ダリア・シオン・バークレー
ダリアはバークレー子爵家の七人目の子供だった。
四男三女の子沢山な家の、よりにもよって一番下の子である。兄姉たちはそれぞれ役割があったが、ダリアが産まれた時は家族揃って「どうしよう」と頭を抱えたという。
というのも、女の子だったからだ。
名ばかり子爵家と言っても過言ではないバークレー子爵家は代々、北のスカイウィング公爵家が所有する穀倉地帯の一部の管理を任されてきた。長兄と次兄は、嫡男として、その予備として領地経営のための勉学を。三男と四男は軍属に。そして長女と次女は近隣の貴族家に請われて政略結婚に、とそれぞれ行先が決まっていた。
そんな中で産まれた最後の子であるダリアは、結納金も用意できるか怪しい三女。
産まれたばかりの可愛い赤子を囲んで、両親と一番年長の長兄と長姉は哀れんだという。
これは本人の適性にもよるが、どこかの貴族家で終身侍女として結婚せずにいてもらうか、もしくは貴族の義務として軍属になってもらうかと。
そして生後半年の教会での洗礼日、バークレー家では初めて賜る洗礼名をダリアは受けた。
シオン。花の名だ。
これにはバークレー子爵マクシミリアンが大慌てした。ファーストネームに花の名を付けてしまったからだ。同席していた妻も顔色が真っ白になっていた。
この国では生後半年に受けた洗礼名を、平民はファーストネームに、貴族はセカンドネームにつける。
通常なら生後半年までは名前を付けないのが通例なのだ。
ところがマクシミリアンは未来の見えない我が子を哀れんで、庭に連れ出した時に一番喜んで手に取った花の名を付けてしまった。それがそのうち家族にも浸透して、ファーストネームにしてしまおうという流れになったのだ。
その花がダリアだった。
話は変わるが、ファーストネームとセカンドネームが両方花の名であるのは、スカイウィング公爵家の象徴である。
代々の当主の妻と定められた子女や、スカイウィング家の息女にしか許されていない。
焦った。
大いに焦った。
なぜならスカイウィング家には今、次期当主ともくされる子供が一人しかおらず、それも息女だからである。
そして、その御息女の母君はスカイウィング公爵家の継嗣でありながら身体が弱く、いつ身罷られるかと不謹慎な噂が出回っているほどだ。
だからこそまずい。
御歳二歳のご息女にかかる家臣団の期待はかなり大きく、健やかにご成長あそばすその姿に、安堵する雰囲気が漂っている。
そこに一石を投じる真似などすれば、バークレー子爵家は潰れる。
震える手で洗礼を受けた我が子を受け取り、家に帰って家族に相談しなければと冷や汗がでた。隣で妻も震えている。
幸いあと一ヶ月、名前の登録は待ってもらえる。
貴族家では他の家の年齢の近い子息子女と被ったりしないか調べたり、占い師に名前を付けてもらったりすることがあるからだ。
バークレー家では一度も花の名の洗礼名を受けたことがないから油断していた。大体その家の洗礼名の系統は決まっているからだ。
バークレーの息女は大体がキャロルだとかシャーロットだとかカーラだとか、何故か農民や男を原義とする名前が当てられるからである。
「ところでバークレー子爵。このような場で伺うのもなんですが、此度洗礼を受けた御息女シオン様を養子に出される気はございませんでしょうか」
子爵夫妻の時間が止まった。
長い白髪を結わえたその司祭は、よく見たら北方教会の教会長だった。
そして返事もしないうちに何故か扉から、スカイウィング公爵が現れた。
ここまでくれば察した。
この子はスカイウィング公爵家に望まれているのだ。
スカイウィング公爵サディアスは、ダリアとの別れに三歳までの猶予をくれた。
自分たちが老齢であること、今は娘の容態が悪く受け入れ態勢が整えられないこと、孫であるご息女の心情を配した結果だという。
その間の養育費と教育係を兼ねる乳母はスカイウィング家が用意してくれると言う。
断られることがないと分かっているようだった。
それもそうだ。
スカイウィング公爵家は寄親である。
バークレー子爵家の状況など、欲すれば手に取るようにわかるだろう。
「閣下、臣として、そしてこの子の親として一つお願い申し上げてもよろしいでしょうか」
滅多に会うことの無い高位貴族に、いつまでたっても震える情けない自分を叱咤して、マクシミリアンは声を出した。
よかった。震えなかった。
「よかろう。こちらは無理を言って息女を貰い受ける側だ。聞こう」
武功と知略で知られたスカイウィング公爵は、相対するだけで威圧感を感じた。だが、この方もきっと病弱な娘を案じ、孫娘を可愛く思う一人の父親で祖父なのだと思いたかった。
「娘の名前を、我々に決めさせていただけませんでしょうか。この子は、とある花をみると機嫌よく笑うのです」
「そうか。して、その花の名は?」
「ダリアでございます。家のものは、この子が泣いたら直ぐに庭から摘み取ってあやしていました」
意図を察した妻がすぐに続けた。
泣きそうだった。支え合ってきた夫婦の時間の長さを感じるようで、思わず妻の肩を抱いた。
「良い名だ。我が家の庭は奥の采配だが、その子を迎えるまでに整えておこう」
この時のことをバークレー子爵は日記に残している。
────あまりにも非日常な展開に、やはり神は見てくださっているのだと思った。そしてあまりにも断る余地がなかった。可愛い我が子を手放すのは惜しかったが、娘の幸せを考えればと、妻と二人視線があった時に無言で通じあった。
────今夜くらいは安酒で悪酔いしたいと思う自分を止められない。自分の甲斐性のなさに泣くしか無かった。




