使用人たちが同様に頭を下げる。

 前回はこの雰囲気に飲まれてしまった。


 でも、今回は違う。車の中できちんと腹を括った。

 もうわたしは、わたくしは、スカイウィング家の人間なのだ。

 

()()()()()()()()()。わたくしがダリア・シオン・スカイウィングよ。あなたは?」


 ピンと背筋を伸ばして、手はへその下あたりに。

 今は身長的に見上げるしかないから格好はつかないかもしれないけれど、精一杯の威厳を保てるように。


 穏やかな笑みを浮かべた家宰は、それでも品定めをする目をしていた。

 きっと乳母から教育の状況などが報告されているのだろう。


「ジェイソン・ブラッドリーと申します。スカイウィング家本邸の家宰を申し使っております。この役職をいただいた時に、姓は捨てました。お嬢様にはどうぞ、ジェイソンとお呼び頂きたく」


 ええ。知っているわジェイソン。久しぶりね。

 あなたがこのスカイウィング公爵家本邸において、公爵夫人の次に実権を握る人だったこと。

 あなたが一番、皇家へ嫁ぐわたくしにとって手本となってくれたこと。

 忘れたことなど一度もないわ。


「ではジェイソン、案内を。それとバークレー子爵夫妻を、丁重に持て成して」


 まずは、この家宰をわたくしの味方につけなければ。

 今のわたくしには、過去に培った知識と身につけた礼法がある。身体が追いつかなくて出来ないかもしれないけれど、それでもスカイウィング公爵家に相応しいと早く認められたい。

 

 ジュゼへの復讐は、時間をかけて行わないといけない。

 外から来たポッと出の血縁関係のない養女が、以前から勤めている侍女をすぐに辞めさせるには無理がある。


 それに、なにより、わたくしにはもっと大事なことがあるんだから。

 

 時間が巻き戻ったのなら!

 それ即ち!


「はじめまして、おねえさま!あいたかった!」


 両親が応接間に案内されるのを見送り、自分もさっさと懐かしい自室に案内され、外出用のドレスから室内用のドレスに着替え、はやる気持ちを抑えて抑えて抑えて。

 ()()のいる控えの間に、淑女らしく、それでいて大人に合わせていますというくらいの早歩きで。


「え、ああ、はじめまして……?」

 

 飛び込んだ大好きなお姉さまの腕の中は、相変わらず温かかった。


 

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