最悪な最期
それはいつも通りの日常で、仕事の合間の休憩に、一番信頼する侍女がいれた紅茶を飲み下した時だった。
ああ、今更、何故にこの今だというの。
「殿下!!誰か!侍医を!」
「吐き出してください!水を!」
「ジュゼ殿を捕らえろ!侍女も女官もこの部屋から出すな!」
意志とは無関係に吐き出される血。
どす黒い赤に染み渡るドレスとテーブルクロス。
割れる茶器、女たちの悲鳴、男たちの怒号。
ああ、ああ、喉が、臓腑が、焼けていく。
いつも必死で整えていた顔が、今見ている視界が、歪んでいく。
それだというのに、なんで、なんでなの。
なんで今、思い出してしまったの。
「ぅ゛、カハッ、ぎぃぇ、聞いてアーノルド」
「はい、殿下」
これは、これだけは伝えなくては。
私付きの筆頭護衛官が、血を吐く口に躊躇なく耳元を寄せる。
「マギーお姉さまは、関係ない。全てジュゼよ」
ジュゼ、やってくれたわね。
おまえのせいで、おまえの大切な方が窮地に立たされるのよ。
そしてそれは、いつかあの御方を、今以上の死地に追いやる。
そのことを知っているのは、今この瞬間、わたくしだけ。
「殿下!妃殿下!」
ああ、ああ、神様。
なんで今なのです。
どうしてもっと早く思い出させて下さらなかったのですか。
アーノルド卿に抱えられたまま、意識が沈んでいく。
だというのに、頭の中は生まれいづる前、前世の記憶を呼び起こしていく。
どうせなら、走馬灯を見せてくれればいいのに。
大切なお姉さまとの記憶を、思い出させてくれればいいのに。
こんなときでも、愛し合った夫よりも、腹を痛めて産んだ実の子よりも、血の繋がらないお姉さまを求めてしまう自分に、笑いそうになりながら。
そうしてわたくしは、テオベルタ妃ダリア・シオン・スカイウィング=エアルドフリスの人生を、終えたのだった。
☆
テオベルタ妃の葬儀は、病死ということもあり、比較的速やかに行われた。
その葬列の中には、マーガレット・アスター・スカイウィング女公爵も参加していた。
愛した義妹を、たった一人残った家族を、一番信頼した侍女に殺されたということに、拳から血を流しながら。
「皇妃殿下の葬儀を、血で穢すなマーガレット」
右隣に並んだカルディナーレ公爵ルクレツィオが顔を真正面に向けたままそう言うと、左隣側の王公爵鵬飛がそっと二枚の黒いハンカチを渡す。
「息子からだ。爪を切り忘れてるだろうからと」
「……ありがとうございます。お借りします、王公爵」
子供の頃、文句を言いながら構ってくれた年上の幼馴染からの励ましだった。
少し物臭なところがあることを真っ先に見抜いた、几帳面で義理人情の強い男は、いまでもマーガレットのやりそうなことはお見通しらしい。
この並びも、本来なら違ったはずだ。
ルクレツィオも、鵬飛も、一つ先にいるアンドリアナ公爵エヴラールも、先達として支えてくれている。
東西南北で公爵家が並ぶのが習わしだから、東の王公爵、北のスカイウィング公爵、西のカルディナーレ公爵、南のアンドリアナ公爵と並んでいるのはおかしい。
これは、叙爵された順で、と教会と貴族院を説得してくれたのだろう。やられたな、とマーガレットは内心で苦笑した。
大輪の花が咲くように笑う子だった、幼いダリアを思い出す。
その隣には、エアルドフリスと名を改める前のウィルフレッド皇太子殿下がいて。
周りには、王家の四きょうだいや、カルディナーレ家の子息、一番年下で精一杯背伸びしながらも一緒に遊んでくれとせがんできたアンドリアナ家の子息。
あの幸せを壊したのは、私だ。
ダリア。ごめん。ごめんな。
この命に変えても、スカイウィング家を守り通さなければいけない私を許してくれ。
一番大切な義妹を、一番大切にできない私を許してくれ。
「内々の、打診なのですが」
口元を読み取られないように、唇をほぼ動かさずに両隣にだけ聴こえるように。喉元は詰襟の正装が隠してくれる。
「皇妃になるよう、教会と皇家から言われました」
反応は無い。だけど、少し困惑した雰囲気はわかる。
これでアンドリアナ家にも伝わるだろう。
皇家と教会、両方からの通達なんて、ほぼ確定事項として言われているに等しい。
この国では、皇帝と教会の両方の許可がなければ、貴族の婚姻は許されない。
そしてスカイウィング家は、今、窮地に立たされている。スカイウィング家から出した侍女が、あろうことか主で皇妃であるダリアを毒殺した。
それを黙っている代わりに、皇家に入れと脅されている。
実際、それ以外で皇家からの信頼回復の方法は無い。
いくらマーガレット自身が、公爵家当主として異例の討伐数を記録する武人であったとしても。
スカイウィング家が豊かな穀倉地帯を持ち、公爵領をまとめあげる手腕を持っているとしても。
自家から出した皇妃を、自家の侍女が殺害したという醜聞は消えないのだ。
「抜けた穴を、お任せしてもよろしいでしょうか」
実際、高位貴族はもう事の次第を全て知っているだろう。
皇宮には耳目が至る所にあるのだから仕方ない。
「小娘一人抜けたところで大したことなかろう」
「娘たちが張り切って婚期が伸びなければ良いが」
同じような小声で返された言葉に、頼もしいな、と少し肩の力が抜けた。
これで自分が抜けた戦場は大丈夫だ。
これから私は、茨の道を裸足で歩まなければならない。
義妹を殺してまで皇妃についたという誹りをうけながら、それでもスカイウィングの名を守らなければならないのだから。
大切な義妹が一目惚れして愛し合った男に、嫁がなければならないのだから。
頬が、濡れた感覚がした。




